表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
357/429

審判の鐘が告げるのは

「アゼル博士!」


「や。しばらくぶりだね、みんな」


 行方知れずだったアゼル博士が、突如としてジークルード砦を訪れたのだ。博士はいつもと変わらない様子で、ひらひらと俺たちに手を振る。


「今までどうしていたんだ? 連絡も取れなくて、心配していたぞ」


「心配をかけてごめんよ。でも、少し事情があったんだ。準備にかかりきりだったのもあるけれど、情報を漏らす危険は少しでも減らしたくてさ」


「準備……情報? 博士、何を……?」


「ゆっくりと説明したいけれど、それより大事な話があるんだ。聖女が、もうすぐ首都で演説を始めるって情報が入ってね」


『!』


「ネットを使って国中に配信もするらしい。ネット発の聖女らしい手段だけれど、これを聞き逃す手はないだろう?」


 博士の言うとおりだ。このタイミングでの、聖女の演説? 嫌な想像しか浮かばないが、今から止めることはできない。とにかく、俺たちは大急ぎで軍にもその情報を伝え、同時に配信を視聴する準備を整えた。


「だが、どこでそんな情報を仕入れたんだ?」


「リカルドさん経由だよ。あの人、首都には色々と仕込んでいるらしくてさ。怖いくらいに用意周到な人だよね、まったく」


「元首から? そうだ、博士、元首は……」


「その辺りも後。今は、こっちを聞くのに集中しよう。始まるよ」


 博士の言葉に、俺たちは口を閉じて画面を見た。

 映し出されたのは……どこかの室内のようだが、見覚えのない場所だ。首都のどこか、彼女たちの拠点だろうか? 映像では一部しか映っていないので、特定は難しい。

 聖女の取り巻き、あの仮面の集団も映っている。


『皆さま、突然こうしてお時間をいただき、ありがとうございます。私は、ナターシャと申します』


 聖女は、ゆっくりと語り始める。相変わらず、声には加工がかかっている。


『自らこう名乗るのはおこがましいですが……私を聖女と呼ぶ方もいらっしゃいます。私は己を、そこまで大それた存在だとは思っておりません。しかし、その名が求められるのならば、役目を果たしたい。そう思い、本日は皆さまの前に立たせていただきました』


「こんな集団作っといてよく言うわよ……!」


 美久の言うとおり、ここまで来て自分の影響力を理解していないとは思えない。それでも、この謙虚に見える振る舞いが、聖女らしさを高めるのは事実だろう。


『前置きは程々にいたしましょう。まず、皆さまには悲しいお話から伝えなければいけません。ご存知の方もいることと思いますが……数日前、ジークルード砦にて、多くの犠牲者が出るUDBの襲撃が発生しました』


 例の襲撃について報道はされていなかったが、情報を統制する余力もなかった。街に戻った軍人や、死者の家族もいるだろうから、情報が伝わっているのは当然か。

 だが、UDBの襲撃、と言ったか。あの襲撃はリュートが……奴の所業はUDBのそれよりも凄惨なほどだから、そう伝わっても不自然ではないが。彼女が真実を知った上でこう語っているのか、それとも。


『その原因は……この街から払われた凶星、ギルドの行動にあります』


「……なんだと……?」


『先日の大市の襲撃はご存知でしょうか。その場に居合わせたギルドにより、人々が守られた……ですが、それと同時に、私は感じ取りました。彼らの周囲に渦巻く闇を。そのため、街から出るように告げましたが……その後、彼らは件の砦へと向かった。その結果が、これなのです』


 この女は、何を言っている。さすがに、あまりにも受け入れがたく、少し思考が停止した。


『時が少し異なっていれば、この街に悲劇が起きていたかもしれません。誠に悲しい話ではありますが……彼らは、そこにあるだけで敵を誘き寄せる。その意志に関わらず、この国を滅びに近付けていく存在です』


 俺たちがここに来たから、砦が襲われた、と……この女は、そう言っているのか。あの惨劇が俺たちのせいだと? 多くの者が死に……俺たちの仲間も、あのようなことになったと言うのに。それをこの女は、こうも軽々しく利用するのか。


「あたし達を排除する意思を、隠すつもりも無くなったってことですか……」


「……んだよそれ。ふざけんじゃねえっ……!!」


「落ち着け。今は話を聞くぞ」


『ですが、彼らのことだけではありません。皆さまも知る通り、この国は今、未曽有の危機に瀕しています。だから私は今まで、その根源をずっと探っていました』


 再び映像に集中する。ここまで表に出てきたということは、こいつは勝負をかけにきたのだろう。ならば聖女は、この話をどう導こうとする?


『まず、皆さまは、おかしいと思いませんでしたか。どうして、あの獣たちは奇妙な攻め方をしてきたのか。一気に攻めれば為す術もなかったところを、少しずつ、周期的に……わざわざ、我々が防げるような形で襲ってきました』


 もしも、最初の襲撃がヴィントールも含めた総力であったら。それ以前に、転移装置を用いた奇襲であったら。その疑問については、以前にも話し合ってはいたが。


『あのUDBたちは、言葉を解していた……高い知能を持つことが分かっています。つまり、彼らはわざと、あのような形で襲撃をしていたと考えられます』 


「これは、本当のことだね……」


『そう……彼らは最初から、我々を襲うことを目的としていなかった。では、何のために? ……単純な話です。皆さんに、恐怖を与えるためでした』


 言い切ったか……。だが、それはきっと真実でもある。不安と恐怖を煽り、その上で何かを目論んでいるという予想は俺たちも一致している。


『そうして、皆さんを恐れから救うことで、己を救世主として崇めさせるためでした』


「ん……?」


 なんだ、それは。急に話が飛躍したように聞こえるが……この女は、誰の話をしている?


『そう。全ては、ある人物の描いた筋書きだったのです。彼こそが、裏で全ての糸を引いていた』


 少なくとも、自分のことを言っているわけではないだろう。……ならば、まさか。


『全ての黒幕の名は……リカルド・アロ。我々の、元首だったのです』


「…………!」


『突飛なことを、とお思いになる方も多いでしょう。ですので……これから、証拠をお見せ致します』


 そこに来て、映像のアングルが変わり、聖女がいた部屋の全容が映し出された。それは、大広間のような場所だった。金属質でありながら、どことなく神秘的で、超常的な空間。

 ……この壁の材質、それに雰囲気。つい最近に、俺たちは似たものを見たことがある。


「これ、もしかして……!?」


「うん……ボク達が発掘していた遺跡だと思う。ボク達を追い出した後に、完全に占拠したようだね」


 その可能性は考慮していたが……しかし、それがどう元首が黒幕である証拠になる?


『ここは、元首が隠していた古代遺跡……そして、彼はここで、ひとつの力を得たのです。それこそが、全ての答えでした』


 聖女の合図で、そこに姿を見せたのは……数種類の獣たち。街を襲っていた、リグバルドの人造UDBたちだった。

 彼らは、まるで聖女に付き従うように、大人しく伏せている。


『皆さま、驚かれたことでしょう。ですが、ご安心ください。彼らはもう、私たちを脅かす悪ではありません』


「こ……この人、何を言っているんですか……!?」


『リカルド元首は、UDBを操る力を、この遺跡で得た。そして最後には、UDBから国を救い、自らを英雄として皆さまを心酔させるつもりだった。UDBもまた、元首に操られた被害者だったのです』


「お兄ちゃん、これって……!」


「……そう来るのかよ、この野郎!」


 暁斗が憤慨した様子で吐き捨てる。邪魔になるリカルド元首に、全てを押し付けるつもりか……!

 何の情報もなければ、元首を疑うこともあったのかもしれない。だが、あのUDB達は、この遺跡など関係ないリグバルドの尖兵だ。そもそも、遺跡の発掘はまだ終わっていなかった。

 しかし、それを把握している人数は限られている。そして、多くの人心を集めている聖女の言葉ならば……全員とは言わずとも、信じる者はいると考えるべきだ。


『ですが、私は元首の隙をつき、彼から遺跡を奪取することができました。そうして、このUDBたちを解放したのです。ですが、誤解なきよう。私は遺跡の力を使っているわけではなく、彼らは望んで私に協力してくれています』


『ソノ通リデゴザイマス、聖女サマ! 我ラヲ邪悪ナ支配カラ解放シテクレタアナタニ、命ヲ懸ケテ報イマショウ!』


『受け入れ難い方もいることでしょう。それでも、彼らの心意気を信じていただけないでしょうか。彼らはUDBであっても、この国の守護者となったのです』


「さすがに、白々しいにも程がある」


「私たちは追い出しといて、何よこれ! ふざけすぎでしょ!」


 少なくとも、はっきりした。聖女は間違いなく虚偽を話している。このUDB達が、マリクやヴィントール以外に忠誠を誓うものか。ヴィントールの姿はないが……もう、黒と断定して良いだろう。

 あるいは、本当にこの遺跡がその力を持ち、聖女が彼らを操っている可能性もゼロではない。だが、その場合も聖女が嘘をついているのも、敵であるのも同じだ。彼女は、絶対に放置できない……!


『元首はいま、どこかに潜伏しています。しかし、ご安心ください。皆さまが私を信じていただけるならば、私は必ず、かの暗雲を完全に払ってみせましょう』


「……最悪だな」


「だけど、こんな滅茶苦茶な話、さすがに信じる人はほとんどいないでしょ……!?」


「いいえ。少しでも騙されるものがいれば、それは流れになり、火種になる。僅かな綻びであろうと、致命傷になることもあります」


「思えば、オレ達を追い払った時点で、この強硬策を予定していたのか。いくら機を掴んだとは言え、随分と力業だな……!」


 力業。誠司の言った通り、これは今までの慎重で用意周到な聖女とは思えないほど、性急すぎる。勢い任せとすら思える。この場さえどうにかなれば良いというのか?

 だが、彼女の意図がどうあれ、今の俺たちからすると、こうして一気に勝負をかけられるのは非常に厄介だ。この流れに歯止めがかからないのはまずい。せめて、聖女に真っ向から言葉をぶつけられる者がいれば――





『はっはっは。思い切ったものだね、聖女ナターシャ?』


 ――その声は、本当に唐突に響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ