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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
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凍て付いた時を、いま

「調査対象として研究所に送ってもらったものを、ひとつだけ持ってきていたんだ。時間の空いた時に調べられれば、と思ってね」


「じゃあ、それを使えば……?」


「かもしれない、の話だよ。そもそも、厳密な作用も分かっていないからね。瑠奈くんはともかく、ガルフレア君は恐らくこの石を使ってトラウマを抉られたらしいし」


 自分の心を深く見せられたり……他人の心に入ることができる石。信じられないような話だけど……俺は、すぐにそれを信じられた。かすかに、そういうものがあったって覚えているから。


「繰り返すけれど、これは賭けだ。上手く行くかも分からないし、安全かどうかも保証できない。それでも、試すかい?」


「…………。やります……!」


 誰かの心に入る。本当は、悪趣味な話なんだろう。そういう意味で、躊躇いはある。

 でも……俺は。いま、俺の中にすごく強烈に残っている、『戻る前の俺』の後悔は。



 ――何て言うべきか分かんないなんて悩んでる暇があったら、感じたことを素直に言っていいのよ。

 ――そうして一緒に悩んでいくのが、友達なんじゃないかしら?



 強く記憶に焼き付いた言葉がある。俺には、それができていなかった。……自分にはできなかっただろうって、今の俺にも分かる


「向き合えて、いなかったんです。もっと傷付けるのが怖いなんて言って……俺には、踏み込む勇気がなかった。だからこそ、俺はいま、踏み込んでやらなくちゃいけないと思うんです……!」


 浩輝をこれ以上苦しめたらいけない。俺はあいつの兄なんだから、俺が何とかしてやらないといけない。……そうやって、結局この状況だ。だから、死にかけて意識を無くす間際に思ったんだ。もっと、二人で考えるべきだった、って。

 博士はひとつ溜め息をつくと、その石を俺に手渡してきた。綺麗だけど……何だか、おかしな気分になる石だった。ほんの少し背筋が寒くなるというか、吸い込まれそうな感じで。


「石を持って、強く念じてみてくれ。瑠奈くんは、それで心が繋がったと言っていた」


 頷いて、思う。ただ一心不乱に、浩輝のことを。俺の後ろにいつもひっついてきた、こいつのことを。……それは、俺よりも大きくなってしまった今の浩輝とは、少しだけ離れているけれど。

 ……ああ。理解はしてても、混乱がないって言えば嘘になる。俺からしたら、何年も一気に時間が飛んでしまったって感覚だから。


 でも、いい。どんな状態だって、どんな姿だって……こいつが俺の弟であることは、変わりないんだから。

 俺はお前に、色々と言わないといけないことがあるんだ。だから、頼む。聞いてくれ、浩輝……!




 どれだけ、経っただろう。……何も、起きない。石は、少しだけ光を放ってはいるけれど、心の中に入れるような気配はない。


「反応はしている……だけど、やはり何かが足りないのか……?」


「っ……! くそ……!」


 どうしてだ。俺の、浩輝への思いが足りないっていうのか? それか、浩輝の側が俺を受け入れてくれない……?

 焦りで、心が乱れる。光が弱くなる。駄目だ、これじゃ。でも、嫌な想像ばかりが浮かんできて。


 このまま届かなかったら。このまま目覚めなかったら。……今は戦いの中だ。このまま、浩輝に何も伝えられないまま、どちらかが死んでしまったら――



「落ち着きなさい、バカ」


 背中に、優しく触れる手の感触があった。

 誰かが近くに来たことすら気づいていなかった俺は、振り返ってその顔を見る。


「……美久……?」


「話はだいたい聞こえてたわ。危ないこと勝手に……って言っても、浩輝のためなら聞かないわよね、あんたは。ほんと、何も変わってないわ」


 呆れたように、彼女は笑った。美久さんだけじゃなくて、飛鳥さんとフィーネさんもいる。


「この石が想いの強さに反応するのならば、私たちの想いも貸す。あなたも、浩輝も……私たちの仲間。全員が揃わないと、力が入らない」


「……あ」


「あんた達ふたりだけの問題じゃないの。あんた達の問題は、私たちの問題。家族だものね。……だから、一緒にやるわよ」


「……わたしも、浩輝くんと海翔くんには、笑っていてほしい。わたしを、二人はたくさん助けてくれた。浩輝くんは、言葉にできないくらい色々なものをくれた。だから……わたしは……今度は、わたしが!」


 みんなが手を添えると、俺の手にある石が、光を強くした。それが俺と、浩輝の身体を包んでいく。

 ……そうだ。何を、かっこつけてたんだ。浩輝のことを思っているのは、俺だけじゃない。美久さんも、飛鳥さんも、フィーネさんも……瑠奈や暁斗、蓮、ここにいないみんなだって。


「大一番は任せるわ。その間、あんた達を守ってあげる。……今度は真正面から、ちゃんと全部伝えるのよ」


「……今度は……か」


「一緒に悩んであげるのが友達で、家族よ。あんたも悩んでいるんでしょ? だったら、それも含めて二人で悩んできなさい! それでも駄目なら、戻ってきてからみんなで悩むわよ!」


 ――ああ。その言葉は……そうか、そうだ。彼女がくれた、言葉だった。

 俺は、改めて眠り続ける弟を見た。なあ、浩輝。俺とお前には、こんなに大事なものがたくさんできたんだな。そして……俺たちは、まだ……!


「いくらでも迎えに行ってやる……だから、声を聞いてくれ、浩輝!!」


 眩しいくらいの光が、俺の視界を埋め尽くした。そして――。














 オレは……何を、してるんだろう。



 暗い。暗い。暗い。何も、見えない。

 何もかもが重くて……ぼんやりと、漂うしかできない。


 これは、夢なんだろうか。でも、ヘンな感じだけど……頭だけは、はっきりしてる。覚えてる。こうなる前に、何があったのか。

 ……ああ。オレ、また、海翔を……海翔が、オレの、せいで。



 気を失う前に、見えた。また、子供の時の姿になった、海翔の姿。

 無我夢中だった。あいつが死ぬなんて、絶対に嫌だって思って……オレは、また……あの時と、同じことを。


「……なに、やってんだろうな……」


 強くなるって、もうあんなことにはって、ずっと思ってた。なのに、何だよこれ? 何も、成長なんか……できて、なかった。

 いや、あの時よりもっと悪い。オレが、あんなことしなけりゃ……オレが、いなけりゃ……あいつが、死にかけることも、なかったじゃねえか。

 あの男だって思った瞬間に、頭ん中ぜんぶぐちゃぐちゃになって……勝てねえって分かってたはずなのに、突っ込んで、暴れて。庇われて、死なせかけて……また、あいつの時間を、奪った。


「オレ……もう……」


 このまま、消えちまいたい。……そうか。オレ、死にかけてんのかな……。あんだけ、力を使ったし……でも……オレなんか、死んじまった方が、いいのかもな……。生きてても……またいつか、同じことをするかもしれねえ、オレなんか、ここで。


「……き……」


 ……何か、聞こえる気がする。でも、もう、いいや。


「き……浩……!」


 ……何だよ。静かに、してくれよ。オレは、このまま……ずっと、眠ってりゃ、いいんだから――。


「いいわけねえだろ! 起きろ、浩輝!」


 ――それが誰の声だか気付いた瞬間、オレは反射で目を開いた。

 そして……見えたものに、今度は頭が固まった。


「……え……」


「……やっと、聞こえたかよ。この寝ぼすけがよ、本当に」


「か……い、と……?」


 何も見えなかったはずの真っ暗の中に、いきなり現れたのは……間違いなく、海翔で。でも……その、身体は。

 オレより大きい、成長した竜人の姿。つまり、時間が奪われる前の、あいつのもので……。

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