表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
371/430

竜虎天翔! 4

「あんたは……狂犬の仲間かよ」


「おっと、さすがにこいつら兄弟の同類とは思われたくないねえ。単に一緒に雇われたってだけさ」


「アイビーさん!? ひ、ひどいや……」


「あんたへのお説教は後だよ。さて……アタシはアイビー、傭兵さ。お見知り置き頼むよ、赤牙の坊や達?」


「っ……」


 さっきの鞭からして、この女もだいぶヤバそうだ。けど、構えたオレ達に向かって、アイビーって女はただ面白そうに笑うだけだった。


「そう身構えないでおくれ。待てができない男は嫌われるよ?」


「なん……ふざけてんのかよ! 戦ってんだぞ、オレらは……!」


「あっははは! まあ、落ちついて聞きな。アタシはただ、こいつを迎えに来ただけだからね。戦うつもりはないさ」


「何を……!?」


 女は、確かに攻撃してくる気配はない。周りのUDBや軍も含めて、少しだけおかしな硬直状態になった。


「撤退だよ、ロディ。マリクのオーダーに無いだろう、あんたが出るのは。雇い主に従わなきゃ首が飛んじまうよ?」


「で、でも……兄さんが、盛り上げろって……勝手に帰ったら、怒られちゃう」


「まあそんなことだろうとは思ったけれどね。ま、そこはアタシが上手いこと言ってやるから、良い子にしな。マリクに折檻されたくもないだろう?」


「ひぅ……それも嫌だ……ぜ、ぜったい庇ってよ……?」


「できる範囲でね。リュートの機嫌が良いことを期待しときな。……そういうわけさ。アタシたちは退かせてもらうよ」


 そんな勝手なことを言ってる二人に、ムカつくどころか呆気にとられちまう。こいつら、ここまでしといて何を。


「攻めてきておいて、調子が良すぎるでしょう……!」


「そんな危ねえやつ、黙って帰すと思ってんのか?」


「アタシはどっちでも構わないけれどね。この状況で、アタシとロディが加わって困るのは、そっちじゃないかい?」


「………………」


 それは、この女の言う通りだ。ロディ一人でもヤバかったのに、もう一人、やべえ奴が加わっちまったら……悔しいけど、さすがに勝ち目が薄い。オレらが昇華したっつっても、いきなり実力がガルみたいになったわけでもねえし。


「あんたらが崩れたらこの辺の部隊は壊滅するよ? 巻き込んでまで倒しに来るかい?」


「ちくしょうが。お前たちは本当に、好き勝手ばっかり……!」


 暁兄が悔しげに吐き捨てる。……行かせねえとまずい。それはたぶん、全員が思ってる。オレの気分だけなら、あのクソ野郎の弟分ってのを抜いても、絶対に逃したくねえけど……いま、ギリギリで保ってるこの砦の人まで付き合わせるわけにはいかねえ。

 オレ達が何も言えねえのを、肯定ってことにしたらしい。アイビーは不敵な笑みを保ったまま、ロディを抱えて距離を離す。


「UDBたちを凌げりゃ、この場はアンタ達の勝ちさ。聖女とか他の連中は管轄外だが……ま、せいぜい頑張りなよ?」


「舐めやがって。そうやって余裕見せてられんのも、今のうちだぜ……!」


「アタシとしちゃ、あんたらには潰れてもらった方が助かるが、まあ依頼主には従うさ。で、その依頼主からの伝言だよ。『この試練を乗り越えることを期待していますよ、赤牙の皆さん』だとさ」


「あの人は、どこまでふざけたこと……!」


 試練……つまり、オレらがギリギリで乗り越えられるくらいにしか攻めてきてねえってか? バカにするにも限度があんだろ……!

 ……それでも、そうじゃなきゃどうなってたかってのが頭では分かるから、余計に悔しくなる。こいつらとちゃんと戦うためには……ぜんぜん足りねえって、今回でほんとに思い知った。


「それじゃあ……生きていたらまた会おうか、坊や達?」


 なんて、考え込んでる場合じゃなさそうだった。

 ――でけえ歪みが、目の前に現れる。アイビー達の姿も消え始めてるけど……違う。こりゃ、こっちに何か出てくるときのだ。


「おい、めちゃくちゃでけえぞ!? 大会の時くらい……!」


「っ。総員、構えて!」


 イリアの号令に、オレ達は陣形を組み直す。……明らかにやばいその歪みから出てきたのは、思ってた以上に桁違いの怪物だった。


「なんだ、こりゃ……!」


 でっけえ虫の化け物……もしかしてこれ、マスター達が戦ったっていうやつか!? 軍の側からも、さすがに悲鳴みてえな声が聞こえた。


「ハメやがったか、てめえ……!」


「あははは! 人聞きの悪い。アタシ達が加わらないって言葉にウソはないさ。それよりはマシだろう?」


「じ、じゃあね……? できれば、もうここで死んでくれると嬉しいな……」


 そんな言葉を最後に、あいつらは消えてった。完全に、良いようにやるだけやって……!


「くっそ……!」


「悔しがるのは後だ、浩輝! あれは、さすがにまずい……!」


 マスター達でも、相手するのは骨が折れたって言ってた相手だ。けど、あれを放っておきゃ、大変なことになる。オレらで……やるしか、ねえのか!


「……へっ。相手にとって不足はねえってやつだな?」


 そんな中、カイ兄は不敵に笑う。……強がりだ。そんなもん、みんな分かってんだろう。けど、その強がりが今は、ちょっと挫けそうになった気持ちを踏みとどまらせてくれた。

 ……そういや、こいつはいつだって、こうしてきたな。オレに弱いとこ見せないように、オレが挫けないように。


「……だな。こんなとこで負けてられねえんだ、オレたちは!」


 だから今は、オレも強がる。こいつ一人に背負わせねえ。オレたちは、二人で進んでいくんだ、今度こそ。

 それに、無謀とも思わねえ。今のオレたちなら……きつくたって、無理ではねえはずだ……!


「……お前たちだけに格好つけさせちゃいられないな。どんだけ硬くたって、やれることはあるはずだ」


「私なら、何かは通せるはず。みんなの攻撃もサポートすれば……」


「あたしも、何発いけるかは分からないけど、やれるだけ受け止めてみせるよ……!」


「おう。行こうぜ、みんな。舐めきってやがるあいつらに吠え面かかせてやるためにも……」


「あんなデカいだけの虫、標本にしてやらぁ!!」


 気合を入れるように吠えて、力を起動する。……怖えけど、やれる。死なねえし、死なせねえ。いつか、あいつに届かせるってんなら、こんなところでビビってられるかよ!





「良い意気込みだった。だが、今回は見せ場を譲ってもらうぞ」


「…………え」


「――落ちろ!!」


 突然、すげえ光が目の前で弾けた。


 まるで雷のような、とんでもない電流。それは、メルヴィディヴスに直撃すると、その全身を焼き焦がしていく。……今の、は。

 声のしたほうを、見る……ひとりの獣人が、いた。


「あ……」


 ……オレと同じ、白虎の獣人。オレの、よく知ってる人。

 いつもの仕事着じゃなくて、動きやすいラフな格好だけど……いや、なんでここに。


「親父!?」


「俺もいるぜぇ!!」


 そして、空から聞こえたのは、また聞き覚えのある声。……青い竜人が、空高く舞い上がってる。

 その人が、何かを投げた。……炎でできた剣。それが、電流で動きを麻痺させてた虫の首の辺りに突き刺さる。そのまま身体を貫通した。体内で炸裂した爆炎が、虫の関節から噴き出す。


「決めろや、優樹!」


「任せろ……!」


 それでも動きを再開したUDBはとんでもねえ生命力だけど……そこで、再び親父の電流が炸裂した。炎と稲光が弾けて、爆発する。そうして、メルヴィディヴスはついに沈黙した。どんだけ硬い甲殻に包まれてたって、電流は防げないし熱も通す。それにしたって、桁違いの威力だった。

 相性が良かったにしても、あのUDBを一方的に倒すなんて……オレの前に降りてきた竜人も、やっぱりよく知ってる人だった。


「と、当麻おじさんまで……!?」


「……ったく、目立ちたがり屋がよ! ヒーロー気取る歳でもねえだろうが、バカ親父!」


「ああ? 華麗な登場に嫉妬してんのか、バカ息子が!」


 どうして、親父たちがここに……? ってか、カイ達はあんま驚いてねえ。オレだけが分かってねえ……ってことは。


「そうか、コウは寝てたから聞いてないんだったね……」


「……みんな、知ってたのかよ?」


「ウェアに呼ばれたんだよ。守るために力を貸せってな。さすがに、ちょいと準備は必要だったが」


「この規模の侵略とあれば、手段は選んでいる場合ではないということだ。本当はもう少し早く来れれば良かったがな」


 確かにマスターは、何かあったときの備えはしてるって言ってた気がする。この国でどうしようもないなら外に頼るのは、考えてみりゃ当たり前の話だ。

 オレも、ギルドから援護が来るのは考えてたけど、それ以外もってことだったんだな。信頼できる、昔の仲間……そりゃ、呼ばねえ方がおかしいか。


「けど、英雄が動くのって、大丈夫なのかよ? それに、エルリアは……」


「なに。これは外から見れば、単なるUDBの侵略だ。対外的な問題など、いくらでも丸めようはある」


「細けえことは慎吾と楓に任せてきたが、あいつらが残ってりゃ問題はねえだろうよ。こっちの元首があの野郎なら、なおさらどうにかすんだろ。それに……」


「簡単に行かなかったとしても、子供があんな目に遭ったと聞いて、黙っていられる親もいない。ただそれだけの話だ」


「…………あ」


 そう、だよな。オレやカイがあんなことになったって、親父たちに知らせないわけがねえ。しかも、兄弟の仇が生きてたなんて話もついてきたら……この人たちは、黙ってはいない。オレは、よく知ってる。

 ……親父が安心したみたいな顔してた意味も分かった。そんだけ、心配させたんだな。いや、今までずっと。そっか。やっとオレは、ちゃんと家族に向き合えるのかもしれない。


「心配すんなよ、親父。オレは大丈夫だ。……もう、あの日のことも……目をそらしたり、しねえよ」


「……そうか。本当に……子供の成長とは、早いものだな。兄さんも、茜義姉さんも……喜んでいるだろう」


 ……ほんとの父さんと母さん。大好きだった二人を忘れることなんて、死ぬまでねえ。

 それでも、親父はオレの親父で、深雪母さんだってオレの母さんだ。それは胸を張って言える。カイ兄だって、同じだろう。


「にしても、大変なことになってたって聞いてたが……なんだ。思ったより元気そうじゃねえか、バカ息子?」


「へっ。母さんも言ってたろ? 俺はあんたに似て、めちゃくちゃしぶといんだよ!」


「けっ、言ってやがれ! ……よく持ちこたえたな、お前ら! 」


 いつもみたいに素直じゃないやり取りをしながら……当麻おじさんが、すごく優しい顔をカイに向けたのを見た。ほんの一瞬だったけど。

 すぐに親父とおじさんは、UDBの群れへと向き合う。そうだな……ゆっくり話すより前に、やることがある。だったら今は、発破かけあうくらいでちょうどいいんだろう、この二人は。

 いきなり切り札をぶっ潰されたあいつらは、めちゃくちゃ混乱してる。けど、これで終わりってこともねえだろう。続けて、歪みが発生する。人造UDBたちに、灼甲砦。そして、さっきのでかい歪みまで、もうひとつ。……だけど。


「待たせてすまなかった。だが、そのぶんの仕事はしよう。今はまた、戦士として!」


「こっからは……反撃の時間だぜ!!」


 気が付くと、怖さなんてさっぱり無くなっていた。

 最強の英雄。オレたちにとって、誰よりも頼れる人たち。この人たちがいてくれるなら……負ける気はしねえ!





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ