〈聖女〉の戦士 2
「良いでしょう。ならば、倒れるまで遠慮なく仕置きができるというものです」
「痛みが薄くとも動けなくすることはできる。ジン、後ろは頼む!」
ギルドとしては、命を奪う手は極力取りたくないが……少なくとも、想定よりも手荒にせざるを得ないか。
いずれにせよ、必要以上に手心を与えるつもりもないが。
アミィのPSに全てが依存している以上、彼女を止めさえすればいい。相手もそれは承知の上だろうし、備えはしてあるだろうが……彼女はまだ、自分たちの優位を疑っていない。付け入る隙は、そこにあるか。
俺に放たれた銃弾を、多方面に伸ばされたジンの鎖が弾く。彼の力は、集団戦においては、攻守共に手厚く援護をしてくれる。肉体の強化がされていようと、簡単に崩せる牙城ではない。
俺とて同じことだ。同等の強化がされているだけの素人に、遅れを取るつもりはない。全力の峰打ちを放ち、目の前の相手の腕をへし折る。痛覚が薄れていようと、人体構造として動けなくすれば無力化は可能だ。
……腕を折られたそいつはさすがに怯みつつも、まだ止まらない。やはり、徹底的にやるしかなさそうだ。
しかし、これでは切り崩すにも時間はかかるだろう。周囲を見れば、ウェアは暴竜との一騎打ちを繰り広げている。アトラもゴーシュとの打ち合いは一進一退の様子が見えた。この状況、何とかして誰かが突破口を開くしかないが……。
「今は目の前に専念しますよ、ガルフレア」
「……分かっている! 俺は、俺の役目を果たそう!」
援護に回る余裕がない以上、二人を信じるだけだ。頼んだぞ……!
ゴーシュのやつは、とにかく俺だけしか見てねえって感じだった。こうなった以上、俺がこいつを引き付けるのが一番だろう。
さすがにダンクほどの腕前は無い。けど、強化された身体能力は、同じくPSでリミッターを外した俺とも互角だった。……思うところはめちゃくちゃある、けど。手を抜いてちゃ止められねえのは、間違いない。
黒い波動を乗せた一撃を、ゴーシュの盾が受け止める。あいつが構えた盾は光を纏い、それは結界のように俺のPSを防ぎきった。
「防御の力か……!」
「アミィにはもう、傷一つつけさせない。お前を倒して、俺たちはあの日を乗り越えるんだ!」
「どいつもこいつも……! そういうこと言ってる時点で、乗り越えるも何もねえだろうが!」
その言葉こそ囚われてるから出てくるもんだって、今の俺には分かる。だけど、張本人である俺からそれを言われたって、ゴーシュは止まらないだろう。こいつに突き付けなきゃいけない事は、他にある。
「お前、本当に自分が何やってるのか分かってんのか! このままリグバルドに味方すりゃ、この国はめちゃくちゃになるんだぞ!」
「俺が味方しているのはリグバルドじゃない。ただ、アミィ一人だ! あいつは、全てめちゃくちゃにしようとしているわけじゃない……この戦いさえ終われば、やりようはある!」
「それが分かってないって言ってんだよ! リグバルドに利用されてんのくらい予想つくだろ!? いや、それ以前にお前……アミィが何を言ってるのか、何をしようとしてるのか、ちゃんと考えてるのかよ!」
「……知ったような口を! 彼女を傷付けて消えたお前が、彼女を語るな!」
「今のあいつがやってるのが、どういうことかぐらいは分かるってんだ! あいつは孤児院も、シスターも見捨てようとしてるんだぞ! お前は本当に、それで満足なのか!?」
「シスターをずっと苦しめていたお前がそれを言うのかよ! お前が、あの時……あの時に……!!」
戦いの興奮で、感情を抑えることもできなくなってきたんだろう。トンファーを盾で防いで、カウンターの槍を突き出してくる。俺だってそう簡単には喰らわないけど……ゴーシュはすごく鋭い目で、俺を睨んだ。
「あの時に、逃げ出さなかったら! 兄さん達も、シスターも! あんなに、苦しんでなかったんだよ!!」
「…………。……」
その言葉に、俺は少しだけ口を閉じた。
……追い出された自分の苦しさも、誤魔化さないって決めた。けど……残された孤児院の側だって、多くのものが変わってしまったんだろう。ゴーシュが俺を恨んでるのは、あの瞬間だけじゃなくて……それからの時間も含めて、みたいだ。
「そうだな。それは、お前の言う通りだ。本当に、済まなかった」
この国に来てから、俺は何度となくあの日と向き合った。最初は、全部を自分の責任にしようとして……もしかしたら、順番が違ったらこれ以上言えなかったかもしれない。だけど。
「だけどな、ゴーシュ。それは、お前が俺を殴る理由にはなっても……お前が他の人を、シスターを傷付けていい理由にはならねえ」
「っ……!」
「自覚あるか? さっきから……シスターの名前が出るたびに、辛そうな顔してるぜ、お前。……本当は、分かってんじゃないのか。このままじゃ、駄目なんだって」
「……見透かしたようなことを! 俺は……とっくに決意してここに立っている!」
怒りに任せて叫びながら、槍を突き出してきた。盾で殴り付けてきた。どんどん、攻撃が荒れていく。俺はそれを、真っ向から受け止めていく。
「アミィは、いつだって正しかった……苦しくてたまらない時にも、俺がどうしたらいいか教えてくれた! だから、彼女の正しさを貫くための剣になるって、俺は誓ったんだ!」
元首に向かって、こいつは叫んでいた。ろくな選択肢はなかった、選ぶことなんかもうくそ食らえだ、って。……その気持ち自体は、俺も分かるよ。
だけど。今のゴーシュは、心の底からそう思えているように見えねえ。思えてねえから、叫んでるんだって。
「今も、そう思うか? あいつのしていることは正しいって。シスターを悪だと言ったのは正しいって!」
「……黙れ」
「砦が襲われることを知っていてあいつは見殺しにした! その中にダンク達がいることも知ってたのにだぞ! じゃあ、ベルが死んだことは正しいって思うのかよ!?」
「黙れ!!」
拒絶して聞こうとしない辺りが、ゴーシュの中にある罪悪感の証拠だ。
アミィは、力を手に入れた万能感のせいか、かなり染まっちまってる。止めるには、真っ向から一度へし折るしかないだろう。
けど、ゴーシュはたぶん違う。こいつはまだ……自分の心で引き返せるように見える。
それなら、やることは一つだろ。こいつが何と思おうと……俺はこいつの、兄貴だったんだから。
「逃げんじゃねえ、ゴーシュ! お前がどんだけアミィを好きで、どんだけあの時のことを抱えてたとしても……今のアミィがやろうとしてること、本当にほっといていいのか!?」
「うるさい! 俺は、俺は……何があろうと、アミィの味方でいるって決めたんだ!!」
「甘ったれんな! 言いなりになってるだけで、味方を名乗るんじゃねえよ!!」
ゴーシュは初めて明確に怯んだ。……味方、仲間。そういう言葉を、今の俺は軽々しく扱わせたくない。
「一緒にいて安心できて、辛い時には助けてくれて! けどな、間違えた時には頬をひっぱたいて、引っ張り上げてくれる! それが味方だ! お前にそれができてるのか!?」
「ぐっ……お前ごときが、偉そうに語るなよ……!」
ああ。やっぱり、分かってるんじゃねえか。お前、本当は。
少し、違和感はあったんだ。市場でギルドを追い出した時のこいつは、こんなに迷ってなかった。聖女の側近って立場に、アミィの味方だってことに酔ってた。その堂々とした振る舞いが別人みたいだったから、俺もあの時には気付かなかった。
もちろん、シスターの件もあるだろう。仮面を外して素になったのかもしれない。でも、考えてみたら……元首にキレてた時にはもう、こいつは揺れていたんじゃないか。
じゃあ、何がこいつの酔いを覚ましたか。あの時から今までに起きたことを考えたら、想像はついた。