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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
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たとえ、その傷痕が消えずとも 2

「昨日だって、やれることをやったつもりだったよ。でも……あれは僕にとって、間違いなく……チャンスだった。無意識に……ここで死ねれば、って、そう考えていた自分も、いたんじゃないか。それを……否定、できないんだ……!」


「そんなこと……! 咄嗟に一番の選択なんて、そう簡単にできるもんじゃねえだろ! そんな、かもしれないばっか考えたって、どうすんだよ!」


「どうにもならないよ!! 分かってる、そんなこと分かってるんだ! でも、でも……!!」


 感情を爆発させて、ヘリオスは泣き叫んだ。

 自分がちゃんとしていたら、ベルは死ななかったかもしれない。自分があの時ああしていたら、俺は苦しまなかったかもしれない。……それを考えても過去は変わらない。だけれど、後悔だけが溜まって、やり場が無くなっていく。

 ……なんでだよ。俺は、そんな風に思ってほしくなかった。こいつが、こいつとシスターの存在が、俺にとってどれだけ……あの時、俺がちゃんと……いや、違う。それじゃ、堂々巡りだ。


「それでもお前は、ハーメリアを助けられたんだろ!? そんなに、自分を悪者にしてえのかよ!」


「ハーメリアだって、僕がこんな考えで助けたって聞いたら……幻滅するに決まってるよ !!」


「――どうして、そうなるんですか!!」


 そんな空気に割り込んできたのは……少女の声だった。


 言い合いになってたから、気付かなかった。部屋の扉は開いていて、まさに話題に挙がっていた張本人、フェレットの少女が入ってきていたことに。


「ハーメリア……どうして?」


「アッシュさんが、入れてくれました。お二人の話が、聞こえて……」


 声もかなり大きくなってたから……外まで全部聞こえてたのか。

 こいつも、ヘリオスのことをずっと気にかけてたから。目を覚ましたって聞いて、すぐに来たんだろう。そしたら、ヘリオスの言葉を聞いてしまった。


「私が、何に幻滅するって言うんですか、ヘリオスさん」


「……聞こえてたなら、分かるでしょ? 僕は……すごく自分勝手な気持ちで、君を助けたんだ。こんなの、軽蔑されたって……」


「そんなわけ! ないに決まってるでしょう!!」


 ハーメリアは、泣きそうな顔で声を上げる。昨日、自分のせいで、って彼女は言っていた。……だからこそ、黙っていられないんだと思う。


「ヘリオスさん。勝手なことをして、あなたに怪我をさせた私が、偉そうなことを言っているかもしれません。でも……これだけは、言わせてください!」


「ハーメリア……?」


「どんな理由があったとしても、ヘリオスさん自身が認められなくても! 私は間違いなく、あなたに助けられました! それに感謝しても、幻滅なんてするわけないじゃないですか!!」


 彼女の、言うとおりだ。ヘリオスが、どんな思いで力を使ったとしても……こいつが誰かを助けるために戦ったことも、それでハーメリアが助かったことも、何も変わらねえ。


「言いましたよね、ヘリオスさん。自分を正しいと思えないって。でも……少なくとも、私は知っています。あなたが、どんな気持ちだったとしても……あなたは誰かのために、ずっと戦っていた! 私は、そんなあなたのことを、尊敬できるって思ったんです……! 私の気持ちを、勝手に決めないで!!」


「っ…………」


「……正しいと思ったことで、誰かが傷付くこともある。でも、だったら……正しいと思えないことで、誰かが救われてもいい! そうでしょう? だから……あなたが救ってきたものを、否定しないでください……!!」


 どんな力であっても、どう使うか……どんな気持ちであっても、どう使うか。ヘリオスの奥にそんな願望があったとしても、もっと破滅的な方法だって選べたはずだ。けれど、こいつは、誰かを助けるために力を使い続けた。だったら、それのどこが悪い。


 ヘリオスが抱えていた、どろどろに煮詰まってこじれちまった罪悪感。それをきっと、アッシュとオリバーは知っていた。だけれど、当事者じゃないから、どうにもできなかったんだと思う。だから、俺に期待してくれたんだ。

 ……俺ひとりだと、距離が近すぎた。だけど、ハーメリアの言葉で……はっきりした。そうだよ。真っ直ぐにぶつかるしかないんだ。俺が、言いたいこと。言わなきゃいけないこと。


 勝手に、決めつけんな。


「……俺を、見てくれよ、ヘリオス。いま、ここにいる俺は……そんなこと望んでいるように、見えるのかよ」


「…………っ……。分かってる、よ……君が、そう、思ってないって……! これが、僕の我儘だって! でも、君を苦しめた僕を、許すなんてできるわけ――」


「――じゃあ、それで今の俺を苦しめてもいいってのかよ!!」


「………………ッ!!」


 自分で自分を許せない……分かるよ。俺だって、その気持ちぐらい。でも、さ……その傷を負わせたのが俺のことで。それで大事な親友がずっと傷付いて……それで俺も苦しくて。誰が得してんだよ、それ。ふざけんなって叫ぶくらい、許されるだろ。


「お前だって、兄ちゃんだって! いつまでも、あん時の俺を見てばっかでさ! 俺はここにいるんだよ! 生きて、ここに立ってんだよ! 昔の俺のためなら、今の俺はいくら傷付けてもいいのか!? 目の前の俺はどうでもいいってのかよ、ヘリオス!!」


「…………ぁ……」


「俺を傷付けたんだって思うなら! 俺に詫びたいんだって思うなら! 俺が何を願ってるかを、ちゃんと聞いてくれよ!! なに勝手に決めてんだよ、どいつもこいつも!!」


 目の前が、滲む。悔しい。悔しくてたまらねえ。みんなして……俺自身すら。ずっと、あの日で時間が止まっていた。

 今さらのように、後悔もした。俺だって……ずっと、同じように決め付けて、傷付けてた。こんなに辛い思いをさせてたのか、俺は。


 でも、今は涙を拭った。だって俺たちは、ここにいるから。


「俺は……お前とまた友達として、一緒にやれたら……それだけで、良かったんだ」


「……アっちゃん……」


「生きてくれよ。それで、これから先……うんとジジイになったってずっと、俺の親友でいてくれよ……!」


 それが、俺の心からの願いだ。何年も苦しんでて、すぐに割り切るなんて、難しいのは分かっているけど。あの時の俺じゃなくて、ちゃんと俺を見てほしいから。


 気が付くと、アッシュとオリバーも入ってきていた。


「……ウチとオリバーだって同じだよ、ヘリオス。あんたが自分を、どう思っていたって……ウチらはあんたに助けられてきたの。頼りにしてるの。だから……同じくらい、助けたいし、頼ってほしいんだよ」


「曹長。……いいや、ヘリオス。ここまで来てなお、言葉を聞いてくれないのかい? 僕の友人は、そんなに薄情じゃなかったと思っていたんだけどな」


「……二人とも」


 今は部下としてじゃなく、友達として。

 ヘリオスは少しの間、目を閉じた。言うべきことは、たぶん言った。後はこいつが、それを咀嚼してくれるのを待つしかない。


「……僕は……僕は。……分からないよ。そう簡単に、切り替えられもしないよ」


「………………」


「……でも。それで……みんなを、傷付けるのは……嫌だな……」


 ぽつり、と。俺たちに向けてと言うより、呟くように。

 ヘリオスの顔には、いつもの穏やかな様子が戻ってきていた。……ああ。最初に出てくる言葉が、それなのかよ。こいつは、本当に……どこまでも。


 きっと何かが伝わった。みんな、それは感じたらしい。


「だったら……考えましょう、ヘリオスさん。どうしていけばいいかを、どうしたいかを」


「……そう、だね。うん……考える。それを止めたら……駄目だよね」


 どこかで気が抜けたのか、ヘリオスの目がぼんやりとしてきた。あんまり、無理をさせられねえな。


「今は、ゆっくり寝ときなよ。で、元気になってゆっくり悩む。それでいいでしょ?」


「たまには、僕たちに任せてもいいんだ。君の隊員は、頼りになるんだよ?」


「……知ってる、よ。君たちも、アっちゃんも……ハーメリアも。うんと、頼りになるんだって。……みんな」


 半分以上は落ちているような、小さな声で。だけれどヘリオスは……確かにちょっとだけ、微笑んだように見えた。


「後は、頼んだ、よ」


 そう言い残して、こいつは静かに目を閉じた。……託された。託してくれた。俺たちの思いは、きっと伝わった。


「……おう! お前のぶんも、しっかり返してきてやるぜ!」


「安心してください、ヘリオスさん。私たちは、負けませんから……!」


 眠り始めたヘリオスに、誓う。俺は、負けねえ。レイランド孤児院のアトラとして……今度こそ、ちゃんと守ってやるんだ。




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