審判の鐘が告げるのは 2
最初はここに本人が現れたのかと思った。だが、違う。その声は、映像の中から聞こえてきたのだ。
そして……ナターシャの配信する演説。そこに突如として、リカルドの映像が映し出された。
『これは……』
『少し反則気味だが、今は国家元首の特権を使わせてもらったよ。吾輩用の特殊回線を使って、ちょちょいとジャックをね』
さらりと、とんでもないことを言ってのけている元首。周到な人物だとは思っていたが……さすがにこれは、俺たちにも想定外だ。
『……何かしらの動きはあるかと思いましたが、思っていたよりも力業でしたね』
『おや、力業で攻めてきた者がよく言うよ。君の予知では、これは見えなかったのかね?』
あっけらかんと、リカルドは笑う。先ほどまで糾弾されていたその人であると思えないほど、いつも通りだ。
『私は神ではありませんよ。ただ、人よりも少しだけ先を見通せるだけ……全てが見えるのであれば、もっと多くのものを救えていました』
『見えていれば、凶星であるギルドを徹底的に排除して、砦の被害を出さなかった、とかかね?』
『誤解なきように。彼らは善良な存在であり、こう告げねばならないのは心苦しいのです。ただ、事実として、彼らの存在が招くものを放置はできないだけです』
『なるほど。本心からそう思っているのならば、こんな陰湿な追いやり方をする必要はなかったのではないかね? いじめっ子の手口だぞ』
『貴様、リカルド! 聖女さまに何という口の聞き方を……』
『おやめなさい。今は私が彼と話しているのです』
ナターシャも、あくまでも落ち着いた態度を崩さない。激昂した信者を諌めると、一人を除いてそのまま下がらせる。あいつは、赤牙が街を追われた時にも喋っていたやつだな……腹心のようなものか。
『まあ、それは一旦置いておこうか。先ほどまで、吾輩が黒幕だと主張していたようだが……君は分かっているのかね? 先ほどの主張は、君にもそのまま当て嵌めることができるぞ』
『私こそが黒幕である、と?』
『その通り。君はいま、見事に人々から信奉を集める立場になっているだろう? UDBに街を襲わせ、そこから人々を救い信頼を集める。そして、黒幕である吾輩を打ち倒すことで、聖女が救国の英雄となるのだ。いやはや、実に分かりやすい筋書きではないかね?』
『なるほど。確かに、筋は通りますね』
後ろで信者たちが憤慨しているが、聖女はそこを素直に認めた。……後は、この二人の舌戦になるか。見守るしかないのは歯がゆいが。
『ですが、この遺跡の存在はどう説明するおつもりですか? 』
『ふむ。確かに吾輩としては、その遺跡の発掘を進めていたとも。だが、君こそその遺跡の力とやらが存在することを、どう説明するのだ? 実演でもしてみせるかね?』
『私はこの力を使うつもりはありませんよ、元首さま。UDBであろうと、誰かの心を歪めるなどというのは、摂理に反した行いです』
『はっはっは、よく言う。まあ、仮に実演したとしても、それが遺跡の力である証明にはならんがね。君が元々持っていた何か、の可能性も消えんだろう?』
『話題を逸らすのは止めてもらおうか、元首。貴様がこの遺跡の存在を隠していた、それこそが貴様の企みを証明するものだろう』
『ふむ。UDBに襲われ人々が困窮していたところに、古代の遺跡が発見された、と無邪気に報道しろと?』
聖女と側近が何を言おうと、元首はのらりくらりとかわしつつ、逆に相手の粗を指摘していく。しかし、元々が聖女に大きく傾いていた空気は、そう簡単に覆すには至らない。……それにしても、聖女たちのこの主張は……。
『おっと失敬、先に答えてはおこうか。吾輩はその遺跡の力など知らない……と言うよりも、まだ入ったことすらなかった。発掘途中だったのでね。何らかの力が秘められた可能性は考慮していたが、正体が分かるまでは迂闊に広めないことにしていたのだよ』
『口では何とでも言えるだろう。それを証明するものは?』
『発掘に駆り出されていた者がいる。彼らから話を聞けばいい。別に完全秘匿していたわけではないのでね』
『それは口裏を合わせれば済む話です。証拠としては弱いと言わざるを得ません』
『……ふむ。確かにそれはそうだ。しかしだよ、聖女。証拠どころか物語しか喋っていない君がそれを言うのかね?』
リカルドの言葉に、少しだけ映像の向こうも、こちらも、静まり返った。
『何をおっしゃっているのですか?』
『先ほどまでの全てだよ。そうかもしれない、の可能性、都合のいい筋道を述べただけだろう。それを君が描いた物語と言わずに何と言うのだね? 言葉を返そう、聖女。その遺跡の力とやら。ギルドが凶星という謗り。どこに根拠がある? 何が証拠だ?』
まるで子供を諭すかのごとく、優しい顔で。しかし容赦なく、元首は指摘する。
『砦が襲われ犠牲が出たのも、UDBが君に従っているのも、結果でしかない。君はその過程の何を証明した? 君は先ほどから、己への信仰を担保に、ごり押しているようにしか聞こえないが』
『………………』
『聖女という存在を保っていたのは、神秘性だ。まあネット掲示板などという俗な媒体ではあったが。君は今まで、徹底的に己の存在を表に出さなかった。それは正しい判断だったよ。途中までは、本当に切れ者であると思っていたぐらいには』
途中までは。元首はそう言った。……それは、俺がこの数日で感じたものと同じでもある。
『だが、君は前に出た。出てしまった。神秘で保っていた君が、それを投げ捨てた……さて。そのメッキは果たして、いつまで保つだろうね?』
俺たちは知らないうちに、聖女を策略に長けた人物だと思いこんでいた。だが、冷静に考えてみれば……彼女の言葉を直接聞いたのは、今も合わせて2回だけ。
数日前、首都を占拠するという、明らかに人心を無視した手を使った。そこから、違和感はあったのだ。彼女は宗教家としては確かに優秀だろう。
だが、策謀に関しては、あまりにも……。元首の言う通り、信仰を担保にされて厄介なのは間違いないが、それ以上は何もない。
『煙に巻こうとしても無駄だ、元首。貴様が私利私欲で、UDBを使って英雄になろうとした……その反例もまた、出すことはできまい?』
『ほう。なるほど、あくまでもその主張を押し通すつもりかね。まあ、それはそれで構わないのだが……まず、前提の話をしようか』
『前提?』
『その主張の中の吾輩は、さすがに阿呆すぎではないかね?』
再びの沈黙。リカルドはわざとらしく、肩をすくめてみせた。
『古代文明の遺跡から得た、UDBを操る力。それを吾輩が本当に得ていたと仮定してだよ? 自分の国を襲わせ疲弊させて? 経済にも打撃を与えて? 土地をいくつも潰して? 多くの人を犠牲にして? そこまでして、目的が人気取りか! はっはっは。吾輩、そこまで無能と思われていたのかね?』
リカルドは闊達に笑いながら、言葉を続ける。ここまで来れば分かる。彼は、突きつけているのだ。聖女たちが立てた筋書きが……非常に稚拙であることに。
『もしも本当にその力を見付けたならば、もっと有効活用するぞ? 例えば、UDBを軍に取り込んでしまえば、この国でも勝てる相手はかなり広がりそうではないか?』
「さらっとめっちゃ怖えこと言ってんな……!?」
『はっはっは、何かどこかで非難されていそうなので弁明しておくが、あくまで仮定の話だぞ? 吾輩、平和主義なのでね!』
「……なあ、これこっちの声、聞こえてたりしねえか?」
「ボクの回線は切っているから聞こえてないと思うけどなあ。あの人ならそういうの仕込んでいそうだよね」
アゼル博士は、やはり元首の遣いとしてここに来たんだな。二人はこの三日間、独自に反撃の機会を伺っていたのか。
『仮に人気取りをするにしても、その力を表に出す方がよほど楽だ。UDBを操れるのならば、もうUDBに怯えなくてもいいと言えばいい。何も傷付かない、メリットだけのある手ぐらい、いくらでも思い付くはずなのだがね』
『……力を表に出せば、奪われると考えたからでは?』
『ほう! では、吾輩はUDBに襲われる街をどう救って人気者になっていたのだ? 何も表に出さずに、何かよく分からないけれど吾輩のおかげで国は救われました、とでも言えと? 冗談だろう?』
前後の主張、その矛盾が容易く指摘される。ああ、そうか。この女は、本当に……何も備えていなかった。思い付きで喋っている。だから、自分で首を絞めていく。