人形たちのラプソディ 2
「気持ちは分かるけど、今は気を逸らしたら死んじゃうよ? まずは戦いに集中しない?」
「っ、お、前、いや、なんで、こんなの……! い、生き返、って……!?」
「……さすがに、死者は生き返らないさ。最初から死んでいなかったという、ことだ!」
返答しつつ、ベルナーはゴーシュを押し返す。ゴーシュは変わらず武器を構えてはいるが、明らかにその動きは鈍っていた。支配から抜け出すには至らないようだが、心が激しく揺さぶられたせいだろうか。
「ベル……にい、さん……?」
「……済まなかったな、ゴーシュ。もう少し早く突き止められれば……お前は、止められたかもしれないのに」
顔に後悔を滲ませながら、ベルナーは呟く。アトラも、状況が分からないなりに何とか構え直している。
しかし……死んでいなかった、だと。俺たちは確かにあの時、彼の亡骸を見た。確実に致命傷で、ぴくりとも動いていなかった。死を偽装するような能力だとして、どのような……。
「……どんな手品を使ったのかしら、ベルナー兄さん。あなたはジークルード砦で……」
「リューディリッツに腹を食い破られて死んだ、か? ……そうか。その程度の情報も、共有されなかったか」
「何を……」
「そんじゃ、種明かししちゃう? あの時食べられたベルはねー、コレだよ」
楽しげに言いながら、ミントは何かを取り出し、放り投げた。あれは……。
「……人形?」
ボロボロになった、犬の人形……手乗りサイズだが、彼女がいま操っている人形のひとつと、同じものだろうか。……どことなく、ベルナーに似ている気もする。よく見ると彼女が操る人形は、彼女の縁者をモデルにしたものか?
それは、腹の箇所に深い穴が空いており……まるで、食い千切られたかのようで。……まさか。
「ボクのPSはざっくり言うと、ボクが人形と認識した物に対する物質操作でね。操り人形のイメージで、遠くに飛ばしたり動かしたりできるんだけど……実は、こういう芸当もできたりするのさ!」
言うが早いか、ミントが投げた犬の人形が……巨大化を、始めた。そして、デフォルメされたその見た目が、少しずつリアリティを増していく。
……数秒の後。それは、ベルナーと瓜二つの何かになった。
ただ、腹部に空いた穴はそのままで……まさに、腹を食い千切られたあの時のベルナーの遺体と、瓜二つだった。
そして、それはそのまま起き上がる。血も流れていないし、目に光もないが、本物と寸分違わぬ見た目で……その口が開く。
「こういうことだ。……それっぽく見えるだろう?」
「…………!」
口を開いた人形から聞こえてきたのは、紛れもなくベルナーの声だった。だが、ここまで見れば予想はできる。その言葉を喋らせているのは、本物の彼ではないのだと。
「なーんてね。ま、『そう見えるだけ』だから戦いでは使わないんだけど。ベルがどう動いてどう喋るか、ボクはよーく知ってるからさ?」
「……じ、じゃあ……」
「そうだ。ヘリオスの見舞いをした後……俺は離脱して、ミントの人形とすり替わった。そうして、別の任務にあたっていたんだ」
最初から、ベルナーはあの戦いに参加していなかった。……別の任務と言ったが、それがテルム軍のものであるとは思えない。
「あ、勘違いしないでよね? あの狂犬が来ることなんてボク達は知らなかった。ベルはたまたま運が良かったってだけ。知ってたらボクも逃げてたし、ダンク兄くらいは逃してたんだけどね?」
「ってことは……お前も、最初から……」
「あはは。なかなかの名演技だったでしょ? ダンク兄を上手く助けられなかったのは、悪いことしちゃったけど。隙を伺ってはみたけどさすがに相手が悪かったかな」
全ては最初から芝居だった。しかし、あの窮地でそれを成し遂げるなど、普通の胆力ではない。彼女の性格を加味しても……相当の覚悟がなければ。リュートが相手ならばなおさら、そのまま殺されてもおかしくなかったのだから。
「で、さ。さっきも言ったけど、これ、あくまで見た目と声真似くらいなの。肉の味なんてもちろん再現できないんだよね?」
……そうだ。ここまでの話を総括すれば、ベルナーのことに気付いたはずの存在が、もう一人いることになる。アミィの味方であるはずの男……それでもこの女は、ベルナーが生きていることを知らなかった。
「この期に及んで、なーんにも教えてもらえなかったんだ。あははっ、我が妹ながらいい道化っぷりじゃん?」
「……彼は自由だもの。それに、たかが一人が死を偽装したことなど、報告をする義理もなかったはずだわ」
「あいつだけの話じゃないよ。そもそも、キミがここに来るまでに何も知らなかったのが問題なんだよ」
「……何が、言いたいのかしら」
「お前の扱いはその程度ということだ。俺たちの立場すら知らせられなかったのだからな」
……立場。先ほど彼らは、間違いなく空間転移をしてきた。その上でリグバルドと敵対しているということは……。
「君たちは……やはり」
「……話は後だ、銀月。大方は、あなたの想定通りだろうがな」
ほぼ答えのような返答だったが……戦いが優先なのは、その通りだ。今この瞬間は、彼らの一押しは有り難い。
「いいわ。あなた達が生きていて、私の邪魔をするというのならば……あなた達も不要な悪よ」
「言ってる割にはちょっと余裕が消えてるじゃん? 何かおかしいってことに気付き始めたのかい?」
「いいえ、何も。あなた達ふたりが加わった程度で何が変わると言うの? 確かに少し驚きはしたけれど……勝利してしまえば、全て消してしまえば、同じこと。このまま、私の正しさを証明してみせるわ」
「あちゃ、筋金入り。ほんっと、どうしてそこまで歪んだかなー、アミィ。いや、最初からだったのかな?」
「お前の理論で言えば、お前を負かせば過ちを証明できることになる。……お前の行いは、子供の夢想で済む範囲を超えた。兄として、責任を取ろう」
「無駄話はここまでよ。私の剣たち、悪を裁きなさい。討ち取った者には格別の寵愛を与えましょう」
聖女の言葉に、連中の士気がさらに上がる。だが……流れは変わりつつある。
「ボクはこっちを手伝うよ。ベル、ゴーシュはよろしくね!」
「分かっている。……疑問はあるだろうがひとまず共闘を頼む、赤牙」
「ああ……感謝する!」
左右から襲い掛かってこようとした相手の背後から、ミントの人形が迫り、その腕から伸びたダガーで斬り掛かった。先ほどの爆発もそうだが、様々な武器を仕込んでいるようだ。
「余裕ができそうで助かりますが。マスター、そのままお任せしても大丈夫ですか?」
「ふ……無論だ! 何なら、誰より先に抜けてやるとも……!」
下手に援護に回るよりも、こちらを切り崩しアミィを止めるべきだ。誰が先に突破するにせよ、彼女の力さえ止めればこちらのものだ。
アトラとベルナーは、二人がかりでゴーシュを抑え込もうとしているが……馬人の動きは、どんどん苛烈になっていく。それに反して、大量の汗を流し必死に呼吸しているゴーシュの表情は、ひどく苦しそうだ。
「こんな暴れて、ゴーシュは大丈夫なのか……!?」
「……大丈夫ではないだろうな。お前の力と同じで、身体のリミッターが外れているんだろう。あのままでは、こちらが攻撃しなくとも、すぐに限界が来る」
アトラが牙を噛み締めた。だが、アミィの言葉通りであれば……他の連中と違い、ゴーシュを攻撃したところで止まらない。もしかすると、骨を砕いたところで動くかもしれない。考えられるとすれば、アミィを祭壇から引きずり下ろすか、或いは。
「ジン、彼を縛れないか……!?」
「もう少し敵の数を削れれば……ですね。今は無理に捕まえても、外すか砕くかされるでしょう」
「ちぃっ……アミィの野郎……!」
アトラも焦っている。だが、気を逸らせばやられるのは彼の方だ。ゴーシュが限界を迎える前に、アミィを止めるしかないか……? しかしあの猛攻、それまで凌ぐのはかなり困難だろう。
だが、それでもベルナーは冷静な態度を崩していなかった。
「問題ない。その役目は、俺が引き受ける。……準備は整った」
ハウンドはそう呟き、ショーテルでゴーシュへとぶつかる。そうして、一度距離を離してから――。
「――結べ!」
ベルナーが、そう声を上げた。
その途端……地面から、無数の糸のようなものが伸び、ゴーシュに絡みついた。
「これは……!」
「ぐっ……ぐぅ……!?」
ゴーシュは抜け出そうとしているようだが、彼を拘束する糸はびくともしない。しっかりと巻き付いたそれは、強化を受けた肉体であっても千切れはしなかった。
ベルナーが腕を動かすと、槍と盾が地面に落ちた。
「触れた場所を『記録』して、その点を『結ぶ』糸を発生させる……それが、俺の力だ。多重に重ねてしまえば、大型のUDBでも拘束できる」
ゴーシュと何度も切り結ぶ中、下準備をしていたようだ。床の点をいくつか記録、打ち合った際にゴーシュを記録。そうして、ゴーシュを捕らえる網とするとはな。
がんじがらめにして、動けない。……ベルナーの心象風景を強く抽出した能力、だろうか。