たとえ、その傷痕が消えずとも
ヘリオスの意識が戻ったってアッシュから連絡を受けて、俺はあいつが集中治療を受けていた医務室へと向かった。
アッシュは涙声で、俺にヘリオスと話してやってほしいと頼んできた。頼まれなくても、俺だってできるならそうするつもりだった。
部屋の前には、オリバーがいた。人が足りねえのもあるけど、彼は医療知識があるらしく、治療の手伝いをしているそうだ。
「まだ本来は、絶対安静の状態です。時間は10分、厳守でお願いします」
「……分かった。ありがとよ、融通利かせてくれて」
「いえ……。今の曹長は、身体以上に心のケアが必要です。アトラさん……どうか、彼をよろしくお願いします」
そんな言葉に、あいつがどんな状態かは予想できた。俺は頷いて、部屋の中に入る。
あいつは、ベッドの上で静かに天井を見上げていた。……腹の傷は、浩輝とコニィが塞いでくれていて、後は治っていくだけだ。でも……その表情は、すごくやつれて見えた。
「ヘリオス……」
「……アっちゃん。心配をかけたみたいで、ごめんね」
体力が落ちているからか、声は掠れていた。そして、目が赤い。
「僕が、眠っている間に、あったことは……聞いたよ。砦のことも……ベル君の、ことも」
「……そうか……」
こいつがすごく泣いたのは、聞かなくても分かる。軍人としてどれだけ経験を積んできたんだとしても、一緒に育った相手が死んで、耐えられるようなやつじゃないから。
俺が来るって分かってたから、取り繕おうとしているんだろう。だけど、隠しきれるほど器用でもない。
「……そんな時に、一緒に戦えなくて、ごめん。昔から僕は……肝心な時に、上手くやれない、ね」
「そんなこと、言うなよ。みんなが頑張って、それでもこうなった……それだけだ。誰だって、全部やれるわけじゃないだろ」
こいつが何でも抱え込みたがるのは、分かっていた。それが、子供の時よりひどくなっているのも。……その原因は、俺だろうってことも。
「それでも……考えちゃうよ。もし、自分ができてたら……僕が、こんな怪我してなかったら、もしかしたら……って」
「……もしかしたら、なんて、俺だって思ってるよ。けどな、それで自分を責めたってどうしようもねえだろ」
思っていた以上に、重症だ。俺は何とか、自分も呑まれないように意識しながら、言葉をひねり出す。
「それに、お前はちゃんとハーメリアを助けただろ。お前は、自分にやれることをやったんだ。そんな言い方したら、あいつだって気にするぞ」
「…………そうだね。僕はハーメリアを庇って、倒れた。……倒れちゃったんだ」
「……相手はやばいやつだったんだろ? 悔しいのは分かるけど、お前じゃなかったら、ハーメリアを助けられなかったかもしれねえ。だからよ……」
「そうじゃ、ないよ。……そういうことじゃ、ないんだ」
何とかケツを叩こうと、頭を必死に回して答えていたけど……ヘリオスは、ひどく苦しそうな声で、そう言った。
「僕はさ、あの時……こうなってもいいって思って、彼女を庇ったんだ」
「そんなの、身体で庇うなら覚悟ぐらいはするだろ。どうしたんだよ、ヘリオス……!」
「……ううん。言葉が、足りてない、ね……僕は……」
ヘリオスは、一度言葉を切った。そして、躊躇うように何度か口を開閉して……ぽつりと、その続きを呟いた。
「罰を受けたいと、ずっと思っていたんだ」
その言葉に、すぐに反応することは、俺にはできなかった。
罰。ヘリオスが望む、罰。その言葉の意味が、頭の中に反響する。……昨日、アッシュが言っていた。ヘリオスがこうなったことは、ヘリオス自身の責任でもある……こいつが望んでいたことを考えると、って。それがどういう意味か、尋ねる間はなかったけど。
「……自分のPSが、何でこんな性質になったか……アっちゃんは、考えたこと、ある?」
「それは……」
何度だってある。この力のせいで……って、ずっと思っていたから。
PSの性質、その理由が実感できるかどうかは、人による。強烈な出来事が原因なら推測はできるだろうし、感覚で理解できるってやつもいる。能力の制御がきちんとしてるやつほど、力を理解している傾向はあるけど。
……俺のこの力は、不幸な境遇への恨み辛みや生存欲求が、あの事件で爆発して生まれたもの。そして……孤児院のみんな、あの時には力を使えるやつはいなかった。
考えてはいた。ヘリオスの力、陽炎の介入。それがもし、あの日の影響を受けていたとしたら。……どうしてこいつは、何かと何かの間に割り込むなんて力を宿したのか。どうしてこいつは今、この話を始めたのか。
「許せなかった。あの時……君とみんなの間に立てなかった、自分のことが。君は僕を助けてくれたのに、僕には……君を庇って何かを受け止める、その覚悟ができなかった」
話を聞きながら、鼓動が早くなる。ここまで聞いたら、こいつが何を言おうとしているのか、予想はできる。けど……それは。
「だから、僕は……このPSを宿したんだ。……守りたいものと、危険な何か。その間に割り込んで……何かを庇うための力を」
「…………!」
「僕も……最初は、良い方に考えようとしたよ。もう二度と、同じことを繰り返さないために、この力を手に入れたんだって。……でも、自分はごまかせない。僕は、そんな風に考えられるやつじゃない。僕の心の奥にある、本当の考えは……」
俺も、知っている。ヘリオスはどうしても後ろ向きで、過去にやらかしたことを忘れられるタイプじゃないって。こいつが思うとしたら……もう二度と繰り返さない、じゃなくて……。
「……僕は、誰かの代わりになって死ぬべきだ。それが、僕への罰だ。そう、望んでしまったんだんだって……気付いちゃったんだ」
「……おま、え……」
「その時が来るまで、戦って、せめて一人でも助けて……最後には、誰かを庇って死ぬ。……軍に入ったのだって、それが一番危険に近いって、そんな理由だったんだ」
喉の奥が乾いたように、声が掠れる。言わなきゃいけないことはいくつも浮かんでくるはずなのに、何も言葉になってくれない。
「ひどい話……だよね。そんなことしても、僕が君にしたことが、消えるわけじゃないのに、さ……」
「……そこまで……お前は……?」
「君を殺したって、死んでも償えないって、ずっと思っていた。ううん。今も、そう思っている。君が苦しんできたのは……僕のせいだから」
「っ! 俺は生きてるだろ、ヘリオス! それに、言っただろ!? 俺は、お前とシスターのおかげで、心が折れなかったんだって……!!」
「そんな風に思えるわけないよ!! 君が生きていたとしても、許せるわけないでしょ!? 君がどう思おうと、僕は! 君のことを見捨てて、見殺しにしたんだよ!!」
……自分を、ぶん殴りたくなった。
俺は、ダンクとの決闘で過去に踏ん切りをつけた。昔のことは消えねえけど、これからみんな前に進めるって……俺のことはこれで終わったって、そう考えてたんだ。
全然違った。何も終わっちゃいなかった。自分だって、何年もめちゃくちゃ抱えてたのに、周りのやつが、こいつが、どこまで思い悩んでるのか……それを、想像できていなかった。
何してんだよ。俺の親友は、あの後もずっと……俺のせいで、苦しんでたってのに。俺は、一人で勝手にすっきりして……それに全く気付けなかった!