ジークルードの決戦 〜開幕〜
「そ……そんなものがあるなら、どうして隠していたんですか?」
「単純に、発覚したのが最近だったってのもあるけれど……首都の発掘で事足りる想定だったからね。念には念で、最後の手段として秘匿しておいたんだ」
『そこで今回の状況になったわけだが……この三日間で、発掘もギリギリだったからね! 別にサプライズ演出したかったわけではないので、鉄拳は勘弁してくれたまえよウェアルド君!』
「ええい名指しするんじゃない! それで、すぐに使えるんだな、そのルートは?」
「うん。場所はこの砦のすぐ近くで、ロウさんならすぐ粉砕できる程度には掘り起こせているよ!」
「じゃあ、まさか……そこを通ったら?」
「……聖女のとこに、直接乗り込める!」
「最悪、裏口に気付かれていたとしても、街を巻き込む心配は減りますね」
少なくとも、馬鹿正直に真正面から乗り込むよりはよほど確実だ。俺たちの反応に、元首は実に満足そうに笑った。
『地図はウェアルド君に送った、現地で吾輩も合流する。ギルドの諸君! 最高の戦力をお願いするよ!』
「……良いだろう! では、突入メンバーは……」
そうして、ウェアが告げようとした直後。警報と、ライネス大佐の声が辺りに響いた。
『砦の全周に、UDBが転移を始めた! 間もなく接敵する! 総員、直ちに戦闘配備を!』
『…………!』
向こうも動いたか……! 大人しくするとは思っていなかったが、ここを真っ先に狙ってくるとはな!
「ここに元首がいる、と当たりをつけたか……もしくはそれを口実に俺たちを始末しに来たか、だな」
「くそ。このタイミングで襲えば、自分らのせいだってバレるのにかよ……!」
「聖女が聞いて呆れる。脳筋女がちょうどいい」
俺たちや元首さえ片付けてしまえば後はどうとでもなると思っているのか、あるいは……この国はどうでもいいのか。いずれにせよ、相手も今度は本気だろう。激闘は避けられない。
砦の防衛機構も、転移で訪れる連中にはどこまで意味があるか。UDBが相手の時点で、対人の防衛とは同じに考えられないだろう。どこから来るかも分からない……戦力は、分散が必要になる。
「どうするのよ、マスター!」
「……遺跡への突入は決行するべきだ。攻めてきたのならば、同時に、聖女の懐はそれだけ手薄ということでもある」
「ウェアに同意だな。こちらとしても勝負所だ!」
その場の全員で、頷く。この状況を打開するには、敵の頭を討つしかないだろう。それでリグバルド自体が止まらずとも、時間は得られる可能性が高い。
「どっちにあの狂犬がいるかは分からん。……獅子王総員は、守りを固めよう。ウェア! 連れて行く人選は任せる!」
「ああ! ならば、まず……ロウとマックスは一緒に来てくれ!」
「グッハハハ、了解! ……さぁて、好き勝手やってくれた野郎共に、俺らの怒りを全部ブチ込んでやろうとするかよ!!」
「私も同感だ、ロウ殿。ウェアルド殿……あなた達の力をお借りする!」
「突入には赤牙からあと数名同行させる! 誠司は残すとして、他は……」
「だったら俺を連れて行ってくれ、マスター!」
ウェアの言葉に、間髪入れずにアトラが名乗り出る。
「足手まといにはならねえ自信がある。……聖女のことは、俺がケリをつけなきゃならねえ。……もし、これが勘違いだったとしても、だ。この国で生きた一人として……あいつらの分も、俺が!」
……この口ぶり。やはり……。
ウェアも気付いてはいるだろう。彼はアトラの真剣な目を見てから、ほんの少しだけ間を置いて、頷いた。
「良いだろう。だが、無茶はするなよ!」
「分かってる。もう、俺は一人じゃねえんだ。信頼してるぜ、マスター!」
「その言葉、忘れるな。アトラ、ガルフレア、ジン! お前たちは俺と共に遺跡へ向かう! 残るメンバーは、全力でこの砦を守り抜くんだ!」
「連中が本気ならば、空間転移があるからな。いま見えている連中は陽動の可能性もある。総員、決して気を抜くなよ!」
「もしもリューディリッツが現れたら、オレかランドがいる場所まで退避しろ! ……生き残り、勝利を掴むぞ。全員で!」
『了解!』
全員、一斉に動き始める。ああ、そうだ。こんなところで、終われるものか。負けられるものか。見せてやろう、ヴィントール、聖女、そしてリュート。俺たちの、底力をな!
「ようやく茶番が終わったか」
映像が途切れて、信徒たちへと備えを言いつけた後。聖女の前に、一人の男が現れた。金の毛並みを持つ、コヨーテの男が。
「茶番と言うならば、あなたの方がよほど遊んでいたようでしたが。こちらの呼びかけにも応じず、勝手に動いたと思えば、あの惨事……おかげで、元首に余計な隙を見せてしまいました」
「ふ。自分の不用心な発言は棚上げか? 俺が何をしようと、あの元首相手では時間の問題だったろうよ。色々と図星を突かれていたな?」
からかうように聖女へと近付くリュートだが、その間に、唯一残っていた、側近の男が立ちはだかる。そこには明らかな警戒、を通り越して敵意が滲んでいる。
「聖女さまにそれ以上近付くな、クソ犬が。言っておくが我々は、貴様を味方だと思ってはいない」
「おお、怖い怖い。お前の方がよほど犬だな? 尻尾を振って気を惹いて、健気で泣けてくる」
「貴様……!!」
「まあ良いさ。連中がどう動く気かは知らんが、安全圏で見ていられるとは思わんことだな。物事とは、いつでも思うようにはいかんものだ」
「砦の奇襲と街の警護を掻い潜ってなお、ここに辿り着く余裕が彼らにある、と?」
「甘く見るなと言っているのだ。くくっ、これは一応、本気の忠告だぞ?」
「……そうですね。その言葉は受け取っておきましょう。ですが、私たちにも備えはありますので、心配は無用です」
聖女の答えに、リュートはまた可笑しそうに笑った。それが小馬鹿にしたように聞こえて、側近は今にも武器を構えようとしていたが、聖女がそれを制す。
「さて、では俺は、連中が来るのを待つとしよう。くくっ、期待外れでなければいいのだがな」
そう言いながら、リュートはその姿を消した。男は忌々しげに舌打ちをひとつ残してから、聖女に向き直る。
「……聖女さま。癪ではありますが、あの男の忠告は正しいはずです。一度、奥までお下がりください。我々は吉報を待ちつつ、万が一に備えるとしましょう」
「そうですね。では、奥の部屋に皆を集めてください。……先ほどから、随分と感情が荒いですよ。元首の言葉がそれほど気に障ったのですか?」
「…………。失礼いたしました」
「責めているわけではありませんよ。……私の剣。今は、二人だけですよ」
その言葉に、側近は少しだけ動きを止めた。それは、聖女からの許可、合図だ。こうなる前に、二人で決めたもの。聖女の信徒たる他の者たちとは違い、本当の聖女を昔から知る、彼だけに与えられる許可。聖女からの、特別の証。
「……大丈夫だ、心配するな。お前は俺が守る。もう、あんなことにはさせない。絶対に……!」
「ええ。……あなたを信頼しているわ。必ず、私を守ってくれるとね」
そんな、本来の口調での言葉を交わす二人。だが、その心の奥底は、どちらも仮面に隠れて見えることはなかった。