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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
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知られざる惨劇の中で

 浩輝は、ただひたすらに願った。こんなのは嫌だと。こんなのは嘘だと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 その、あまりにも強く、激しい想いは――形を得て、具現化した。


「ああああああぁ!! うわああああああぁっ!!」


 浩輝の身体から、膨大な光が立ち込める。それは海翔の身体を、そして二人の周囲を完全に包み込んだかと思うと、制御を外れた力の奔流はそれに留まらず周囲に広がる。


「何だ、これは……!?」


 さすがのリュートも、突然の事態に狼狽を見せる。もしもこの男が、浩輝にも力を使っていれば、彼らの勝利だっただろう。ただの子供だと甘く見てしまったことが、どうせなら兄の死に様を見せてやろうという悪辣な趣味が、明暗を分けた。



 ――ここから先のことは、浩輝たちの記憶にあるものではない。故に、ガルフレア達がその詳細を知ることはない。ただ、結果から推測することしか出来ないだろう。

 だが、今はこの惨劇の全てを、ここに記す。



 時の歯車。時間を操る異能。それの覚醒・暴走により生み出された光が、周囲に溢れ、倉庫中を満たしていく。

 それを発現させている浩輝の胸中にある思いは、無かったことにすること。すなわち、この光が持つ作用は――触れたものを、過去へと誘う力。青年期の彼に課せられた制約も、この時は意味をなさない。


「はっ!? 何だこりゃ……!?」


 光の余波を浴びた者の銃が、突如として崩れていく。ものの数秒で、それはただの金属片の集まりになった。

 暴走のためか、何から何までというわけではない。彼らの所持品が、無秩序にそのカタチを過去へと戻されていく。ヒトには作用を見せなかったが、それ以上の致命的な事象が起きようとしていた。


「っ……!! お、おい! この力、建物にも!!」


 誰かが気付いて叫んだ時には、もう手遅れだった。

 形を成す前にまで巻き戻される力。それが、建築物に作用すればどうなるか。その場にいた全員が、それを思い知ることになる。


 壁が砂のように穴を空けていく。柱が形を失う。天井が、上階がそのまま落ちてくる。


「く、崩れる……!?」


「あっ、うわあああぁーー……!!」


 悲鳴を残して、崩れる建物に潰される者がいた。逃げ出そうにも、戦闘の傷で満足に動けない者も多く、それ以前に倒壊はあまりにも急速に進んでいった。

 PSや武装で迫る天井を退けようとした者もいた。半狂乱になって誰かが炎を放ったが、その爆炎はただ、仲間だった者を吹き飛ばすだけだった。

 点火する。炎が燃え広がる。崩れていく天井が、逃げ道を塞ぐ。一瞬にして、全てが地獄と化していく。



 いつしか、光は鎮まっていた。白虎の少年は、力を使い果たして倒れている。そして、青竜の身体には――傷一つ、残っていなかった。撃たれる前と同じ状態。その身体が、縮んでいることを除けば。


 立っているのは、ふたりの英雄だけ。

 リューディリッツの姿は、見渡す限り見えない。逃げようとしていたのは確かだが、既に潰されたか、焼け死んだか、あるいは逃げおおせてしまったのか。この時のふたりには分からなかったし、それを考える時間も残っていない。


「……ごほっ。あ、茜……」


「はあ、はぁ……悠、馬……」


 悠馬の能力で、二人は何とか倒壊に呑まれずに済んでいる。だが、彼の余力はほとんど残されていない。今は、子供たちを庇うので精一杯だ。

 悠馬も茜も、戦闘で瀕死の傷を負っていた。互いの姿を見て、どちらも理解する。愛する人は、もう助からないと。


「ごめん、な。茜。オレ……」


「……私、も、ごめんね。でも……せめ、て……」


 だからこそ、二人は、最後の力を振り絞った。相手もそれを望んでいるのは、何も言わなくても分かった。

 おぼつかない足取りで、子供たちの元へ。海翔が規則正しい呼吸をしている様子は、二人にとって最後の救いだった。


「二人、にも……あいつら、にも……許して、くれとは、言えねえ、な……」


「……本当に、ごめんね……。あなた達には、きっと、辛い思いを……」


 悠馬が海翔を、茜が浩輝を背負う。その重みがさらに血を流させたが、二人にはもう躊躇いはない。最も愛する人を救えない無念は残っていたが、それでも。

 出口に向かって、最後の力を振り絞って走る。自分と、愛する人の、最期の願い。それだけは、絶対に叶えてみせる、と。


「……愛して、いるわ。ずっと、ずっと。だから……どうか……」


「オレたち……の、ぶんも……生きろ、よ……」


 愛の言葉は、他の誰が聞くこともなく。

 全てが、倒壊の轟音に溶けて消えていった。







「な、んだ、これは……悠馬! 茜ぇっ!!」


「…………っ。聞こえるなら返事をしろ、二人とも!」


 慎吾と誠司が駆け付けた時には、全てが終わっていた。

 倒壊した倉庫。その下敷きになって、息絶えた者たち。焼け焦げて、押し潰されて、もはや原型すら分からない遺体も多かった。

 そして、何よりも重要だったのは、ここにいるはずの友と、その子供たちの姿が、どこにも見えなかったことだ。最悪の事態を思考から振り払いながら、彼らは走り回った。

 あの地獄を共に生き延びた二人がこんなところで終わるはずがない。そう信じて。




 ――それでも。

 現実は時に、あまりにも呆気なく、そして残酷であった。


「……あ……ぁ……」


「……何故……こんな、ことに……」



 意識を失って倒れた浩輝と海翔。

 それを庇うように覆いかぶさって――大切なものを守りきった、二人の英雄の亡骸があった。





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