時が凍てついた日 4
「なんだそりゃ、どっから出した!?」
「そんなもん、何でエルリアの一般人が!? いや……そもそも今、何をしやがった!!」
「この国とオレらを、舐めてんじゃねえ!! ……浩輝、海翔! 心配すんな、父ちゃん達に全部任せとけ!」
「怖かったわよね……いま、助けてあげるから!」
この状況でありながら、両親は子供たちに向けて、笑顔を見せた。
怯えたように見せたのは、ただの芝居だ。連中は、二人を見誤っていたことを、すぐに思い知らされることになる。
「命までは、取らねえけどよ。さすがに、優しくしてやりゃしねえぞ……!」
「覚悟してもらうわよ。……私たちの子供を、よくも!」
そうして、二人の戦士は、自分たちを取り囲む集団の鎮圧を始めた。悠馬が軽々と振り回した銃剣が、近くにいた二人を吹き飛ばす。斬らずに叩き付けなのはせめてもの情けだが、重い金属の塊で殴られた相手は骨を折られ、そのまま地面に転がる。
もちろん、襲撃者たちもただやられるばかりではない。だが、二人に放たれた銃弾は、先と同じく彼らを傷付けないどころか、何故か撃った本人がそれに貫かれている。痛みに怯んだ相手に、容赦なく茜の射撃が襲いかかり、戦闘不能にしていく。
「な、なんだと……!?」
襲撃者たちは、ひどく混乱していた。自分たちの受けた仕事は、単に一般人を二人誘い出して、殺すだけ。裏があることを疑ってはいた。だが、まさかターゲットにここまでの戦闘能力があるなどと、予想だにしていなかったようだ。彼らを雇ったクライアントは、あくまでもターゲットを「一般人」だと言っていたのだから。
「……あの依頼主には、全てが終わったら報いを受けさせてやらねばな」
ただ一人、冷静だったのはリュートだ。もっとも、彼にとってもさすがに予想を上回る事態だった。自分たちを使おうとする時点で警戒はしていたのだが、明らかな格上にぶつけられるとまでは考えていなかった。
下手を打ったことをコヨーテは理解した。このような相手であれば、趣味もリスクも度外視して、もっと手段を選ばず一方的に仕留めるべきだった、と。
「ち、くしょう! おい、動くなお前ら! ガキ共がどうなってもいいのか!?」
「――もし二人を傷付けてみろ。その瞬間にお前は、蜂の巣の粉微塵にしてやる」
「ひぃ……!?」
「もちろん……させるつもりもねえがな!」
本気の殺気をぶつけられ、子供たちに銃を向けようとした男は動きを硬直させた。命のやり取りをしてきた傭兵すら怯えさせるほどの眼光だ。
そして、悠馬の銃剣から放たれた弾丸が四方八方からその男に迫り、正確に四肢を撃ち抜いた。その男は悲鳴を上げるとその場にうずくまった。
「反射……いや、方向転換か? その様子ならば、すでにあいつらも保護しているか……!」
「試してみるかよ? その時には、お前の手に風穴が空いてんがな!」
何かしらエネルギーの向きを変換するPSは珍しくない。言ってしまえばありふれている。だが、悠馬の持つ力は格別――紛れもなく、その最高峰に位置するものだった。
指定した空間の中で発生した運動エネルギーの転換。銃弾に限らず、物理的な衝撃であれば全てを対象とすることができる。特筆すべきは、その効果範囲の広さだろう。リュートの考察通り、子供たちはとっくにその力により守護されていた。最初から強気の攻めを行えたのも、そのためだ。
さらに、彼は長年の修練により、同時に異なる効果を発動することすら可能だった。守りには反射による防御と反撃を。攻めには己の銃弾を複雑な軌道に。そして接近戦では、達人の銃剣術が襲いかかる。
「この、調子に、ぐがっ!?」
「調子に乗っているのはどちらかしらね。あなた達のしでかしたことは、許されるものではないわよ!」
そして、茜はライフルを軽々と扱い、的確に相手の防御の隙間を縫って撃ち抜いていく。悠馬のアイゼンレクイエムと同様、彼女のライフルもグランニウムが使用された彼女のための逸品だ。与えられた名は〈蜃気楼〉。
「ちっ、銃は駄目だ! 陣形を組んで突っ込むぞ!」
それでも、連中も素人ではない。相手が脅威であることを認めると、すぐさま態勢を立て直す。
彼らがまず狙ったのは、後衛の茜だ。その判断そのものは、適切だろう。数名が引き付けたところを、加速の能力を持った者が突撃、一気に切り崩そうとした。
だが、その刃が茜に届こうかとした直前、彼女の手で何かが煌めく。
そして、一瞬の後、男は突如として現れた大盾に、その身体をぶつけることになった。
「ぐぶっ!?」
「生憎だけれど、弱点を放置するほど間抜けではないわよ?」
衝撃に怯んだ男を盾で押し返すと、離脱しつつ銃撃を浴びせる。
茜のPSは、物質の操作。その中心となるのは、質量の操作である。触れたものを圧縮し、見た目やサイズのみならず、重量すら変化させる。圧縮したものを他者に渡した上で、遠隔で復元することも可能だ。
この力を利用して、彼女は多くの武装を巧みに操り、その戦場に適応する。平和を手にしてからも、非常時には即座に持ち出せるよう、備えていたのだ。
「くそ、何なんだよこいつらは!」
「ちくしょう、割に合わねえにも程があるぜ……!」
傭兵たちは大混乱だったが、状況に困惑していたのは、浩輝たちも同じだ。両親のPSは、大まかには知っていたつもりだった。だが、こうして実戦で戦う二人を見たのはこれが初めてだ。もちろん、じっくりと観察する余裕などなかったが。
「お父さん達、あんなに強かったの……?」
「だけど、これなら……浩輝!」
海翔は目立たぬよう小声で、浩輝に呼びかける。連中は両親に気をとられて、こちらを見る余裕がない。そして、浩輝も気付いた。兄を拘束していた縄が、焦げて切れていることに。
「あ……!」
「ちょっと時間がかかったけど……待っていろ、お前のも!」
この時点で海翔は、PSに目覚めていた。鱗が変色しない程度の出力で炎を上手く使って、拘束具を焼いたのだ。注目が外れているうちに、浩輝の拘束も外しにかかる。
「浩輝、走れるか?」
「……う、うん……!」
「……大丈夫だ。兄ちゃんの手をしっかり握ってろ」
海翔の手も、震えていた。それでも、兄の手を握ると、何とか頑張れる気がした。
自分たちが逃げれば、両親もやりやすくなるはずだ。動くのは怖かったが、それでも二人は勇気を振り絞った。戦闘に巻き込まれないようにしつつ、とにかく走る。
「お、おい、ガキ共が!」
「構ってる場合かよ!」
逃走に気付いた者もいたが、彼らも戦闘で手一杯だ。悠馬のおかげで、流れ弾も二人には当たらない。それでも心臓は恐怖に荒れ狂っていたが、一心不乱に入口へと向かった。
「二人とも、そのままこっちに!」
いけると、そう思った。もう少し、もう少し、そう己を鼓舞する。両親も、二人を逃がすために全力で援護した。
そして――
「物事とは、そう簡単には行かんものだぞ?」
――リュートが、指を鳴らした。
そして、海翔の腹から、鮮血が迸った。