消えない正義 2
「……ついでだからぶっちゃけるがよ、ハーメリア。はっきり言っちまうと、俺、お前の事が苦手だった」
自分たちのやってることが正しいって、疑いもせずに突っ走る姿。自分の正しさを振りかざして、暴走するところ。そんなこいつを見て……最初は正直、苛ついてもいたんだ。
「でもな、少し羨ましいとも思ってたんだ」
「……羨ましい?」
「世間知らずで、猪突猛進で、めちゃくちゃな事もしてたけどよ……でも、お前なりに正しいことを目指してたんだろ? そのために、やれる努力してきたんだろ? それは、俺からしたらすげえことだからさ」
こいつは、戦わなくたって良い立場だ。裕福な家に生まれて、特に不自由なくて……何とも関わらずのんびり生きてたって良かったのに、こいつはこうして戦っている。誰かのために、危険なことを率先してやろうとした。
俺は、自分が正しいなんて、思えたことなかったから……羨ましくて、尊敬して、ついでにちょっと妬ましかった。
「それでも……それは、正しくなかったんです。私の正しさは、ただの、独りよがりだった」
「そうか? 確かに、お前は失敗したんだろうよ。だけど、それで今までの自分を全否定ってのも、なんか違うんじゃねえか?」
絶対に正しいと思っていたことの間違いを突き付けられて、自暴自棄になるのは分かる。けど、間違いがあった、と、全て間違っていた、は違うだろ。
「お前が突っ走って、色んなやつに苦労かけてきたのかもしれねえ。でも、それで守れたやつだっているんじゃねえのか?」
「………………」
「そんなもんだ。俺が怒ったのは、それを自覚してちゃんとやれって話だよ。それともお前、これでもう、自分は正しくないで終わっちまうのか?」
「……分からない、ですよ。何が正しくて、正しくなかったのか……これから、どうすればいいのか……」
「だったら、考えていこうぜ。何が正しいかなんて、ちゃんと分かってるやつは多分どこにもいねえ。だから俺たちは、そのたびに選んでいかなきゃならねえんだ」
「……考えて、選ぶ……」
「考えて考えて、それでも間違えてることなんかザラにあるけどな。……海翔が言ってた。間違えてたとしても、自分の出した答えだからって。そう言える選択をできるようになりてえって、俺は思うんだ。そのためには、ちゃんと考えるしかねえだろ?」
ハーメリアが、何かに気付いたみたいに目を丸くした。その目に少しだけ、何かが戻ってきたみたいに見えた。
「……ガルフレアさんにも……同じことを、言われました」
「ガルに?」
「間違えているかもしれなくても、自分で判断して、選んでいかないといけない……どれだけ失敗しても、選ばないのは逃げなんだって」
「……ま、あいつは本当に色々とあったからな。あいつは特に、正しいのは難しいって、よく知ってるはずだ。だから、お前を心配してたんだろう」
昔のあいつは、正しい世界のために悪人を殺してきて……それが正しく思えなかったから、別の道を探した。選んでいくことから逃げなかった。正直、全部を肯定できるってわけじゃないけど……俺はそんなあいつのこと、本当に強いと思ってるし、そんなあいつだから信頼してる。
「何だって、表も裏もある。失敗を恐れて選ばなけりゃ、成功することもできない。……受け売りのさらに受け売りだけどな。お前はどうする、ハーメリア?」
「……私は」
「今すぐ決めろ、とは言ってねえからな。ただ……全部投げ出して止まっちまうのだけは、ダメだ。休んだって、足踏みしたっていいけど……生きていかなきゃならねえんだからよ、俺らは」
間違えば傷付く。失敗を恐れるな……なんて、無責任で好きじゃねえ言葉だ。けど、失敗しちまったなら、それを糧にできた方がいいんだろうとは思う。
昔の俺なら、そんな風に思えなかっただろうけどな。けっきょく、俺が立ち直れたのは周りの縁に恵まれたおかげで……なら、少しぐらいは恩を引き継いでいかないとな、なんて思ったりもする。
ハーメリアの顔を見る。そりゃ、これだけで元気になったようには見えねえけど……少なくとも、入ってきた瞬間と比べたら全然マシだ。
「よし! とりあえずメシ食いに行くぞ、メシ。悩むのだって、身体が元気なのが前提だ。マスター達も手伝いに行ってるから、美味いもん用意してくれるぜ?」
「……でも、砦はいま大変、ですよね? ゆっくり食事なんてして、大丈夫なんですか」
「大変だからだよ。どれだけきついことがあっても、生きてるんだから寝て食って、明日になるんだ。そんな気分にならなくても、な」
それが、生きてる俺らの役目だ。今がどれだけ大変でも、これからやばいって分かってても……それに立ち向かうために、普通にやるとこはやらねえとな。
「ああ、ただ……ここから離れるかどうかだけは、今日にでも考えとけよ」
「え?」
「分かってると思うがよ。今回の敵は、いくらなんでもヤバすぎる。次はどこで戦うかは分からねえが、ここが特に危ないのはそうだろうし」
赤牙も、特に瑠奈ちゃん達は、普通に戦える状態じゃねえ。一応、本人たちの考えを聞いてからだが、無理やり街に帰らせることも検討してる。
それで言ったらハーメリアも同じだ。今までも、無茶しそうだから逆に手元で見とくってのがロウの判断だったらしいし。今のこいつなら、家族のとこに帰らせるのが一番じゃねえかって俺は思う。
「一応言っとくけど、お前だからとかじゃなくて、全員聞かれてっからな? 離れたって安全とは言えねえだろうけど、ここよりゃマシだろ」
「………………」
「少なくとも、お前の親父さんとかは、ここまでヤバいっての知らねえだろ? 一度、ちゃんと話して……それでも戦うってんなら、全員を納得させるんだな」
俺がこうして言ってるのは、砂海のみんなは帰らせることに意見が向いてるからだ。まあ俺だってそう思う。
けど……もし、こいつがみんなを説得できるだけ、本当に覚悟できたなら。俺は、全力で力を貸してやるつもりだ。ヘリオスのぶんも……は、ちょっとかっこつけすぎか。逆に、そんくらいの言葉が見付からないなら、戦わせるつもりはねえ。
「……分かりました。ちゃんと、考えます。……その、アトラさん」
「なんだ?」
「すみませんでした。……それから、ありがとうございます。はっきりと……怒ってくれて」
「……なーに。俺様、謝られる意味も分からねえし、特に礼を言われることはしてねえぜ?」
敢えて、いつもの口調を作った。そういうのが大事なこともあるのさ、多分な。
俺たちに残された時間は少ない。けれど、見てやがれ、クソ犬に、クソ聖女。てめえらの思い通りになんて、させてたまるかよ!
ヘリオスが目覚めたって聞いたのは、翌朝のことだった。