歪なる正義
遺跡の中を、駆け抜ける。
ロウ達を残してから、かなり進んだ。俺たちは内心に湧き上がる焦りを堪えて、体力を消費しすぎない程度に走る。
途中、UDBと何度か戦闘は発生したものの、メルヴィディヴスのような強力な個体がいるでもなく、敵の防衛は大したことがない。襲撃に戦力を回しているからか、それとも……誘い込まれているのか。どちらにしても、俺たちは進むしかない。
「くそ、無駄に広いなこの遺跡……!」
「あの場所から街まで繋がっているのですから、当然ではありますがね。元々は、それだけの設備だったのでしょう」
『そろそろ最深部に着く。その先の通路を抜けたところに、下る階段があるよ』
元首との通信は、あの部屋を抜けたところで復旧した。そして俺たちは、彼から送られてきた遺跡の構造情報を元に、最深部へと向かっている。聖女は逃げるでもなく、そこで待ち構えているとのことだ。
何故、彼がここの構造を知っていて、聖女の居場所も分かっているのか……そもそも、先の舌戦での情報をどうやって得たか。時間も限られているので詳細は聞いていないが、どうやら彼のPSによるものらしい。詳細を知っているであろうウェアが問わないならば、信用できると判断する。
それと同時に、聖女は恐らく、分かっていながら元首のナビゲートを阻んでいない。
『吾輩に視えるのは、今の状況だけだ。彼女が何を仕込んでいるのかまでは知り得なかった』
「構わん。真っ直ぐに向かえるだけで十分だ。待ち構えているならば、それ相応の出迎えがあるのだろうが」
ウェアルドの存在を知りながら、逃げないのならば……あの狂犬か? それとも、それに匹敵する何かか? いずれにせよ、いくら彼がいても、楽観視はしないほうがいい。
『彼女の言う通り、吾輩はここからは部外者にならざるを得ないようだ。吾輩の武器が通じないようではね』
「決着をつけるのは俺たちの役目だ。お前は、己やシスター達の身を守り抜け。終わった後からが、お前の出番だ」
元首のところでは、シスターだけでなく、孤児院の皆が保護されているらしい。……シスターはあの後、何も言葉を発していない。
ゴーシュはともかく、アミィのあの様子は……そもそも、言葉を全く受け入れようとしていない。もはやシスターをもってしても、彼女の説得は叶わないのだろう。少なくとも、彼女の自信が折れない限りは。
分不相応な力を手にしてしまったものが、秘めた欲求を解放してしまう。それは、自然な話とも言えるが……あそこまでのエゴを、彼女はどうして。
「階段がありましたね。あの下ですか?」
『うむ。この通信が通じるのも、そこまでだろうね。諸君、……む? ……ああ、少し待ってくれ。シスター・エレンが話したいそうだ』
「シスターが? ……分かった」
一度、足を止める。いずれにせよ、走ってきた呼吸くらいは整えるべきだから、丁度いいだろう。
「シスター、大丈夫か……?」
『……大丈夫……いいえ。ごめんなさい、まだ、受け止めきれては、いないようです』
帰ってきた声は、ひどく弱々しかった。……当然か。自分が育てた子供たちが、このようなことをしているのだ。
部外者の俺に分かるのは、アミィを止めねばならないことだけだ。だが、いかに許せない存在でも、共に過ごしてきた者にとっては大切な相手だったのだと思う。
『嘘だと、思いたい。そう願うのが、逃げであると、分かってはいます。ですが……あの子たちが、まさか、あんな……』
「………………」
『……ほんの、数日前まで。共に、過ごしていたのです。それなのに、私は……何にも、気付けず……!』
……シスターにとっては、この数日間だけで、あまりにも多くのことがありすぎた。アミィとゴーシュのことはもちろん、砦の襲撃で傷付いたヘリオスとダンク、ミント……ベルナーの死も。
そして、全ての状況を合わせて考えれば……アミィは、兄弟を見捨てた。ヘリオスやダンク達を、狂犬に売り渡したのだ。それは、子供たちが殺し合ったというのと、何ら変わらない。
あまりにも……惨い。シスターは、普通の人だ。ただの、善良な人だ。その人に、こんなものを背負わせるなどと。
『私は……誰も、守ることが、できなかった。いえ……今までずっと、守れていなかった……』
「そんなことねえ!!」
だが、その嘆きの言葉を、強く否定する男がいた。赤豹は……少しだけ泣きそうな顔で、それでも声を張り上げて通信を続ける。
「シスター。これだけは忘れないでくれ! 確かに、間違えちまった奴らも出てきちまったし、無くなっちまったもんは戻らねえよ。……それでも! 少なくとも、あなたがいなかったら、俺はここにいねえ!」
『……アトラ……』
「俺も、ヘリオスも、兄ちゃんも……ベルにミントだって。あなたは、たくさんのものを守ってくれたんだ。だから……そんな哀しいこと、言わないでくれ! そんなシスター、ベルだって見たくねえはずだ……!」
誰だって、全てを完璧にできるわけではない。その中で、やれることをやって……取り返しのつかない何かがあったとしても、きっと全てが失われるわけではない……か。
通信の向こうから、嗚咽が聞こえてきた。アトラは目元を拭うと、今度は力強く笑顔を浮かべた。
「なーに、任せてくれよシスター! あいつらは、俺らが止める。もう、これ以上は……何も壊させねえ!」
『……はい。アトラ……皆さん。どうか、あの子たちを……頼みます……!』
「……ええ。ギルド赤牙、その依頼を承りました!」
二人を頼む。それがシスターの伝えたかったことだろう。ああ、そうだろう。こんな状況になっても、二人は彼女の大事な子供なんだ。ならば、できる全てを尽くすだけだ。
ふ、と元首の小さく笑った声が聞こえた気がした。
『では。ここまでとしよう。諸君……健闘を祈る!』
「ああ! 勝利の報告を待っておけ、リカルド!」
ウェアの宣言に高らかに笑うと、通信は切断された。ウェアの言う通り、ここからは……俺たちの仕事だ。長く続いたこの国での戦い、その決着をつけるために。
アトラが、深く息を吐きながら、残るみんなの顔を見渡した。
「みんな。俺に……力を貸してくれるか?」
「言われるまでもありませんよ。そもそも、あなただけの問題とでも?」
「俺はお前の友で、家族だ。頼まれずとも、俺が力を貸したいと思っている!」
「ふ……俺は言うまでもない。大事な息子の故郷を、これ以上荒らさせるものかよ!」
「……へへっ。おう! 行こうぜ、みんな!」
この先に待つのは死闘だろう。だが、覚悟はとうに決まっている。
階段を降りた先にそびえ立つ大扉。その前に立つと……ゆっくりと、それが開いていった。




