若葉、再び天を向いて
そうして、何とか態勢を立て直しつつも、反撃の糸口も掴めないまま……あの日から三日が経過した。つまり今日が、リュートが予告した日ということになる。
バストールからはギルドの援軍が届き、戦力はある程度持ち直した。とはいえ、ギルドだけで数を補うには限界がある。ウェアは他にも援軍の打診を行ったようだが、今朝時点では「どこまで間に合うかは分からない」と言っていた。
事態の悪化が早すぎたからな……少なくとも、大軍で巻き返すような増援は期待が薄い。一旦は、ここにある戦力で事を考えるべきだろう。
テルム軍としては、ライネス大佐をはじめ有力将校による戦力の立て直しを行っている。辺境からは住民の避難を行わせて、可能な限りの戦力をこの砦中心に集中させた形だ。
朝。警戒はしていたが、いきなり襲撃が起きたりはしなかった。何か異変が起きないかを探ってはみたが、今はまだ動きは無いようだ。
ただし、聖女の動きが活発化しているのは、先日に聞いた通りだ。首都では、彼女たちが実質的な支配権を握ったと聞く。……俺としては少し、違和感を覚える話ではあるが。
そして……浩輝は、まだ目を覚まさない。
身体は、もう回復していると聞いた。それでもなお、昏睡状態が続いている。だとすれば、問題なのは……精神の方、なのかもしれない。
再び見ることになった、死に瀕した兄の姿。それが、彼の心をどれだけ抉ったのかは想像に難くない。それが、暴走した自分を庇った結果であることも含めて。彼は……心を閉ざして、眠り続けることを選んでしまったのではないだろうか。
そうだとすれば、俺たちはどうすれば良いのだろう。眠ったままでは、言葉を届けることすらできない。もどかしくて……腹立たしい。どうしてあいつが、あんなに苦しまないといけないんだ。それに、海翔だって。
瑠奈と暁斗は、友人を守りたいという決断をしたようだ。……戦わせたくないという本音はある。それと同時に、仲間としての信頼もある。だから俺は、自分の全てでその決断を支えよう。誰かを失う結末など、俺はたくさんだ。
一方で蓮は、ウェアの判断で下がらせると聞いている。彼の精神が限界なのは、みんな分かっていたからな……。それでも、せめて後方支援はしたい、と砦には残ることになった。
「みんな……ごめん……」
「はっ。何に謝ってんだよ。心配しないでゆっくり休んどけよ!」
「あなたはマスターの指示に従うだけです、何も気にする必要はありません。なに、我々は勝ちます、安心しておきなさい」
みんな、可能な限りは気にさせないようにそんな言葉を送ったが……ひとりだけ戦いから退くというのは、当人に罪悪感を募らせているようだ。とはいえ、今の彼を戦わせられないという判断は正しいと思う。
そのまま蓮は浩輝たちの元に下がらせて、あらかたの行動指針を話し合う。ギルドの強みは臨機応変さ。考えうる展開を想定して、できる限りの方向性を決めておくのは重要だ。
獅子王、砂海、胡蝶は、全員が戦うと決めた。彼女に関しては、結局は昨日まで揉めていたようだが……ロウと一緒に、赤牙が集う方に姿を見せた。
「おはようございます、皆さん」
少しだけ緊張が見えつつも、少し前と同じように力強い声だった。みんなが意外そうな顔をする中、アトラはひらひらと軽く手を振っている。
「よう、ハーメリア。調子はどうだ?」
「武器の手入れも能力の調子も、完璧です。いつだって全力でやれます」
「……ハーメリア。本当に、大丈夫なんだな?」
「はい。……その。まずは、言わせてください。皆さん、色々と申し訳ありませんでした」
そう言って、彼女は深々と頭を下げる。唐突ではあったが、何のことかとは思わなかった。彼女と最後にちゃんと顔を合わせたのは、あんな状況だったからな。
「今までご迷惑をおかけした身で、信用ならないかもしれません。ですが……どうか、一緒に戦わせてほしいんです」
「それは、戦うことの意味を理解した上で……と、思っていいんだな?」
「はい。……私が戦うことは、私ひとりの問題じゃない。また、誰かを巻き込むかもしれない。それは、怖いです。怖いって、ようやく分かりました」
きっと知らないうちに、今までも多くのものを巻き込んでいた。それに気付いてしまったのだと、彼女は続けた。
「正しいことをみんながすればもっと良くなるはずだ……と、今まで思っていたんです。でも、私はあの時、正しいと思ったことで仲間を危険に巻き込みました。何が正しいのかすら、分からなくなりそうでした」
正しいことが必ずしも良い結果を生むわけではない……あの夜にそう言ったんだったな。結局、彼女がそれを実感したのは、失敗に伴うものになってしまったが。
「それでも……全てが間違っていたわけじゃない。私が戦うことで、守れたものだってあるかもしれない。そう、言ってくれた人がいました。だから……戦います。そのせいで傷付く誰かから目を背けずに。私が守れる誰かのために」
そう、真っ直ぐに言い切った少女。ウェアルドは、彼女の目をじっと見ていたが……少しして、表情を崩した。
「雨降って地固まる、というやつか」
「グハハっ、大嵐だったけどね! だけれど、俺も今回は真剣に覚悟を見た。その上で、今のハーメリアなら一緒に戦えるって判断したのさ」
「ふ……。ロウにここまで期待させたんだ。これからそれに応えていかなければな? ……だから、ここで終わるんじゃないぞ、ハーメリア!」
「……はい!」
きっと、綺麗に答えを見付けきれたわけでもないだろう。それでも彼女は、立ち上がり、前を向いた。……まだ未熟だからこそ、その成長は瞬く間、か。俺には、少し眩しいくらいだな。
「親御さんとかはどうだったんだ?」
「さすがに今回ばかりは止められましたが……最後には、分かってもらえました。そして、約束してくれました。一緒に戦う、と」
ハーメリアの両親は、彼女のように戦う力を持っていない。だが、聖女に流されないことや、ギルドと軍の活動を支援することで、間接的に共に戦うと、そう言っていたそうだ。
「……私が戦うことで、両親を巻き込んだとも言えます。こんな簡単なことも、今まで分かっていなかったんですね、私」
「それでも、戦うって決めたんだね」
「はい。みんなで戦わないと、乗り越えられないものがある。私は……この国を守りたい。……何か失えば、きっと後悔もすると思います。自分の死も、怖いです。それでも……立ち向かわなくても、後悔すると思いますから」
極端なことを言えば、俺たちはこの戦いに付き合う必要はない。だが、ここで退けば、必ず後悔するだろう。だから、立ち向かう。そして、より良い結末を掴み取るために、全力を尽くす。
ハーメリアの再起、そして言葉は、全体の空気を少しだけ前向きなものにした。迫る敵がいかに強大であろうと……こうして折れない者がいる限り、負けではないと思うのだ。もちろん、俺たちもな。
そして……事態が大きく動いたのは、正午を少し過ぎた時だった。