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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
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迫る決戦、彼らの選択 2

「蓮」


「マスター……」


 夜。俺は、ひとりで佇む彼を探し、声をかけた。


 砦の中、軍の動きに関しては、ギルドに補佐できることには限度がある。軍の指揮に俺が割り込めば、逆に動きも乱れるだろう。

 無論、俺には俺でやるべきことはある。……今回ばかりは、()()()()()()()()()()と判断した。だから、やれることの全て、布石は打っている。どこまで間に合うかは、やや際どいところだが。


 とは言え、仲間のための時間も取れないほどではない。……海翔を元に戻してやる術は、俺にはない。やれることは、限られている。それでも、希望は捨てない。捨ててはならない。

 今は、誰も彼もが深く傷付いている。何よりも、心のケアが必要だ。……それと同時に、判断もしなければならない。


 少し話をしようと誘い、ふたりで外に出た。蓮は果たして、自分の足取りの重さを自覚しているだろうか。


「……今朝の、話ですか?」


「それもあるがな。ここ数日のこと、ゆっくりと話す間もなかっただろう」


 あまりにも事態が重なりすぎた。たった一日で、どうしようもないほどに状況が加速してしまった。それでも、もっと早く話してやるべきだったが。

 誠司も教師として話したがっていたが、まずは俺がギルドマスターとして確かめるべきだと判断した。


 話せる範囲でいい、と伝えると、彼はぽつりぽつりと、一昨日の夜にあったことを……それに至るまで抱えていたものを教えてくれた。あらましはガルから聞いていたが……きっと彼も、吐き出さなければ限界だったのだと思う。


「そうか……」


 抱え気味だったことは把握していたが……そこまでだったとは。今さら、後悔しても遅いのだが。

 待って失敗したことも、踏み込んで失敗したことも、いくつもある。後からならば何とでも言える、というのも分かってはいるがな。


「おれ、まだ……信じられないんです。二人が、あんなことになったって……」


「たった一日だ。飲み込めなくても無理はない」


「どうして……こうなったんでしょう。あの時は、まさか……こんな……こんな、ことに……」


 蓮の声は震えている。……彼は、理不尽な怒りをぶつけてしまった。しかも、それを最後に友と話せず、謝ることもできないまま、こうなってしまったのだ。


「コウは、目を覚まさない。カイは……元に戻るかも、分からない。マスター……おれ……どうすれば、いいんですか……? 謝ることも、できてない、のに……」


「……蓮」


「もっと……ちゃんと、話せば、よかった……! おれは、いつも、いつも……なんで、どうしようも、無くなってから……!!」


 やり場の無い感情が溢れたのだろう。蓮の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。そのまま俯いて泣き始めた彼の背を抱いてやることしか、俺にはできない。


「辛かった……そして、怖かったな」


「こわ、い……怖い、です……おれ、もう……全部……」


 何もかもが、もうどうにもならないのではないか。そんな気持ちを抱えたことは、俺にもある。ああすれば良かった、こうしなければ良かった……そんな事ばかりが頭に浮かんで、怖くなるのだ。

 ……そして、戦いそのものへの恐怖も。彼自身も、エルリアの襲撃で、死に瀕した経験はあったと聞いている。それでも、実際に多くの人が目の前で命を落としてしまったのは、初めてのはずだ。


 まずは、そのまま泣かせてやる。蓮もしばらく、素直に泣きじゃくった。

 ……言葉だけで解決できる話ではない。それでも、せめて向き合う。ひとつでも、俺がしてやれることを……マスターとしての前に、家族として。


「それでも……浩輝も、海翔も、まだ生きている。今は、そう思えないかもしれないが……まだ、何かが終わったわけではない」


「……カイが、元に戻らなくても……?」


「そうだとしても、海翔は海翔だ。……それに、これから先を諦めるにはまだ早すぎる」


 海翔を元に戻せるとすれば、浩輝だけだろう。……浩輝は、命に別状はない。しかし、昏睡が想定より長いのも確かだ。だから余計に、みんなの不安が増している面もあるが……目を覚まして、再び兄の時間を奪ったことを知った時、彼はどうするだろうか。

 考えれば考えるほど、状況は悪い。だが……諦めては、叶うものも叶わない。


「……分からない、です。これから先、なんて……今は、何も……考えられない、ですよ……」


 一度泣いただけで吐き出しきれるほど、心の傷は浅くないだろう。……今の彼は、傍目から見てもとっくに限界だ。


「ならば、今は無理に考えなくていい。それだけ苦しいのならば、まずは自分を大切にしてやれ。……お前は、少し頑張りすぎたんだ」


「……頑張ってた、つもりでした。でも……おれは、他のみんなと違って、何もできてない。何も……」


「そんなことはない。必死にやってきたんだろう? 自分なりに、やれることをやろうとしたんだろう? ならば、お前は頑張っていた」


 そもそも、努力とは相対的に評価されるべきではないと思う。周囲の方が努力していたら、怠けていることになるのか? そうではない。そいつが努力していたならば、それは認められるべきだ。

 成果に対する評価はまた別のはずだが、人はどうしても、そのふたつを混同してしまう。目標が高くにあればあるほど、努力の結果が見えづらく、軽んじてしまう。


「でも……おれが、いなくても。きっと、みんなは、上手くやれていた。いや……おれがいない方が、よっぽど」


「……なぜ、そう思うんだ」


「おれは、自分で思ってたより……駄目なやつ、でした。下衆な考えに、振り回されて……大事な友達を、傷付けた」


 蓮は続ける。ガルはその気持ちを、当たり前にあって然るべきものだと言ったと。だが、どれだけ考えても、そうは思えなかったと。嫉妬で仲間の死すら意識してしまった、それが自分の気持ちであるからこそ……彼はその醜さを、拒絶した。


「……本当は、ずっと、ずっと……分からなく、なってたんです。おれ、何で……ここに、いるんだろう、って……」


「…………蓮」


「何もできない。それどころか、仲間を傷付けてばかり。そんなやつ……いない方が、いいじゃないですか……?」


「……そんなわけがあるか。そんな悲しいことを、言うなよ」


 いま、強い言葉を使ってはいけない。分かっていても、こればかりは我慢できなかった。

 誰も彼も、どうしようもないところで自分を責めて。……俺も、人のことは言えないのかもしれないが。


「周りが、そんなに完璧に見えるのか? ……俺だって、負の感情くらい抱くぞ。それで失敗したことだって、いくらでもある。だがな、蓮。大事なのは、どんな感情を抱くかじゃない。それに、どう向き合うかだ」


「……そんなの。おれは、向き合えてなんか、なかった。だって、だって、あんなに……泣かせて……」


「それを、後悔しているんだろう。失敗を悔いる気持ちがあるならば、変えていくことはできるはずだ」


「でも、おれは……おれにはまだ、あの時怒った気持ちも、残っているんです。……また、いつか、同じことをするかもしれない……!」


「それは、誰にだって言えることだ。……色々ありすぎた、疲れて当然だ。そんな時に悩み続けたって、どうしようもない」


 自分の悪性が怖くなる。そんな瞬間を体験した者は、存外に多いのかもしれない。だが、そんな自分を戒められることそのものが、そいつの善性を示していると思うんだ。彼の場合は、真面目で善良で潔癖すぎた、とも言えるか。

 ……話してみて、実感した。今の彼には、まともに悩むことすら難しい。


「次の戦い、お前は下がっていろ。これは、ギルドマスターとしての指示だ」


「っ…………」


「勘違いするなよ。お前の実力は、共に戦うに値する。だが、迷いはどれだけ優秀な戦士であろうと殺す。今のお前は、何よりも心を休めることが必要だ」


 考える力すら残っていない時に考えさせても、悪い方向にしか転がらない。彼にはまず、時間がいる。今のこの国には、本当に安心して休める場所がない、というのが歯がゆいがな……。


「心配するな。お前たちは、俺が護ってみせる。誠司だっている。お前たちを守るのは、英雄なんだ。安心しておけ」


「マスター……」


 ああ、ならば俺が守ろう。遼太郎に託された手前もあるが、赤牙のみんなは、俺の子供のようなものだから。

 海翔たちのことだってそうだ。ひとつだって、奪わせてたまるか。彼らがまた全てを取り戻すその時まで、俺は諦めない。絶対に。諦めの悪さには、自信があるからな。










 わたしが部屋で武器を手入れしていると、美久さんが戻ってきた。

 いつも勝気なはずの美久さんの表情は、どこか疲れていて……だから、彼女が何をしてきたのか、大体は想像がついた。


「海翔くん達のところに、行っていたんですか?」


「……うん」


「……わたしも、少し前に行ってきました。浩輝くんは、まだ……?」


「目は覚ましてなかったわ。海翔が、ずっとついているみたいだけど」


 ほんの数時間前もそうだったから、分かってはいた。だけど、やっぱり……少しずつ、嫌な気持ちが積もっていく。浩輝くんは怪我も大きくなくて、時間が経てば大丈夫だって、聞かされているのに。

 少し、言葉が途切れた。わたしも、どんな状態かは見てきたから……美久さんに元気がない理由も、予想できた。だから、うまく言葉が出てこなくて。


「……駄目よね。二人とも生きてて、何か終わったわけじゃないのに……こんな顔、してちゃ」


「…………。海翔くんは……」


「ガルの言った通り。赤牙のことは、覚えているフリをしているだけみたい。すごく無理をしてるのが分かって……出てきたの」


「………………」


 わたしも、ほとんど同じだった。

 海翔くんは、薄い記憶をたぐり寄せて、わたし達に悟られないように強がっていた。だけど、やっぱり限界はあって……これ以上は海翔くんが苦しくなるだけだって気付いて、部屋を出た。

 ……ううん。わたし自身が苦しいのから逃げたかったのかもしれない。海翔くんも、浩輝くんも……いつも元気なふたりが、こんな。


「昔から変わらないのね、あいつ。自分だって辛い時に、周りを気遣ってばっかでさ。ほんと……馬鹿なんだから」


「……お兄さんだから、なのかもしれませんね。ずっと、守ろうと頑張って……考えてみたら、赤牙でも海翔くんはそうしていました」


「そうね……。だからあいつは、一歩下がってたんだ。……それで、命まで懸けちゃうなんて、さ」


「……美久さん……その」


 何か言わなきゃいけない気がして、だけど何て言っていいのかが分からない。簡単な慰めなんて……軽々しく、言えない。

 海翔くんが、美久さんを好きなのはもちろん知っている。……美久さんは、それに応えてはいなかったけど。少なくとも、特別には感じていたんじゃないかって、わたしは思う。だからきっと、今は……。


 美久さんが、ふう、って息を吐き出した。きっと、わたしの考えが、少し顔に出たんだろう。


「大丈夫。私は平気よ。だって……あいつはまだ、ここにいるもの。だったら、大事なのはこれからよ。あいつなら、そう言うはずだからさ」


「…………。そう、ですね。海翔くんはきっと……」


「ねえ、飛鳥。あなたこそ……変に抱えるのは止めなさいよ。あの時、浩輝を止められなかったのは、私もジンさんも同じだもの」


 反対に、慰められてしまった。私は昨日、それを口に出して泣いてしまったから。

 何度だって、考えた。あの時、一緒にいたわたしが止められたら、もしかしたら……って。もちろん、理屈ではそう簡単じゃないのは分かる。それでも……後悔は、どれだけしたって足りなくて。


 ……きっと、アガルトにいた時のわたしなら……そのままで、止まっていた。だけど……赤牙に来て、わたしは少し、変わったんだと思う。

 心の中は、後ろ向きな考えでいっぱいだ。でも、それで全部じゃなかった。


「大丈夫です。わたしも。今は……後悔より、することがある。そうですよね?」


「……飛鳥」


「勝ちましょう、美久さん。二人が帰ってくる場所を、守るために」


 あの時、浩輝くんは、わたしを引っ張り上げてくれた。わたしにできることを、後押ししてくれた。わたしの……力になってくれた。友達として。

 赤牙に来てからだって……浩輝くんはいつも、わたしを助けてくれていた。こんな状況になって、分かった。浩輝くんの存在が、わたしにとって、どれだけ大きかったのかが。

 だから今、不安で泣き叫びたくて……だから今、立ち上がらないといけないって思える。今度は……わたしが、あの子を助ける番だって。


「……ふふ。そうね。まずは、あいつらを酷い目に合わせたやつらを、たっぷり後悔させてやりましょ!」


「ええ。わたしたちが力を合わせたら……怖いものは、ありません……!」


 あの子の口癖を、借りる。……わたしに勇気をくれる、大切な男の子。君がいたら、わたしは頑張れる。だから……力を貸してね。












 リュートの襲撃による死傷者の数は、3桁以上にもなった。

 軍という役割からして、それは戦闘の死者としては決して多い数字ではないのかもしれない。ただ、今回は、それがたった一人の襲撃者によって引き起こされた。一人にすら、歯が立たなかったのだ。仲間がリュートに喰われた瞬間を見た者もいる。それがもたらした恐慌と士気低下は、単純な数字で測れるものではない。

 精神を病み、戦力に数えられないと判断された者は、砦から逃された。ギルドと違い個別のマークは受けていないため、それが最善との判断だ。結果、ジークルード砦の戦力は、7割を切るほどにまで減少することになった。士気を考えればそれ以上の打撃だろう。


 つまるところ、砦には余裕がなかった。デナム将軍の指揮下で、各地のテルム軍を集めて戦力の再編は行われているが、この惨敗の影響は全体に広がるのは目に見えている。

 そんな状況で、死者をしっかりと確認する余裕などない。誰が死んだのかを正確に管理することすらできないままだ。そもそも、喰われて原型を留めていないような遺体もあった。そこにいなければ殺されたのだろう、と判断せざるを得ないような状況である。

 これに関しては、誰を責めることもできないだろう。次の襲撃も、いつ起こるか分からない状況だ。死者を軽視しているわけでもないが、誰もが生きるために精一杯だった。




 ――だから、誰も気付くことはなかった。

 ひとつの遺体と、ひとりの人物が、砦から姿を消していたことに――




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