表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
352/429

たとえ、その傷痕が消えずとも

 ヘリオスの意識が戻ったってアッシュから連絡を受けて、俺はあいつが集中治療を受けていた医務室へと向かった。

 アッシュは涙声で、俺にヘリオスと話してやってほしいと頼んできた。頼まれなくても、俺だってできるならそうするつもりだった。


 部屋の前には、オリバーがいた。人が足りねえのもあるけど、彼は医療知識があるらしく、治療の手伝いをしているそうだ。


「まだ本来は、絶対安静の状態です。時間は10分、厳守でお願いします」


「……分かった。ありがとよ、融通利かせてくれて」


「いえ……。今の曹長は、身体以上に心のケアが必要です。アトラさん……どうか、彼をよろしくお願いします」


 そんな言葉に、あいつがどんな状態かは予想できた。俺は頷いて、部屋の中に入る。

 あいつは、ベッドの上で静かに天井を見上げていた。……腹の傷は、浩輝とコニィが塞いでくれていて、後は治っていくだけだ。でも……その表情は、すごくやつれて見えた。


「ヘリオス……」


「……アっちゃん。心配をかけたみたいで、ごめんね」


 体力が落ちているからか、声は掠れていた。そして、目が赤い。


「僕が、眠っている間に、あったことは……聞いたよ。砦のことも……ベル君の、ことも」


「……そうか……」


 こいつがすごく泣いたのは、聞かなくても分かる。軍人としてどれだけ経験を積んできたんだとしても、一緒に育った相手が死んで、耐えられるようなやつじゃないから。

 俺が来るって分かってたから、取り繕おうとしているんだろう。だけど、隠しきれるほど器用でもない。


「……そんな時に、一緒に戦えなくて、ごめん。昔から僕は……肝心な時に、上手くやれない、ね」


「そんなこと、言うなよ。みんなが頑張って、それでもこうなった……それだけだ。誰だって、全部やれるわけじゃないだろ」


 こいつが何でも抱え込みたがるのは、分かっていた。それが、子供の時よりひどくなっているのも。……その原因は、俺だろうってことも。


「それでも……考えちゃうよ。もし、自分ができてたら……僕が、こんな怪我してなかったら、もしかしたら……って」


「……もしかしたら、なんて、俺だって思ってるよ。けどな、それで自分を責めたってどうしようもねえだろ」


 思っていた以上に、重症だ。俺は何とか、自分も呑まれないように意識しながら、言葉をひねり出す。


「それに、お前はちゃんとハーメリアを助けただろ。お前は、自分にやれることをやったんだ。そんな言い方したら、あいつだって気にするぞ」


「…………そうだね。僕はハーメリアを庇って、倒れた。……倒れちゃったんだ」


「……相手はやばいやつだったんだろ? 悔しいのは分かるけど、お前じゃなかったら、ハーメリアを助けられなかったかもしれねえ。だからよ……」


「そうじゃ、ないよ。……そういうことじゃ、ないんだ」


 何とかケツを叩こうと、頭を必死に回して答えていたけど……ヘリオスは、ひどく苦しそうな声で、そう言った。


「僕はさ、あの時……こうなってもいいって思って、彼女を庇ったんだ」


「そんなの、身体で庇うなら覚悟ぐらいはするだろ。どうしたんだよ、ヘリオス……!」


「……ううん。言葉が、足りてない、ね……僕は……」


 ヘリオスは、一度言葉を切った。そして、躊躇うように何度か口を開閉して……ぽつりと、その続きを呟いた。


()を受けたいと、ずっと思っていたんだ」


 その言葉に、すぐに反応することは、俺にはできなかった。

 罰。ヘリオスが望む、罰。その言葉の意味が、頭の中に反響する。……昨日、アッシュが言っていた。ヘリオスがこうなったことは、ヘリオス自身の責任でもある……こいつが望んでいたことを考えると、って。それがどういう意味か、尋ねる間はなかったけど。


「……自分のPSが、何でこんな性質になったか……アっちゃんは、考えたこと、ある?」


「それは……」


 何度だってある。この力のせいで……って、ずっと思っていたから。

 PSの性質、その理由が実感できるかどうかは、人による。強烈な出来事が原因なら推測はできるだろうし、感覚で理解できるってやつもいる。能力の制御がきちんとしてるやつほど、力を理解している傾向はあるけど。


 ……俺のこの力は、不幸な境遇への恨み辛みや生存欲求が、あの事件で爆発して生まれたもの。そして……孤児院のみんな、あの時には力を使えるやつはいなかった。

 考えてはいた。ヘリオスの力、陽炎の介入。それがもし、あの日の影響を受けていたとしたら。……どうしてこいつは、何かと何かの間に割り込むなんて力を宿したのか。どうしてこいつは今、この話を始めたのか。


「許せなかった。あの時……君とみんなの間に立てなかった、自分のことが。君は僕を助けてくれたのに、僕には……君を庇って何かを受け止める、その覚悟ができなかった」


 話を聞きながら、鼓動が早くなる。ここまで聞いたら、こいつが何を言おうとしているのか、予想はできる。けど……それは。


「だから、僕は……このPSを宿したんだ。……守りたいものと、危険な何か。その間に割り込んで……何かを庇うための力を」


「…………!」


「僕も……最初は、良い方に考えようとしたよ。もう二度と、同じことを繰り返さないために、この力を手に入れたんだって。……でも、自分はごまかせない。僕は、そんな風に考えられるやつじゃない。僕の心の奥にある、本当の考えは……」


 俺も、知っている。ヘリオスはどうしても後ろ向きで、過去にやらかしたことを忘れられるタイプじゃないって。こいつが思うとしたら……もう二度と繰り返さない、じゃなくて……。


「……僕は、()()()()()()()()()()()()()()()。それが、僕への罰だ。そう、望んでしまったんだんだって……気付いちゃったんだ」


「……おま、え……」


「その時が来るまで、戦って、せめて一人でも助けて……最後には、誰かを庇って死ぬ。……軍に入ったのだって、それが一番危険に近いって、そんな理由だったんだ」


 喉の奥が乾いたように、声が掠れる。言わなきゃいけないことはいくつも浮かんでくるはずなのに、何も言葉になってくれない。


「ひどい話……だよね。そんなことしても、僕が君にしたことが、消えるわけじゃないのに、さ……」


「……そこまで……お前は……?」


「君を殺したって、死んでも償えないって、ずっと思っていた。ううん。今も、そう思っている。君が苦しんできたのは……僕のせいだから」


「っ! 俺は生きてるだろ、ヘリオス! それに、言っただろ!? 俺は、お前とシスターのおかげで、心が折れなかったんだって……!!」


「そんな風に思えるわけないよ!! 君が生きていたとしても、許せるわけないでしょ!? 君がどう思おうと、僕は! 君のことを見捨てて、見殺しにしたんだよ!!」


 ……自分を、ぶん殴りたくなった。

 俺は、ダンクとの決闘で過去に踏ん切りをつけた。昔のことは消えねえけど、これからみんな前に進めるって……俺のことはこれで終わったって、そう考えてたんだ。

 全然違った。何も終わっちゃいなかった。自分だって、何年もめちゃくちゃ抱えてたのに、周りのやつが、こいつが、どこまで思い悩んでるのか……それを、想像できていなかった。


 何してんだよ。俺の親友は、あの後もずっと……俺のせいで、苦しんでたってのに。俺は、一人で勝手にすっきりして……それに全く気付けなかった!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ