〈聖女〉の戦士
「恐竜……!?」
現れたのは、巨大な爬虫類の怪物。アトラの言う通り、太古に滅びた恐竜……ティラノサウルスに酷似した存在。
太く逞しい後脚で立ち上がった体高はおおよそ5メートル、頭から尾の先までは、軽く10メートルは超えているだろう。人類などひと咬みで千切れてしまうことは想像に難くない。
全身を覆うのは、深い黒色の鱗。宝石のように煌めくそれは、生半可な攻撃を通さない。
Aランクとされるが、牙帝狼のように知性を持つわけではない。ただ、純粋にその暴虐をもって、第一級の脅威と見なされる怪物。その名は、《黒瑙暴竜》。
「理性なき獣ですが、私に従ってくれるのならば……それは、私を信じているとも言えるでしょう?」
アミィの手には、操魔石が握られている。現れたUDBは、信者たちではなく、真っ直ぐに俺たちの方へ……いや、ウェアルドへと視線を向けてきた。
「これだけの怪物を強化できると? 洗脳されているという意味では、周りの方々と同じかもしれませんが」
「ふふ、私の力ですからね。そこは私の捉えようですよ。そして……この祭壇があれば、この場にいる全員に能力を行き渡らせるのも、容易です」
ジンの口調は崩れないが、さすがにその目は真剣になっている。
Aランクの獣に対する、PSでの強化。そこに、グランニウムによるブーストが加われば……相当な脅威になるのは、容易に想像できた。
そして、周囲の信者たちも。アミィの力がどれだけの効力を発揮するかは不明だが、はったりには見えない。
「……アレは俺が相手取る。お前たちは、周囲の鎮圧を任せたぞ」
「マジかよ、マスター! いくらあんたでも、相当しんどそうだぜ!」
「承知の上だが、だからこそだ。俺を狙ってくるならば、獣一匹ぐらい止めてみせるとも」
俺たちの実力は、ウェアには及ばない。そして彼は、大型UDBとの戦闘を幾度となく経験している。
悔しさもあるが、その判断は正しい。そもそも、俺たちの側も、どうやら簡単には済みそうにはなかった。
「考えている時間はない。……来るぞ!」
恐竜がけたまましい咆哮を上げ、突進を繰り出してくる。そして、散開した俺たちに対して、信者たちもまた攻撃を繰り出してきた。
「恐れるな! 聖女さまの加護を受けた戦士である我々に、敗北はない!」
「ちっ……!」
俺の元には、二人の信者がサーベルで襲いかかってきた。能力の出力を上げて、迎え撃つ。どちらも剣術の基礎もなっていないような、力任せな刃……だが、早い! それにこの重み、真っ向から受け止めるのは危険なほど、腕力も上がっている。
少し切り結べば分かる。動きはどうあっても素人だ。だが、その身体能力は、明らかに常人のそれではない。
技術などないがむしゃらな攻撃……それが、今は逆に厄介だった。高い基礎能力で振るわれるだけで、素人の形無しから、予測できない型破りになる。
アミィの実力か、それだけあの祭壇が高い効力を持つのかは分からないが……下手をすれば、月の守護者並みの強化になっているかもしれない。
一人ひとりに負けるつもりはないが、さすがに数の差が大きい。そして、こちらが三人で陣形を組むにも、執拗にアトラへと狙いを定める馬人がいた。槍を構えた突撃を、赤豹はPSを使って何とか受け止めている。
「お前の相手は俺だ、悪魔野郎!」
「てめえ……ゴーシュ!」
「お前たち! こいつは俺が相手をする! 残りの二人はお前たちで止めろ!」
そして、ゴーシュの動きは、他の者と比べたら一段上だった。元からアミィのために鍛えていたからか、それとも……アミィを信じる意志が強いから、PSが強く作用しているのか?
ジンが伸ばした鎖も、力任せに払われる。突破して援護に向かうにも、そう簡単にはいかないだろう。アミィさえ止められれば一気に崩せるだろうが、飛び上がって突撃を試みたところで、信者のひとりが跳躍して叩き落とそうとしてきた。逸ればこちらが押し負けるか……!
幸いなのは、強化されたのはあくまでも身体能力だけらしきこと。誰かが放った炎のPSは、大したことのない火球の一撃だった。鍛えられていない能力であれば、対処はそこまで困難ではない。
そしてウェアルドは、巨大な恐竜と一進一退の攻防を繰り広げている。アミィの操魔石によるものか、黒瑙暴竜はウェアルドをターゲットに絞っているようだ。
巨体の突進を、僅かな隙間ですり抜ける。振るわれた尾を、跳躍で避ける。返す刀は、強固な鱗に弾かれていた。
「……さすがに、一瞬たりとも気は抜けんな」
「本当に怪物じみていますね。紙一重と言えど、大型UDBの攻撃を凌ぐなど」
UDBも信者たちと同じ比率で強化されている……というわけではなさそうだが、だとしても元々がAランクの暴竜だ。いくら父さんでも、一歩間違えれば全てが終わる。
援護したい気持ちを堪え、目の前に専念する。……俺にできることは、一刻も早く戦力を削ぎ、アミィの支援を停止させることだ。
「一人ずつ無力化していきますよ、ガルフレア」
「ああ……! 援護を頼む、ジン!」
ジンの鎖が、標的とした男の四方八方から襲いかかる。それで動きを止めた男に対して、俺は峰打ちを叩き込んだ。骨の一本ぐらいは砕く勢いで繰り出した攻撃だった。
「お優しいですね、ギルドは。ですが……それだけでは、私の加護を受けた戦士たちは倒れません」
「なに……? ……っ!」
聖女の言葉に合わせるように、そいつはすぐに反撃を繰り出してきた。それを喰らうことはなかったが……峰打ちと言えど、月の守護者を乗せた一撃を、耐えた?
「は……は! ああ、聖女さまを信じる限り、我々は無敵だ!」
そして、相手はむしろ、恐れを無くしたように勢いづいた。
肉体の強化による耐久力の向上……いや、それだけではない。折れはしなくとも、手応え自体はあった。ただ、その割に……痛みへの反応が鈍い。
戦いに慣れた者と一般人の大きな差は、痛みへの耐性だろう。程度はあるにせよ、普通の人は、重量のある武器で殴られた痛みに耐えることはできない。にもかかわらず、この反応は。
「痛覚を遮断しているのか……!?」
「鋭いですね。その通りです。完全ではありませんが、感じる苦痛を大幅に和らげることが可能です」
厄介な……。だが、俺はそれ以上に、この力に薄ら寒いものを感じた。
戦う上で、痛覚を遮断できるのは確かに強みだ。しかし、痛みも、そこから来る恐怖も、生物に必要な反応でもある。それを無視できるように変えてしまうというのは……まるで、兵器に変えてしまうような、相当にたちの悪いものに思えた。己ではなく、周囲に戦わせることも含めて。




