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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
2章 動き始めた歯車
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命懸けの時間稼ぎ

「さあて……どうも今日は、牛と縁があるみてえだな」


 そんな軽口は、恐怖心を抑え込むためのものだ。

 俺と瑞輝さんは、みんなの壁になるように、牛鬼の前に立ちはだかった。奴は唸り声を上げながら、こちらを見下ろす。戦闘態勢の俺達を見て、最初の獲物と判定したのかもしれない。一触即発……後はどっちが先に動くか、だ。


「とにかく、奴の注意を引こう。えっと……確か、海翔君だったか? 試合は見せてもらったけど」


「はい、間違いないです」


 俺は自分でも驚くほど冷静だった。怖くないってわけじゃねえ……むしろめちゃくちゃ怖えよ、さすがにな。だろうけど、思考は正常に働いている。……に感謝したのは初めてかもな。


 ふと横を見ると、瑞輝さんの身体は震えていた。俺も軽く震えちまってるから、あまり人のことは言えねえが。


「できれば、君達にこれ以上の危険を負わせたくはない。だけど今は、君の作戦に頼るしかないだろう。……安心しろ。俺の命を懸けても、君達は生きて帰してみせる」


 どう見ても強がりだ。

 俺達を巻き込んだ責任を感じているのか。この人だって、見たところまだ20代前半くらいだ。怖いに決まってる。いや、そもそもUDBがいきなり現れて、まともに対応できる人がどれだけいるだろう。この国ならなおさらだ。他にも警備員はいるだろうけど、こんな事態に対応しろって方が酷だ。


「肩に力入れる必要ないですよ。瑞輝さんも生きて帰りましょう」


「……そうだな、すまない。準備はいいか?」


「もちろんです。やる気が有り余っているぐらいですよ」


 実際はそこまでお気楽にはなれねえが、気持ちで負けてる場合じゃねえ。ただの精神論でいいんだ。PSはその精神に大きく影響される。

 やるしかない。じゃねえと死ぬだけだ。俺はまだ死ぬ気はなければ、あいつらを死なせる気もねえ。


「では、行くぞ……1、2……」


 俺の命は……こんな所で捨てていいほど安くねえんだ!



『3!』



 俺達は、掛け声と共に左右に跳んだ。それとほぼ同時に、俺達の立っていた場所に、ミノタウロスが拳を振り下ろしていた。リングに響いた爆音は、まるでこの戦いのゴングみたいだった。

 ミノタウロスは、雄叫びを上げながら腕を振り回す。まるで鉄球のような拳が目の前を通り過ぎていき、さすがに内心ひやりとした。


「奴は力は強いけど、攻撃は大振りだ。しっかり見て、絶対に避けろ!」


「分かってます。俺だって……死にたかないですからね!」


 俺達の目的は、あくまでも時間稼ぎだ。俺のPSはいくらか頑丈さも上げてくれるが、軽くでも喰らえば即死レベルのダメージは免れられないだろう。


「かと言って、やられっぱなしのつもりもねえがな!」


 奴の攻撃をかいくぐり、一瞬の隙をついて、巨獣の脇腹に、拳と爆炎を叩き込んだ。

 奴の口から苦鳴がもれる。試合の時と違って今はPSも全開だ……物理的な破壊力も、炎の威力も格段に上。いくら何でも効かないはずはねえ。


「俺も行くぞ!」


 逆サイドからは瑞輝さんが剣を振るう。その軌跡に沿うように、獣の赤い血液が飛び散る。肉を引き裂かれ、奴は痛みに怯んだ。腕前は本物みたいだ。すごく頼もしい。

 だが、それも僅かな時間。すぐに怒りに目を血走らせると、先ほど以上に激しい攻撃を繰り出してくる。


「ったく、さすがにタフな野郎だな!」


「海翔、焦るなよ!」


「分かっています! 地道に攻めますよ!」


 瑞輝さんは俺の逆サイドから、奴の背中を幾重にも斬りつける。当然、奴の注意は瑞輝さんに向く。そうすれば、俺から見れば隙だらけになり、俺はその傷口を炎の拳で焼く。


 即興のコンビだが、意外と相性は良いみてえだ。俺達はそのコンビネーション攻撃を繰り返し、確実に奴の傷を増やしていった。



 だが、どれだけ攻撃を加えても、奴の動きは一向に衰えを見せなかった。


「くっ。やはり決定打は入れられないか……!?」


 傷つけば傷つくほど、奴は獰猛さを増していくだけで、倒れる気配など微塵もない。

 それもある意味では当然だった。瑞輝さんの剣は分厚い筋肉に阻まれて、致命傷となりうる内臓には届かない。そして俺の格闘術も、奴の筋肉の鎧の前ではそこまでのダメージにならない。炎の威力も、奴を倒すには心もとなかった。


「瑞輝さん、PSは……!?」


「スピード重視の身体強化……残念だけどもう使ってる!」


 攻撃を受けて興奮しているのだろう、奴の攻撃はさらに勢いを増していく。だが、その反面、俺達は疲労で動きが悪くなってきている。

 全力で攻めに回れば、話は違うかもしれねえ。上手くいけば倒せる可能性はあるが、失敗すれば俺は死に、時間稼ぎも失敗。狙うにはリスクが高すぎる。


 くそ。ここまで身体張ってんだから、しっかり成功させてくれよ、ルナ……!












「ルナ、まだなのか!?」


「あと少し……あと少し待って!」


 私はカイの作戦を実行するためにPSをフル稼働させている。

 でも、焦っているせいか、なかなか思うようにいかない。いつもより大掛かりな作業なせいか、きちんとイメージできないと上手くいかないんだ。それは分かっているけど……!


「ちくしょう、早くしないと二人が……!」


「あいつら、押されだしたぞ!? 瑠奈……!」


「静かにして!!」


 時間は無い。分かってる。でも、急ごうとすればするほど、力がブレていく。……どうしたらいいの? せっかく二人が命懸けで時間を稼いでるのに、私はどうして……!


「くそ、見てられねえ! 俺も行くぞ……!」


「暁兄!? 無茶だ!」


「大丈夫だ。幻影神速を使えば、俺だって素手でもある程度は戦える!」


「全開で使えば何十秒と保たねえんだろ!?」


「でも、カイが死ぬかもしれねえんだぞ! 見てるだけなんて、耐えられねえ!!」


 ……カイが、死ぬ?


「ッ……落ち着けよ、暁兄! ここで飛び出したら、それこそ暁兄が死ぬだけだ!!」


「そうだ! 何のためにカイが身体を張ってると思っているんだ! 暁斗が死んだら、どうにもならないんだぞ!!」


 このままじゃ、みんなが、死ぬ。コウも、カイも、レンも、暁斗も、瑞輝さんも。私も。


 そんなのは……そんなのは、嫌。


 私は、まだ死にたくない。みんなも死なせたくない。もっと、みんなと一緒にいたい。


 みんなで、生きて帰りたい……!!


「死なせない。死なせたくない。だから……お願い、理の刃。私達に……戦う力を!!」













「ハア、ハア……くそッ!」


 俺と瑞輝さんの疲労は、ピークに達しようとしていた。ただでさえ激しく動いている上に、PSを全開で使っていることが、体力消費に拍車をかけている。

 向こうもそれなりにはダメージを負っているとは思う。けど、二人とも攻撃に転じる余裕が無くなっていき、防戦一方になりつつあった。


「海翔……! 大丈夫か!?」


「まだ……大丈夫、です!」


 正直、あまり大丈夫じゃねえ。けど、そう口にしねえと、精神的にも参っちまう。


「……! 瑞輝さん、そっち行きました!」


「ああ、分かってる……!」


 牛鬼は、俺に完全に背を向け、瑞輝さんを狙う。その背中には、無数の傷跡。


「上等だ。その傷、もう一丁増やしてやるよ!」


 攻めにも転じないと埒があかねえ。俺は疲弊した身体に鞭打って突撃する。俺からしたら隙だらけだ、少しでもダメージを与えて……。



 ――次の瞬間、強烈な衝撃が、俺を襲った。


「ぐあ……!?」


 骨が折れたかのような激痛。俺はそのまま受け身も取れずに、地面に叩き付けられた。


「海翔ッ!!」


 瑞輝さんの声が聞こえる。何が、あったんだ……?


 ミノタウロスは、こちらを振り返る。その表情が、まるで勝ち誇っているかのように見えた。……まさか、最初から俺狙いかよ……!?


 奴の鞭のようにしなる尻尾が、地面を打った。……くそ、アレにやられたのか。背中には攻撃手段がねえって思い込んでしまっていた。我ながら考えが浅すぎだろ。


 魔獣が、俺に狙いを定める。


「……ッ!」


 これはヤバい。起き上がらないといけない……そう思うものの、思考だけが空回って、身体がなかなか動いてくれない。

 そして、俺の動きより遥かに早く、奴が拳を振り上げる。瑞輝さんも駆け出したが、奴を止める手段は無い。これは……間に合わない。


 ……ちくしょう。ここまで、なのかよ。

 ごめん、みんな。浩輝……。



 ――そんな思考を断ち切るように、銃声が響いた。



『――グオオオォッ!?』


 ミノタウロスが、不意打ちに今までで最大の悲鳴を上げた。

 半ば放心状態だった俺には、最初は何が起こったのか理解出来なかった。しかし、すぐに正常な思考が戻ってきて、俺は沸々と笑いが込み上げるのを感じた。

 俺は痛む身体に鞭を打って何とか立ち上がると、銃弾が飛んできた方向を向く。


「……遅っせえんだよ。もう駄目かと思ったじゃねえか」


 そこには、俺の作戦を成功させたみんなが立っていた。



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