歪なる正義 2
扉の向こうは、とても広い部屋だった。バストールでアンセルが正体を現した、あの部屋ぐらいはあるだろう。
奥には、まるで祭壇のようなものがある。階段の上、周囲を見下ろすような位置で、アミィは仮面を外して微笑んでいた。
そして、その周囲を取り巻くように、数十名の信者たち。聖女へと続く階段の正面には、同じく素顔を晒したゴーシュが構えていた。
「ようこそいらっしゃいました。思っていたよりも、早かったですね」
「……身の程をわきまえない奴らだ。逃げ帰れば良かったものを」
逃げもせず、真っすぐに待ち構えている。自分たちの勝利を、疑いもしていない顔だ。
「兄さんも……ふふ。私たちを殺す覚悟はできたということですか?」
「そんなんで今さらかき乱されると思ってんのか、アミィ。生憎、シスターに任されてきたんだよ。お前らを止めるってな!」
「止める……か。甘っちょろいな、悪魔が」
「悪魔呼びも一周遅れだぜ、ゴーシュ。……だいたい、甘っちょろいのはお前の方だろうが。お前、本気でシスターの敵になるつもりかよ」
「……うるさい。貴様がそれを偉そうに言うな! 俺は……何が敵になっても、アミィを傷付けさせはしないってあの時に誓ったんだ!!」
怒りの声を張り上げるゴーシュ。それがどこか、自分に言い聞かせるように聞こえるのは、きっと気のせいではない。
「……どいつもこいつも、あの時あの時ってよ。言っとくがな、ゴーシュ。俺はてめぇが選んだことへの責任までは持ってやらねぇぞ! 勝手に人を言い訳の材料にしてんじゃねぇ!」
「黙れ! 言葉は終わりだとアミィも言ったはずだ!」
馬人は武器を構える。あれは……盾と槍。いかにも騎士、という組み合わせだ。大型のそれを、それぞれ片手に持っている。それだけでかなりの膂力を必要とするだろう。あるいはPSの作用もあるかもしれないが。
他の信者たちもそれぞれの武器を構える。――やはり……全員、構えが素人だ。体付きも、大して鍛えられては見えない。元々、戦いとは縁のない、ただの市民だったのだろう。
ならば……彼らの強気の態度はどこから来る。戦いを何も知らないが故の余裕か。それとも、それを踏まえて勝利できるほどの何かが? ……何だか、嫌な予感がする。決して気は抜くなと、直感が言っている。
「お前たちは、本当にそちらに立つつもりか。その女は、リグバルドにこの国を売ろうとしているんだぞ?」
「それがどうした、ギルドの犬ども。聖女さまに盾突くのならば、貴様たちは悪だ!」
迷いのない口調で、他の信者が返してくる。……当然ながら、ここにいる連中は……全て知った上で、聖女に付き従っているようだな。
「彼らは、私が見定めた、特に信頼できる配下です。あなた達の言葉で、覆すことはできませんよ」
「国中に餌を撒いたのは、食い付きが良い、つまり素養がある者を探していたのですか。その線の才能だけは本物のようですね」
「信じられねぇ……自分たちの国を侵略してますって女に、何でそこまで従えるんだよ!?」
「何とでも言うがいい。我々にとって、信じるべき唯一の善は聖女さま! 彼女に従うことは、絶対に正しいのだと我々は知ったのだ! それを理解できない馬鹿たちの集まる国に、もはや未練はない!」
「やれやれ。どんな国にも、思考放棄をした方々はいるものだ。私には理解できませんねぇ」
ジンの皮肉にいつも以上の棘を感じる。だが、気持ちは分かる。このような、己の意志も持たない集団に……この国が、どれだけ荒らされたかを思えば。
彼らの背景も、いかにして聖女に心酔したのかも分からない。元々は善良だった人も、いるのかもしれない。……それでも。今、この集団がやろうとしていることは、決して認めてはならない。
「ひとつ問おう。リューディリッツはどこだ? 貴様たちの余裕、あいつの存在によるものだと思っていたが」
「残念ですが、私も存じ上げません。あの方は特別に自由ですので、私にも指揮権はないのですよ。興味を惹かれた場に顔を出すのではないでしょうか? もちろん、ここも含めてですがね」
……無秩序な。だが、これは恐らく嘘ではない。戦いの途中で乱入など、奴が実に好みそうだ。
「だとすると、その余裕は何だ? 数で勝っているからか? 俺たちが今までどれだけの敵を破ってきたか、知らないとは言うまいよな?」
「存じていますよ、最強の英雄、ウェアルド=アクティアス。確かに、全盛期のあなたがいたならば、打つ手はなかったかもしれませんが……」
「今の俺ならば、勝てると?」
「ええ。今のあなたは、思うようにPSが使えないのでしょう?」
「…………。あの道化から聞かされたか?」
ウェアルドは、アミィの言葉を否定しようとはしなかった。……思うように、PSが使えない? それは……。
何を言っているんだ、という思考を、今までの記憶が遮る。PSを極力まで使おうとしなかった姿や……あの時、瀕死の俺を治療した彼が、倒れてしまった姿。俺は、確かに見てきている。
「だが、舐めてくれるなよ。いかにハンデがあろうとも、そう簡単に遅れを取るつもりなどない」
「ふふ……ええ、それも存じています。そのような身体であろうと、あなたの技はこの場の全てを凌駕できるでしょう。人の身で辿り着ける極み……その域にいるのは、あなたの弟ぐらいでしょうから」
「……よく舌が回る。どうやら無用な知識を蓄えてきたようだが、口は災いのもとという言葉を知るべきだな、お前は」
「おや、怒らせてしまいましたか。これでも賛辞のつもりでしたが」
相変わらずの微笑を絶やさぬまま。高みから見下ろす聖女には、英雄の威圧も届いていない。
「ですが、あなたもあくまで一人のヒトでしかありません。かつての戦乱でも、SランクのUDBを一人で仕留めたというわけではない。最強の戦士であっても、限界はあるでしょう」
「そうだな。……それで? SランクのUDBを呼び出しでもするつもりか? お前に扱い切れる存在でもないと思うがな」
「いいえ。さすがに仰る通り、私の手には余ります。ですが……それに迫る存在であればどうでしょうか?」
ぴり、と刺すような感覚があった。次いで――いつもの耳鳴り。
「この遺跡の本当の力を教えていませんでしたね。ここに眠る技術は……PSの強化技術。グランニウムの加工技術と言えば分かりやすいでしょうか?」
「なんだと……?」
「とはいえ、現代でも試行錯誤の末、グランニウムはその性質を引き出すことに成功しています。ならば何故、リグバルドはこの遺跡を求めたのか。その答えはシンプルです。――ここが、大規模なグランニウムの鉱脈でもあるからなのですよ」
感覚が大きくなる。やはり、巨大だ。これは、アンセルと同等……いや、さらに大きい歪みだ。
そして、ここがグランニウムの鉱脈。その事実を、こうして語っているのは……それが彼女の手の内に関わるから。勝利を確信して、俺たちに見せつけようとしているのだ。
「この下には、大量のグランニウムが眠っています。武器として精錬されたものには、その共振は劣りますが……ご存知でしたか? グランニウムそのままであれば、効果が弱い代わりに再利用が可能なのだそうです」
「…………!」
「この祭壇は、グランニウムをそのままに増幅して指向性を持たせる装置。そして、私の力は……〈騎士の選別〉。私を信じる者に力を与える能力です」
祭壇が、光を放った。それとほぼ同時に、歪みから獣が姿を見せる。




