時が凍てついた日 2
浩輝が目隠しを外された時には、全身を縛り付けられていた。
捕まった瞬間のことは、いきなりすぎてよく覚えていない。ただ、背後に忍び寄った男に刃物を突き付けられ、有無を言わさず車に連れ込まれた。兄は浩輝を助けようと抵抗を見せたが、容赦なく殴られ、すぐにねじ伏せてしまった。
誰もが火事に注目していたのに加えて、何かしら能力による隠蔽がされたらしい。誰も、その凶行に気付くことができなかった。
「しかし、随分と地味な手だったな……どうせやるなら、辺り一面燃やすくらいで良かったんじゃねえか?」
「被害が増え過ぎれば捜査の手が早まるし、逃げ惑う者が出れば目撃のリスクも増えるだろう。案外、あの程度が丁度いいのさ」
隣には、同じように縛られた海翔。顔には痣ができているが、今のところ大事はなさそうだ。
そして目の前には、数名の男たち。誰も彼も屈強な体つきをしており、戦い慣れていることが見て取れる。
周囲を見渡すと、かなりの広さがある大きな室内だ。どこかの倉庫だろうか、と浩輝は思った。空気もどこか埃っぽく、しばらく使われていなかったであろうことが見てとれる。
「何なんだよ、あんた達……! 何が目的だよ!」
「まあ、そう吠えるな。大人しくしていれば、何もせん。今はまだ、な。だが、暴れるつもりならば、無理矢理に大人しくなってもらうぞ?」
「…………!」
リーダーと思われるコヨーテの男は、残虐な笑みを浮かべながら言った。海翔は、即座に口をつぐむ。抵抗すれば本当に殺される、というのが二人にも分かった。
「ったく、それにしても、なんでガキの誘拐なんか。面倒ったらありゃしねえ」
「ぼやくな。これが上手く行ったら、晴れて自由の身。報酬と比べたら安すぎる仕事だろう?」
「けどよ、リューディリッツ。俺らを解放してまで、こんなことやらせてきてんだ。何か裏があるように思えねえか?」
リューディリッツと呼ばれたコヨーテの男は、仲間の不安がる声にふむ、とわざとらしい声を出した。
「鉄砲玉にされていないか、と?」
「そういうこった。……まあ、やるしかねえから参加してるんだけどよ。油断はしねえ方が良さそうだぜ」
「無論、油断はしていないとも。連中が俺たちを利用しているのなど承知の上だ。しかし、俺たちという道具が廃棄されないためには、今は従って成果を上げる他はあるまい」
「廃棄、ね。成果を上げたら上げたで、危険扱いされないもんかね?」
「なに、不安は分かるが、無策というわけではない。ここに来るまでにできる備えはしてきたとも。今はただ、この子供たちを上手く使えばいい」
「……いや、そうだな、悪い。お前がそう言うなら、後の事は何とかなるか。今はとにかく、仕事を終わらせるのが先だな」
自分たちを道具としか見ていない様子のその会話に、浩輝は思わず身震いした。恐怖に支配された頭で、必死になってこの状況の意味を考える。海翔にも考えを聞きたかったが、下手に口を開くのが危険なのは分かる。
(目的の相手って、もしかして……お父さんたち……?)
自分も兄も、特別なことはないただの子供だ。それを使っておびき寄せる相手など、両親ぐらいのものだろう。だが、だとしても何で、という以上のことは思いつかない。この時の彼らは、英雄の血筋など知る由もないのだから。
「しかし、ムカつくったらありゃしねえな……人を檻にブチ込んどいて、良いように駒にしやがって、あの成金牛野郎が」
「そう言うな。おかげで、囚人生活からもおさらばできるのだ。この恩は成果で返さねばな」
「はっははは! 恩? お前に一番縁のねえ言葉じゃねえか、リュート。自分がどうして捕まったのか理由を忘れたのか?」
「くくっ、そう言うな、ノートン。……単に、使えるものは使うというだけだ。権力とは便利な道具だぞ?」
「さすが、元貴族が言うと説得力があるねえ」
リューディリッツと付き合いの長いらしい男が揶揄するように言うと、コヨーテはわざとらしく牙を見せながら笑ってみせた。
「いずれにせよ、餌は撒いた。間もなく、標的はやってくるだろう」
「二人だけで来るように脅しをかけさせてんだろ? 素直に従うかね」
「さあな。その時は、どちらか片方の無惨な死体の写真でも贈ってやるとしようか。言うことを聞かないから子供がこうなったぞ、とな」
「…………っ!!」
まるで日常会話のような軽さで、自分たちを殺すと言われて、浩輝の毛が逆立った。恐怖に、今にでも叫びそうだった。そうせずに耐えられているのは、隣の兄が耐えているからだ。
そして、やはり相手の狙いは両親であるようだ。自分たちを餌に、この場におびき寄せようとしているらしい。
「はあ、にしても面倒くせえ。どうせターゲットを殺すなら、家ごと爆破でもしてやりゃ良かったんじゃねえか?」
「それだと面白くないだろう。何しろ、久々の機会だからな。子供の前で無力を噛み締めさせて、じっくりといたぶりながら死なせてやるとしよう」
「ほんと悪趣味だよな、お前。まあ、俺らもストレス発散させてもらうにゃ丁度いいか」
「……ま、待ってよ。こ、殺す!?」
さすがに黙っていられなかった。思わず声を上げた浩輝に視線が集まり、少年は身を縮めたが、それでも聞き捨てならない。
「お、お父さんたちを殺すって……どうして!?」
「どうしてもこうしても。それが、俺たちの受けた依頼だからだよ。へっ、にしても、あんな奴らから狙われるなんざ、どこで恨みを買ったんだろうな?」
「ふざけるなよ! そんなこと……うっ!?」
「ギャンギャン喚くなガキが。喋れなくしておいてもいいんだぜ?」
「兄ちゃん!!」
反発しようとした海翔の腹に、近くにいた男が蹴りを入れる。咳き込む少年を見て、連中は下卑た笑いを浮かべていた。本当に外道の集まりだということが、嫌でも理解できた。
「くくっ、心配するな。お前たちの扱いについては、何も言われていない。全てが終わったら、逃してやってもいいぞ?」
などと笑いながら言うリューディリッツは、その顔に浮かぶ嗜虐的な感情を隠そうともしていない。そもそも、先ほどの舌の根も乾かぬうちだ。
彼の言葉が何一つ信用に値しないのは、二人にも理解できた。彼らに、自分たちの口を封じる利はあっても、自分たちを逃がす意味はどこにもないのだ。
「に、兄ちゃん……」
「…………。大丈夫……大丈夫だからな、浩輝。俺が、絶対に、何とかするから」
「くくっ、麗しい兄弟愛だな」
揶揄するようなリューディリッツの言葉に、海翔はせめて反応しないことで反発する。それには特に何も言わず、コヨーテは仲間の方に向き直った。