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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
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審判の鐘が告げるのは 4

『これを聞いている皆様。突然このようになって、驚かれているでしょう。しかし、惑う必要はございません。私は、皆様を救いましょう。皆様が救われるための道を示しましょう。皆様はただ、それを信じてくだされば良いのです』


 元首との対話ではなく、国民に語りかけるナターシャ。……救い、か。今のこの国が、それを求めているのは間違いないだろう。だからこそ、甘い誘いになる。


『では、吾輩からも演説と行こうか。……諸君! 別に、吾輩を信じられないならば、信じなくても良いぞ? その選択の権利は、君たちにあるのだからな』


 一方の元首は、あっけらかんと言い放つ。彼の言葉ひとつで、全てが変わってしまうかもしれない状況であっても。


『何かを選ぶというのは、難しく、時に恐ろしいこともあろう。彼のように、選べる道が限られることもあろう。だからこそ、吾輩は、皆が選べる道がひとつでも増えるように、諸君を支え続けよう。何も選べず埋もれていく者が一人でも減るように、全力を尽くそう。それが、元首としての吾輩の誓いだよ』


 己の意志が、あるかないか。たとえ、結果が同じであっても……考えて選んだことには、何かしらの意味がある。今の俺は、そう思いたい。


『大いに考え、悩むがいい。悩むための道は、吾輩がこの身全てを懸けて切り開こう。まあ、吾輩今は大ピンチなわけだが……吾輩がどうなろうと、諸君。君たちが持つ、これからを歩いていくための権利は、決して捨てないでくれたまえよ? それだけが、吾輩の望みさ!』


「……リカルド」


「変わっていないな……本当に」


 英雄たちがかつて、彼を信じた理由……何となく、分かった気がする。リカルドは、人の弱さをよく知りながらも、きっと誰よりも人の未来を信じている。そんな人だからこそ、闇の門という絶望的な状況で希望を絶やさず歩めたのだろう。


『やはりあなたは、民を理解していません。人々は救いを求めています。その民に向かって悩めなどと……正気とは思えません』


『はっはっは。残念ながら、これは吾輩の曲げられない考えなのだよ。その答えは、民が出してくれる。では……首都の映像を、回すとしようか』


 元首の言葉と共に、再び映像が切り替わる。

 まず映し出されたのは、市場の辺りだ。――そこでは、いくつもの口論が起こっているように見えた。……これは……。


『せ、聖女さまに反発するなど! この国が救われなくてもいいのか!?』


『うるせえ、何が聖女だ! この前から好き勝手やりやがって、こちとら限界なんだよ!』


 聖女の信徒と思われる相手に、サイの男が食ってかかっている。彼は、どこかで見たような……そうだ、確か、この前の市場襲撃で助けた人の中にいたはずだ。


『俺は、納得してねえぞ! 俺の店を守ってくれたあいつを……あいつらを、追い出しちまったことを!』


『それは、連中が災厄を招くのだと、聖女さまが……』


『じゃあ聖女が何をしてくれたよ! ……あんな目に遭わせた俺を、あいつは守ってくれたんだ! だったら、あいつの方が信じられる! 信じなきゃ、さすがに情けなさすぎるだろ……!』


「おっちゃん……」


「彼は……あの時の?」


「少々虫が良い気もしますが。……やれやれ。アトラが嬉しそうなので、良しとしますか」


『だいたい、聖女の言ってること、どう考えてもやばいだろ! どんだけ良いことをしてようが、都合が悪くなったら悪者扱いってことだぞ!? お前ら、本当にそれでいいのかよ!』


『……それは』


 その問いに、聖女に味方していたと思われる方も、言葉の勢いを失った。彼らも、内側に全く疑問を抱いていなかったわけではなさそうだ。


『さっきの映像が本当なら、あんな女、信じられるわけがないでしょ! 私たちだっていつか、必要な犠牲って言われるかもしれないじゃん!』


『元首だって怪しいもんだろ! あいつなら信じるってのか!?』


『アロ元首になってから、どれだけ暮らしが良くなってきたか忘れたのかよ! あの人は言葉だけじゃなくて、ちゃんと俺たちのためにやってくれているんだ!』


『どっちにしろ、怪しい宗教みたいな連中に全部従えとか、馬鹿みたいよ!』


 それからも、目まぐるしく映像が切り替わっていくが……圧倒的に、聖女には賛同しない、もしくは疑問視する声が目立っている。声高に聖女への信仰を叫ぶ者もいるが……皆の心を引き寄せている、には程遠い。


『………………』


『……愚か者たちが。聖女さまの威光を、ここまで理解できないか……!』


『勝負をかけたのはいいが、少し極端すぎたね。民とは、確かに移ろいやすいものでもあるが……君たちが思うほどに思考を放棄してはおらぬよ。だからこそ、人の心を掴むのは大変なのさ!』


 にかりと、実に輝かしい笑みを浮かべる元首。聖女はそれ自体には何も答えず、少し間を置いてから元首の映像へと向かい合う。その仮面の下で、どのような表情をしているかは分からない。


『残念です、元首。あなたの言の葉は、民をひたすらに惑わせ続ける。これ以上、あなたを放っておくわけにはいきません』


『とことんごり押しで来るね、君は。今までは台本でも用意してもらっていたのかね?』


『いい加減に黙ってもらおうか。……聖女さまに歯向かい、その輝きを貶めるつもりだと言うのならば、貴様には加護ではなく裁きがもたらされることになるだろう』


『はは。吾輩としては、最大限に温情をかけたつもりだが? 例えば……君たちの本当の名前を呼ばなかったり、ね』


『………………』


『無論、そうしたのは君たちのためではないが……今ならばまだ、引き返すことも叶うぞ、少年少女たち?』


『貴様は……!』


 本当の名前……少年少女? まさか元首は、聖女の正体を掴んでいるのか? だが、この言い方は……もしかして彼女たちは、思っているよりも若者、なのだろうか。

 ……先ほどのアトラの反応もある。もしや……。


『良いでしょう、リカルド・アロ。これより私は、この国のために……逆賊たるあなたを討ちます。我が剣から逃れられると、思わないでください』


『は。……無論、吾輩は逃げないとも、この国のためにもな。そちらこそ待っておくといいよ、ナターシャ』


 そうして、聖女の配信が終わり……立て続けに、アゼル博士が用意していた端末に、元首からの通信が届いた。


『やあ、ギルドの諸君。そういうわけだから、ここから反撃と行こうか?』


「何がそういうわけだから、だ! お前というやつは、本当に……いつもいつも!」


 そう答えつつも、ウェアの表情がどこかやる気に満ちていたのは、俺の気のせいではないだろう。結局、ウェアの予想通り、美味しいところを全て元首がかっさらっていったな……だが、悪くない。

 元首の声に、他のギルドのマスターと、デナム将軍もこちらに集まってきた。


「リカルド、貴様、一人で勝手にやってくれおったな……!」


『別にかっこつけてではなく、これが効果的だと判断したまでだよ? それに一人ではなく、アゼル君も共犯だがね!』


「屁理屈を言うでないわ若造が! 貴様のそういうところが……いや、それは後にする。続きの手はあるのだろう? とっとと指示を出すが良い」


『うむ。とはいえ、軍で正面衝突をさせるつもりはない。聖女の周りは防衛の数が少ないが、表からぶつかればUDB達で守りを固めるだろう。裏をかくならば精鋭による一点突破、がベストと思っている』


 数が少ない、と言い切ったな。先ほどの映像もそうだが、聖女の内情を何らかの手で掴める状態になったのか? スパイでも仕込んだか、あるいはPSによるものか……いずれにせよ、心強い。


「でも、反撃って具体的に何を? 向こうも何か躍起になってそうだったし……遺跡に行くにしても、途中で街が巻き込まれかねないですよね?」


『アキト君、良い質問だ。……勝負とは、手札をいかに相手に悟らせないかに左右されるものだ。それを明かすとしよう、アゼル君!』


「ええ。ごめんよ、みんな。ボクは君たちに、ひとつ隠していたことがあるんだ」


「……隠していた、ですか?」


「うん、あの遺跡について。本当は、もうひとつ入り口があるのが分かっていたんだ」


『!』


 遺跡の入口がもうひとつ? ……遺跡はいま、聖女たちの拠点となっている。ならば……。

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