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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
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審判の鐘が告げるのは 3

『そういうことだよ。君の言葉は中身がなく、何となくの雰囲気でごまかしている。まず人々が自分を信じているという土台があるからかね? 吾輩から言わせてもらうが……さすがに傲慢すぎるぞ? 荒唐無稽の度が過ぎれば、人はただ困惑するものだ』


『そこまで言うからには、あなたにはあるのですか? 私こそが悪であるという証拠が』


『うーむ、それを聞いてしまう辺りだよ。……うん、では遠慮なく行くか』


『何を……?』


『先に言うと、君がギルドを追いやったあの日まで、我々は君の足取りを掴めなかった。それに関しては褒めておくよ。だがね……油断大敵。君は、勝負が決まる前に動くべきではなかったのさ!』


 そうして、何かが映像に割り込んでくる。これは……。





 聖女と……いま隣にいる側近とは異なる、数名の信者が映っている。


『計画通り、ギルドを街から排除できましたが、これからはどのように動けば良いでしょうか?』


『まだ監視は続けてください。このまま、ギルドには完全に消えてもらう必要があります。彼らは、私の正義には不要な存在ですから』


『どうやらあの狂犬も動いているようですが、いかがいたしましょうか? 恐らく、砦に向かったようですが……ギルドだけではなく、軍も巻き込まれるかと』


『必要な犠牲、といたします。いずれにせよ、元首の息がかかった軍もまた、勢いを削いでおく方が望ましいですからね』


『承知しました。軍の連中も、聖女さまを嗅ぎ回っていたようですから……天罰と呼ぶべきでしょうね』


『ですが、無駄な犠牲とするのも哀れです。その被害もまた、活用させていただくとしましょう。私の、望む国を作るために――』







 映像は、そこで途絶えた。民に向けた建前の外れた、彼女たちの会話。俺たちどころか、軍人……同じ国の民をも見捨てた発言だった。


『さて。何かコメントはあるかね、ナターシャ?』


 聖女は、何も答えない。……彼女がそういう意図を持っていたことは、当事者である俺たちには分かっていたことだ。だが、こうして表に示されたのは、大きな意味を持つ。


『……馬鹿馬鹿しい。こんなものは捏造だ! 人々よ、騙されることはない。虚言を並べて支配をするのは、この男の得意技だからな』


『捏造の証拠すら出せなかった君たちがよく言うものだね。仮に吾輩が悪役顔で遺跡に降りる映像でも出していたら、もう少し良い線は行っていたかもしれないぞ?』


 映像であれば、工作がしやすいのは確かだ。だが、この一手だけで、聖女への疑念を抱かせることはできる。どうやって得たのかは分からないが……相手の反応からして、本物の映像であるのは間違いなさそうだ。やってくれるな、この人は。


『なるほど、あなたは本当に怖いお方ですね、リカルド元首。あといくつ、手札を持っているのでしょうか?』


『ご想像にお任せするよ。今のが切り札かもしれないぞ?』


 リカルド元首とて、余裕があったならば、この局面に至るまでに聖女を封じられていただろう。だが、彼のこの振る舞いは、どこまでも底を見せない。……敵に回したくはないな。


『良いでしょう。確かに私には、今の発言を虚偽と示す証拠がない。出された時点で、その札は通すしかありません』


『聖女さま……!』


『必死に否定する方が疑わしいでしょう。全ての真実は、後でじっくりと明かせば良いのです』


 落ち着いた態度を崩さないことは、見事なものだがな。この性格は本物なのか、それとも、まだ勝利を確信しているための余裕か。


『ですが、未知のUDBがこの国を襲っていたことと、あなたがこの遺跡を秘匿していたことは事実でしょう? 荒唐無稽とおっしゃいましたが……いくつもの異常を結び付けて考えるのは、自然ではありませんか?』


『うむ、それはそうだね。理解の及ばない話が混ざりあい、状況はまさしく混沌……だからこそ、君が民に求められた。超常的な救世主を、誰もが望んだ。かつて、そうして英雄が生み出されたようにな』


 救いを求める人々により偶像となった英雄。そして、救いを求める人々の前に姿を見せた聖女。確かに、心理としては似ているのかもしれない。


『だがね、ナターシャ。先ほどの話、少なくともこれは断固として否定しておく。吾輩は、英雄になる気などないのだよ。なれるはずもないからね』


『……皆が英雄を求めていると知りながら、ですか。残念なことです、元首。人々が惑ういま、それを正しく導けるものこそが求められていると言うのに、あなたは……』


『何か誤解しているようだが……英雄でなければ、救えないのか?』


 リカルドの問いに、聖女も動きを止める。仮面で表情は伺えないが、何を言っているか分からない、という様子だ。


『吾輩は英雄にはなれない。誰もが英雄になれるわけではない。ならば、吾輩のやれることをやればいい。吾輩のやり方で、戦えばいい。英雄が少しでも、楽に戦えるように。それこそ、吾輩の全てを懸けてでもね』


『ものは言いようですが、それは先頭に立つ覚悟がないと聞こえますが。後ろから美味しいところだけを持っていく、そんな策謀家の論ですよ』


『何せ吾輩、前に立って引っ張っていくタイプの指導者ではないからね! 後ろから全体を見渡し、必要なものを判断する。先頭を引き上げるよりも、後ろから後押しする。それが吾輩の得意分野だ。……簡単に聞こえるかね?』


 戦いの前線、それが最も命の危険がある場所ではあるが……ならば、前にいなければ覚悟は必要ないのか、と問われれば否だろう。その立場がゆえの重責など、どこにいたってあるものだ。


『そういう意味では、先頭に立つ者とは、本来は相性が良いはずなのだがね? なあ、ナターシャ。君こそ、先頭に立っているように見えながら……周囲の全てを盾にして見えるのは、気のせいか?』


『彼らは望んで、私の盾であることを選んだのです。ならばこそ私は、彼らに報いるためにも、誰よりも正しく全てを導く必要があるのです』


『導く、か。はっはっは。……甘く見るのではない、若者よ。前に立つだけで好き勝手に歩くことを、導くとは言わないのだ』


 そこに来て、初めてリカルドは、本当に真剣な顔をした。ほんの少しの時間だったが。


『君はただ、己の決めた道だけが正しいとしたいようだが。正しさをひとつに固定してしまえば、皆が選択する余地がどこにもない。一見すれば道を切り拓いているように見えて、その実は他の道を埋めているのだよ、君は』


『正しきひとつを追い求めることを、否定されるのですか? 選ぶ余地があればあるほど、迷う者が出てくるのです』


『より良い何かを求めるのは大切だよ。だが、正しきひとつ? そんなものは、あり得ないのだ。二人以上がいる時点で、正しさをひとつにまとめることなどできない』


『それは詭弁でございましょう。誰もが正しいと思える道、それを善と呼ぶのです。誰かを救うことを、悪事だと思う者はいますか?』


『世の中のすべてがそれで割り切れるわけではない。悪事ではあるが悪意ではない。善意ではあるが善行ではない。悪意をもって善を為す。善意が誤り悪を為す。君はこのうちのどれを正しいと定義する? 矛盾を孕んだ選択が求められる時は、必ずある。その時に君はどうするつもりかね?』


『私が正しきを選びましょう。そうして、誰もが選択を誤らないように、絶対の道標となりましょう』


『では、君の正しさは誰が証明するのだね? 君が道を間違えてしまえば、誰もが間違えることになるだろう?』


『心配はいりません。私は、必ず正しき道を選びます。その意志をもって進めば、過ちを犯すことはありません』


『はっはっは。自信があるのは良いことだが……自分こそが正しいと思えば間違えることはない、か。それでは、正しいという概念そのものを君が決める、と言っているように聞こえるが?』


 それは、あまりにも傲慢な考えで……俺は少し、胸の奥に痛みを覚えた。動機や手段はともかく、この女の思考には、かつての俺たちに通じるものもあるのだろう。行き着いていたかもしれないひとつ。だからこそ、元首の言葉は刺さる。


『もちろん、先の問いには、どうにかして答えを出さねばなるまいよ。だが、それが法で、そのための社会だ。完全な正答ではなくとも、人類が培ってきたものだ。……長き時を経てなお、過ちはある。一人で正しきを決めるのなど、人の手には余るものだぞ?』


『それが業深きことなのは理解しております。それでも、誰かが背負わねば、人は道に惑い続けることになるのです。ならば私は、その役割を果たしましょう。そして、誰もが迷わぬ世界を形とするのです』


『迷い子を導く聖女、か。だが、吾輩に言わせれば……人々よ、大いに迷え! と思うがね?』


『……何を』


『苦しむのを是とする、と言っているのではないよ。吾輩は、生きるとは選択することだと思っている。それこそが人の営み、人である証だとね。迷いは人が生きる上で大切なことだ。迷うとは、何かを考え、真剣に向き合っている証拠なのだから』


「……迷いは、向き合っている証拠……」


 暁斗が、元首の言葉を繰り返している。そうだな……迷いを捨てると言えば聞こえはいいが、それは思考放棄と紙一重だ。少なくとも、彼女のやり方では、理想郷にはなりえない。


『誰もが迷わない世界とは、誰もが思考を放棄した世界、と吾輩には思える。悩み、苦しみ、道が見えなくなった者を導くのならば、それは良いことだ。しかし、道をひとつにしてしまうのは、似ているようで全く違わないか?』


『……黙って聞いていれば、無能な元首がベラベラと……!』


 そんな時、側近の男が、声を荒げた。


『誰もが、選択の自由を求めていると思うなよ。選べる道が全てろくでもない、そんな世界で生きてきて! 選ぶことなど、とっくにくそくらえなのに! 選ぶ苦しみも知らない貴様が勝手を言うな! ……聖女さまは、正しい道を示してくれる! 選択肢など、俺たちはいらないんだよ!!』


『その意見を否定はしないよ。だがね、それは選ばないことを選ぶという君の選択だ。それを他者に押し付ける権利など、どこにもない』


『言葉遊びを……ならば、俺たちは!』


『落ち着きなさい。彼の思惑に乗せられてはなりませんよ』


『っ……申し訳ございません、聖女さま』


 聖女にたしなめられると、側近の男はそのまま後ろに下がった。……感情を露わにした男の声は、思っていたよりもどこか、幼く聞こえた。


「この、声……?」


「……アトラ?」


「……そんな、はずが。いや……まさか……?」


 どうした。この反応は……まさか、アトラは、あの側近の男が誰であるかに気付いたのか? 彼は、アトラの知る人物だとでも?

 だが、それを問うのは後になりそうだ。この舌戦も、大詰めだろう。

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