オレ達の『これから』へ 2
「もう大丈夫か?」
「……うん」
「それじゃ、そろそろ前を向かないとな。悪いとこが分かったなら、これからどうするかを考える方がいいだろ?」
「……でも、お前の時間は……」
「それもこれから、だ。もしどうにもならなくても、これからの人生のが長いしな。……本当は、これからなんて無かったんだぞ、俺は? それをお前は繋いでくれた。だから、改めてだけどはっきり言わせろ。お前のせい、じゃない。お前のおかげで、俺はここにいるんだ。恩返しくらい、ちゃんとさせろよ」
「……これから……」
「そうだ。後ろを見ているだけなんて、勿体ないだろう?」
思い返せば、海翔はいつも、後悔するよりこれからのことだ、って言ってた気がする。赤牙に来てからだって、何回も。
「さっきは、後悔しているって言ったけどさ……だからって、選択を変えたいわけじゃない。そもそも、もしも時間が戻って、やり直せたとしても、俺は同じ選択をするだろう。……全部正しくなんてなくても、俺が俺である限り、この道はどうやったって同じなんだ」
……何度やり直したって、時間を巻き戻したって……同じ、選択を。
「手探りで、何が正しいかなんて今でも分からないけど……それでも、選んで進んでいかないといけない。後悔は、過去をどうこうするためのもんじゃなくて……それで未来をどうするか、考えるために使うもんだ。俺は、そう思いたい」
未来。オレたちの、未来。これから。
「父さんと母さんが死んだこと……今だって、悲しいよ。もしもああならなかったらって、考えないわけじゃないよ。……それでも、これからを進んでいくのは、いま生きている俺たちなんだ。二人だって、それを願って送り出してくれたはずだ。そうだろ?」
海翔の、言う通りだった。父さんも、母さんも……オレたちを庇うように、倒れてたらしい。オレたちが生きることを、願ってくれてた証拠だ。二人とも、そうやって、オレらのことを大事にしてくれて……本当に、自慢の親だった。最後の最後まで。
オレたちがあの日、捕まらなけりゃ……そんな後悔は、どうしても消えねえ。だけど……兄貴の言った、これから、って言葉が、頭の中で何度も回る。
「だからさ、浩輝。……先に、進もう。俺は……お前と一緒に、これからを生きていきたいから」
「――――…………」
――何かが、すとんと落ちた気がした。
「ああ……そうか」
今さらみたいに、気付いた。オレと海翔、どこが一番違うのかってことに。
「オレが見てたのは、昔だけだったんだ。いつまでもいつまでも、あの時で止まってたんだ。でも、お前は……ずっと、先を見てた。これからを見てたんだな」
海翔は、進もうとした。どうすればいいか分からなくて、悩んで悩んで悩みまくって、それでも自分にできる精一杯を選んだ。選び続けてた。
海翔だけじゃなくって、ルナに暁兄、おじさん達や先生……親父や美雪母さん、慧兄もそうだったんだろう。いま何ができるかを考えて、これから生きるオレ達のために力になってくれようとしたんだ。
じゃあ、オレはどうだ。強くなりたいとか、受け入れたいとか言いながら……けっきょくオレは、あの日ばっかり見てたじゃねえか。
あの時をやり直したい。無かったことにしたい。オレは、心からそう願った。だから時の歯車に目覚めた。だけど、いくら時間を操る能力だって言っても……起こったことをそのままやり直すなんてこと、出来るはずがない。出来ていいはずがない。
「どんだけ後悔したって、父さんも母さんも、もう……いない。オレはずっと、それを……認めてなかったのかもしれねえ。だから、前を見れなかった。そっちを見たら、父さんと母さんを置いてっちまう気がしてた」
「……浩輝……」
それは、オレの中にずっとある願い。あの日からやり直せたらって、どうしようもない願い。でも、オレはそれがどうしようもないってことを、ちゃんと飲み込んでなかったんだ。ヘタに、時間に干渉する力なんて持っちまったから……自惚れてたんだ。
強くなりたいって思った理由を、やっと自覚した。強くなって、力をつけて……そしたら、今度こそ本当にやり直せるんじゃないかって。そんなこと、考えてたんだ。いつまでも、いつまでも……過去にしがみついて、離せなくて。でも。
「オレ、ほんとにバカだよな。……兄貴はまだ、ここにいるのに」
当たり前のこと、忘れてた。時間は、戻るもんじゃねえ。進むもんだ。……オレはいつからか、これからってもんを、未来ってもんを、ちゃんと考えられてなかったんだ。
だから……前に進むこいつのことを、オレはちゃんと考えてやれてなかった。手を引っ張ってくれてた兄貴が、どんな気持ちだったのかにすら気付かなかった。
オレ……ずっとずっと、兄貴を一人きりにしていたんだ。一人にしないでなんて叫んでたオレの方が、海翔を。
だったら……オレは、どうしたい。どう、なりたい?
オレは『これから』のために、どうすることを、選ぶんだ?
ひとつひとつ、自分の気持ちに聞いてみる。……思ったよりすんなり、考えはまとまっていった。
「海翔。オレさ、やっぱりあれは自分のせいだって、そう思ってる。全部が全部じゃなくても、オレのせいはゼロじゃねえ。たぶん、生きてる間ずっと、その考えは変わらねえと思う」
「………………」
「けど、さ。そこで終わっちゃ、駄目なんだよな。それを言い訳にして、いつまでも後ろを向いてばっかで……だからオレは、進めなかったんだ」
オレのせいだ、オレがいなけりゃ、オレが上手くやれてりゃ……今、この瞬間だって、その気持ちは残ってる。だけど……それだけじゃ、ただ逃げてるだけだ。考えること全部止めて、止まってるだけだ。
そうだ。オレも、海翔も、まだ生きてる。だったら、ちゃんと先に進まなきゃ……父さんも母さんも、心配しちまうよな。
いきなり全部すっきり切り替えられました、なんてのはむずいけど。
オレは、海翔みたいになりてえって、ずっと思ってたんだ。だから、せめて少しでも……こいつと同じ方向を、前を向きたいと思った。
「なあ、海翔」
「……何だ?」
「オレ、何もかも変わっちまったと思ってたけどさ……違った。お前はずっと、オレの兄貴だった。今さらすぎるけどな」
言葉遣いとか、呼び方とか、立場とか。変わったのは、そんだけだ。思い出してみたら、よく分かった。海翔はずっと、オレを支えてくれてたって。子供の時と、何も変わってなかった。
「オレはカイの親友だし、それと一緒に……海兄の、弟だった。どっちも、これまでのオレらが作ってきた関係で、どっちかじゃねえんだな」
オレを支えてくれた海兄。オレと一緒にバカやってたカイ。ああ、そうだ。どっちか片方である必要なんて、どこにもなかった。こいつは海兄で、カイだ。……オレの自慢の、カイ兄だ。
「そんなのも分かんないまんまで、こんなとこまで来させるとか、ほんと……迷惑かけっぱなしだな、オレ」
「……はっ。何言ってやがんだ、バーカ。お前が手のかかる弟なことぐらい、昔っから変わってねえっての。そんなもんいちいち気にしてんな、バカネコ」
「こんな時に憎まれ口かっつーの」
「はは、わりぃわりぃ。……言っただろう。俺にとってもお前は、たった一人の大切な弟だ。年取って、お互いに結婚でもして、子供が出来て……きっと、色んなものが変わっていく。それでも、俺とお前が兄弟だってことは、絶対に変わらない。どんな形でも……俺は絶対に、お前を置いていったりしないからな、浩輝」
その言葉が、今まで突っぱねちまってたカイの気持ちが、ほんとに簡単に受け止められた。
……終わってみたら、すげえ単純な話で。オレがやっちまったことは、無くなったわけじゃないし、これからも無くすことはできねえけど……それでも、カイ兄にとってのオレが、オレにとってのカイ兄が、変わっちまったわけじゃねえんだな。
ふと、気付くと、なんとなく周りが明るくなってきた。それと一緒に聞こえてきたのは、オレのよく知ってる声。
「美久と、フィーネと……飛鳥……」
「よく聞こえるだろ? みんなの気持ち」
「……うん」
素直に、ぜんぶ入ってくる。オレのことを、みんなが心配してくれてる。
そして、もうすぐここから帰るんだろう。そしたら……。
「なあ、コウ。いま言ったこと、忘れんなよ。俺が、どんな姿になっても……俺とお前は、いつまでも一緒だ」
これが終わったら、現実のカイ兄はまだ、子供の身体だ。だから、これは今だけの話。オレは、改めてそれと向き合わなきゃいけねえ――はずだった、けどな。
「ああ。やっと、全部分かった」
「え?」
オレはこの力と、ずっと向き合えてなくて、コントロールできなくて……過去だけ見てたから、ただ巻き戻すしかできなかった。
目を背けてた。こいつに、願望を押し付けて、そのくせちゃんと見てなかった。オレはたぶん、力の限界を知りたくなかったんだ。あの時に戻れないって、認めたくなかったんだ。
――だから、ただひとつの歯車だけしか、オレには触れなかった。
「歯車ってさ……ひとつじゃ、大したことは出来ねえよな。でも、何個も何個も組み合わさって、ひとつの機構になったら、うんと複雑なもんも、でけえもんも動かせるもんだ。だろ?」
分かっちまったらバカらしくなる。パーツのひとつだけで、何をやれんだって話だよな。
今なら……今のオレなら。その歯車を、噛み合わせる事ができる。もっと大きなシステムを組み上げられる。そうやって初めて、時計の針を進められるって……やっと、気付いた。
時の歯車。今まで、ありがとよ。それから……。
「カイ兄。今、返すぜ。オレがお前から奪ってたもの、全部」
「浩輝……お前」
「オレに、応えてくれ――」
一緒に、行こうぜ。これから先の未来に、オレと――新しいお前でな!