消えない正義
そんな、色々なことがあった後。
俺はひとり、ジークルード砦の中を歩いていた。フィーネが少し気にしてきたけど、今回は俺だけでやらないといけないことがある。
今日はギルドもここに泊まることになった。何かあった時の戦力って意味もあるだろう。
闇雲に動いてどうにかなるもんでもねえ。敵の動きとかそのへんはマスター達に任せて……俺たちは、できることをやっていくしかない。
瑠奈ちゃん達も、疲れ切った顔をしていた。浩輝たちがあんな状態になっちまってるのはもちろんだが……あんだけ、たくさんの人が死んだんだ。エルリアのみんなには少し、重すぎたんだと思う。
こういうときに馬鹿みてえに自信たっぷりで、周りを勇気づけてた海翔のやつが、どんだけ大事だったかよく分かる。
俺は、色々と見てきたから、まだ耐えられてるけどな。……ベルのことは、やっぱきつい。でも、あんな啖呵を切ったんだから、今は前に進むって決めた。孤児院の一員として……残った俺が、この国のために。
そして、そんな考え事をしているうちに、俺の目的地に着いた。
砂海のみんなに割り当てられた部屋。その中に入って、目当ての相手が確かにいるのを確認した。
「……ハーメリア?」
砂海の連中に聞いた通り……ハーメリアはひとり、ベッドの中でうずくまっていた。俺が声をかけると、ぴくりと反応する。
散々に打ちのめされて、砦があんなことになって……心が折れちまってるって感じだ。
「飯ぐらいは食わねえと倒れるぞ。お前は、まだ育ち盛りだろ」
「………………」
「……えっと……」
何とか軽く話しかけてみようとしたけど、さすがに無理があった。状況が状況だし……俺のせいもある、よな。
あの後、けっきょく話す間もなくて……俺はこいつに、散々に怒鳴り散らしたまんまだった。余裕がなかったっつっても、もう少し早く話しとかなきゃいけなかったな。
「すまない、悪かった。さっきは言い過ぎた。ヘリオスの怪我を見て……頭に、血が昇っちまったんだ」
「ヘリオスさんの……怪我」
俺の言葉に、ハーメリアはようやく反応した。ゆらりと起き上がった彼女の顔は、泣き腫らした目と抑えられない激情でひどい有様だった。
「そうですよ……ヘリオスさんは怪我をしたんです! 死んでいたかもしれない怪我を、私のせいで!」
「お、おい、落ち着けって」
「私があの時、ヘリオスさんの言葉を聞いていたら……身の程をまきまえない突撃なんて、しなかったら! ……あんな、ことには……」
言いながら、今度は泣き出しそうな顔で俯く。感情がめちゃくちゃになっちまってるみたいだ。
ここに来る前に、ガルとちょっと話した。あいつはハーメリアと個人的に話して、元から気にしてたみたいだから。
自分のせいで、誰かが傷付いた。……正しいと思ってやったことが、最悪の事態を招きかけた。信じていたものが崩れたんだ。こいつの心が折れた直接の理由はそれだろうって、ガルは言ってた。
「あなたに、言われた通りです。私は、何も分かっていなかった。正しくやればいいだけだなんて、人にさんざん突き付けておいて……何の覚悟も、できていなかった」
「………………」
「……ごめん、なさい。分かっているんです。こんなことしている場合じゃないって。やらなきゃいけないことが、たくさんあるって。でも……」
怖いんです。囁くように弱々しく、ハーメリアは言った。この前までの彼女からして、信じられないくらいに力がない。
正しいと思っていたから、どんな無茶だってやれた……正しいか分からなくなったから、何もできなくなっちまった、か。
どうすべきだ、と考えてみた。こいつが傷付いたのは当たり前で、飲み込んで整理できるまで、ゆっくりさせてやるべきじゃないか……とも思った。
そもそも、どう慰めるべきだ? お前は悪くなかった? 違う。そんなこと俺も思ってねえし、何よりこいつ自身が分かってる。下手な慰めなんざ、どう考えたって逆効果だ。
……だけど。このまま放っておいたらいけない。
こいつは……時間をかければかけるだけ、自分を責め続ける、そういうやつだ。
俺の言ったことのせいもある。だから、俺は覚悟を決めた。多少強引でも、こいつの背中をぶっ叩く。
「なあ、ハーメリア。ちょっとだけ、聞いてくれよ」
「…………何、ですか」
「……やらかすのって、辛いよな。もう二度と取り返しがつかないんだって、怖くなって、逃げたくなるよな」
「…………!!」
「俺も……まあ、その気持ちは、分かるつもりだ。そんで、逃げるなとも言えねえし、ゆっくり休んだっていいとも思う」
一緒だなんて言わねえけど……思えば俺も、やらかしてばかりの人生だ。孤児院のこともそうだけど、それからの2年間も。マスターに拾われてからだって、色々な。美久のことなんか、どんだけ長いこと間違えてたんだって話だ。
「けど、ひとつ言っとくぜ。……お前は別に、まだ終わってなんかねえだろ」
「……え……」
「単純な話、ヘリオスは生きてんだろ。お前の失敗はまだ、取り返せるじゃねえか」
こいつがやらかして、ヘリオスはあんな怪我をした。でも、あいつの容態は安定してる。こいつのやらかしで無くなったもんなんて、ひとつもねえんだ。
そもそも、こいつがいなかったとして、ヘリオスがやられなかったとは限らねえ。もっとやばくなってたかもしれねえ。仮定なんていくらでもできて……だから、死んでたかもしれない、は怒る理由にしちゃいけねえ。
「……そんな、こと。私のせいで、死にかけたんですよ!? こんなの、どうやって謝ればいいんですか? 許してもらえるはずが……!!」
「そんなわけねえだろ。ヘリオスだぞ? そもそも怒ってもねえぜ、あいつ。賭けたっていい」
あいつが、自分が傷付いたことを誰かのせいにする? そんなわけねえ。そりゃ、俺だってあいつと会ったのは何年ぶりかだけどよ……それでも、あいつは何も変わってない。いや、むしろ……。……ともかく、ヘリオスがハーメリアに怒ってるとか、あり得ねえ。
「別に気にするなって言ってるわけじゃねえぞ。お前はいくつも反省しなきゃいけねえ。けどな……許してもらえるはずがない、なんてお前が決めんな。それはまず、話してから分かることだろ。それとも……許してもらえるはずないから謝らない、か?」
「…………っ……!」
許されるはずがない。謝って済むはずがない。大きなやらかしで真剣に苦しんだからこそ、そう思っちまったのは分かるけど……そういうのはだいたい、逃げ道になっちまうんだ。
言葉にされちまったら、気付くだろ。そんなの、自分勝手にも程があるって。
「謝るのに勇気がいるのは分かるし、後はお前がじっくり考えりゃいいと思うけどよ。ひとつだけ忠告しとくと……謝らなかった後悔ってのは、いつまで経っても消えねえぜ?」
何度だって、今だって思う。あのとき、みんなにちゃんと謝っていたら……きっと俺の人生は、大きく変わっていたんだろう。ベルとか、ダンクとか……ヘリオスにシスターも、こんな長いこと苦しめることはなかったんだろう。俺も、あんな地獄みたいな時間を生きる必要はなかったんだろう。
結果としてマスターに、赤牙のみんなに出逢えたってのはあるけど……それでもこの後悔は、帳消しになるわけじゃない。
そんな俺が偉そうだよな、とは思う。だからこそ、なんてのも調子のいい言葉だ。だけど、せめて同じ思いをしてほしくはねえから。




