時が凍てついた日 3
「いずれにせよ、人質を使う場合は早さが重要だ。何かしら策を練って乗り込んでくる可能性もある。気は抜くんじゃないぞ、お前たち」
「この平和ボケした国のやつらに、そんな根性があるもんかね? 下調べじゃ、そいつらが一般人なのは間違いなかったんだろ?」
「追い詰められた獲物ってのはけっこう厄介だぜ? 何するか分からねえからな。ま、それも所詮は素人の抵抗でしかねえが」
この集団は、明らかに戦い慣れている。各々の鍛え上げられた肉体や、物々しい武装を見れば、浩輝たちにもそれが分かる。特にあのコヨーテは危ない、と。
リュートはそんな二人の怯えを見て、こちらに近付いてくる。そうして、海翔の肩に手を置いた。海翔は負けじと、男を睨み返す。
「勇敢な目だな。ふ、お前のようなやつは嫌いではないが」
「……弟には、手は出すなよ……!」
「そうかそうか、兄の意地というやつだな。まあ、大人しくしておけ。俺はともかく、他の奴らは血の気が多いから、反抗的だと怪我をするぞ。お前たちには、これから役に立ってもらわなければならんのだ」
「何言ってんだ、血の気どころか血を浴びてばっかのお前がよ!」
仲間の野次に周囲が笑う。当然、浩輝と海翔にとってはおぞましい内容だ。海翔も本当は、恐ろしくて泣き叫びたかった。一人ならば、耐えられなかったかもしれない。
さらに、このままでは両親の命が奪われるという事実も、二人の心を追い詰めていく。
(お父さん、お母さん、来ちゃ駄目……!)
浩輝は、恐怖の中で心から祈った。彼らはどう見ても普通ではない。自分たちの身はもちろんだが、その前に両親が殺されるのなど絶対に見たくない。
だが、その祈りも虚しく、と言うべきか。倉庫の扉が開くと、そこには虎人と竜人が並んで立っていた。その後ろには、二人に銃を突きつける男たちがいる。
「へっ、やっと来たか」
「海翔、浩輝……!」
「ああ……なんて、ことを……」
「と、父さん、母さん……」
ついに来てしまった両親を見て、浩輝と海翔は絶望的な顔を浮かべた。拘束された子供たちの姿を見て、いつも明るいはずの父は憤怒の表情になり、いつも朗らかだった母は嘆きを露わにする。
「おら、とっとと中に入れ。立ち止まるんじゃねえ」
「抵抗するんじゃねえぞ? その瞬間、先に大事な子供たちからおだぶつだぜ?」
「……目的は、なんだ。金かよ?」
「へへっ。自由だよ。あんたらを殺せば、俺たちは自由になれるんだ。そういう契約でな」
「私たちを殺すこと自体が目的、ということ? いったい、誰の差し金で……?」
「おっと、質問を許可した覚えはないな。いいから、黙ってそのまま前に進みな。子供の死に様なんて見たくないだろう?」
その脅しに、二人は押し黙る。そのまま倉庫の中心へと進んでいく両親。逃げられないところまで誘ってから、殺すつもりなのだろう。
「だ……駄目! 来ちゃ駄目! お父さん達が、殺されちゃう!!」
「ったく、うるせえぞガキが。先に喋れなくしたっていいんだぜ」
「っ……!!」
「止めろ!! ……分かった、大人しく従う。だから、ふたりに手を出すんじゃねえ……!」
必死に叫んだ浩輝に、何の躊躇いもなく銃口を向ける男。浩輝は息を詰まらせて、それを悠馬が必死に止めると、二人はゆっくりと歩いていく。浩輝たちには、どうしようもなかった。
「く、そ、父さん、母さん……!」
「随分と物分りが良いな。お前たち、もうすぐ殺されるのは分かってんだろ?」
「……子供の命と、替えられるものではないわ。だから、あの子たちに乱暴はしないで……!」
「心配するな。ちゃんと考えてやるとも」
もちろん、虚言だ。そんなことは、全員が分かっていた。二人を殺した後に、子供たちも口封じされるだろう。それでも悠馬と茜に、他の選択肢はないのだ。――取り囲む集団は、そう思っていた。
少しずつ歩みが遅くなる。いかに子供のためであろうと、死が間近に迫れば恐怖する。そう解釈するのは、自然だと言えた。
だが、それも永遠に続くわけではない。全員に取り囲まれたところで、二人は足を止めた。
「……冥途の土産に、聞かせろよ。いったい、誰がこんなことを……?」
「はっはっは、少しでも時間稼ぎたいってか? まあ、落ち着けよ。いきなり頭ぶっ飛ばして終わり、なんて勿体ないことしねえさ」
「勿体ない……?」
「俺たちゃ、元々は傭兵でな。ただ、少々やんちゃが過ぎちまったせいで、規定違反で資格剥奪ついでに、投獄されちまってよ。ま、経緯は違うが全員そんな感じだ」
傭兵。その言葉に、連中が屈強である理由を理解した。そして、そのやんちゃの内容が碌でもないことは、聞かずとも分かる。
「ま、なんだ。要するに俺らみんな、ストレスが溜まってんだよ。久しぶりに暴れられる機会、呆気なく終わっちまったらつまんねえだろ?」
「まったく、少々喋りすぎだ。いくらこれから口無しになると言っても、口の軽さは致命的だぞ?」
「へいへい。そんじゃ、始めるとすっかね。どっちからやる?」
「男からだな。その女、歳の割には上玉だ。色々と楽しんでおかないと損だろう?」
「…………っ」
悠馬がぎり、と牙を食いしばる。死への恐怖か、妻を穢される怒りか。どちらであろうと、連中には関係ないが。彼に向かって、数名が銃口を向けた。
「ふん、その強気な顔、いつまでできるか見ものだな? さあ、まずは手足から、じっくりと潰してやろう!」
「お父さんっ!!」
「駄目だ、止めろぉっ!!」
そして、数発の銃声が響く。その瞬間、浩輝と海翔は我を忘れて叫んでいた。そして。
「があぁ、あっ!!」
悲鳴が、倉庫の中に響き渡る。
――銃を向けていた男たちの悲鳴が。
「は……?」
何が起きたか、周囲は理解できなかった。ただ、撃った数名が例外なく手を押さえて苦しんでいることと、彼らの手から鮮血が溢れていることは間違いなかった。
対する悠馬には、傷ひとつない。反撃をされた、という事すら、気付くのに数秒の間があった。何故なら彼は、身動ぎひとつしていないのだから。
「悠馬!」
「おうとも!」
茜が、何か光るものを取り出した。かと思うと、それは瞬く間に悠馬の手へと移動していた。そうして光は広がり、形を変えていく。一連の変化は、時間にして数秒。悠馬の手に握られていたのは、巨大なブレードライフル。彼の相棒としてカスタムされた銃剣だ。
一方、茜もまた別の光を掲げる。同じく数秒とかからず、彼女の手には真紅のライフル銃が握られていた。それを見て、連中もようやく異常事態を理解する。