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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
2章 動き始めた歯車
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空間転移

「なあ、ガル」


 瑠奈の姿が見えなくなってから、蓮が俺の名を呼んだ。


「どうした?」


「実のところ、お前はどう思っているんだ?」


「……何がだ?」


「さっき暁斗が言ってた、ルナとの話だ。聞こえてたんだろう?」


「え!?」


「……ああ。聞こえていた」


 俺は、獣人の基準としても耳が良い。俺の答えに、暁斗があたふたとしている。


「あ、あのよ、ガル。別に深い意味はなくてだな?」


「俺もそこまで馬鹿じゃないさ。俺と瑠奈が男女の関係になりつつあるのか、という意味だろう?」


「……う」


 真っ向から問うと、暁斗も観念したように頷いた。

 確かに、昨日も二人きりで出かけたし、そうでなくともひとつ屋根の下で暮らす関係だ。そういう噂が立ってもおかしくはないのだろう。


「……彼女と共に過ごすのが、楽しいのは確かだ。だが今は、お互いそういう感情ではない、と思う。俺にとって大切な存在であるのは、間違いないがな」


 俺とて、男女の関係が理解できないほどに幼いつもりはない。しかし、出逢ってからまだひと月だ。彼女からしても、昨日のデート云々は、明らかに冗談だったからな。

 俺が彼女を大切に思う理由。それは、助けられた恩か。慎吾に任された義務感からか。教師としての責任感か。家族としての親愛なのか。それとも、彼らが言うような感情なのだろうか。

 暁斗の呟きを聞いてから今まで、少し考えてみた。だが、そうだと言い切れるほどの実感はなければ、そうではないと言い切ることもできなかった。少なくとも……彼女と共に、家族として生きるこの日常が、続いてほしいと願ってはいる。


「それを聞いてきたのは、お前が彼女のことを好きだからか?」


「……なんだ、気付かれてたのか」


「確信があったわけではないがな。お前達の関係を眺めていて、何となくは感じていた」


「そうか。張本人以外にはすぐ気づかれるってのも、情けないけどな……」


 意外と、蓮はあっさりそれを認めた。元々、俺が言わなくてもその話をするつもりだったのかもしれない。


「あ、誤解はしないでくれよ。別に、お前があいつを好きだったら何か言おうとしてた、ってわけじゃない。ただ、確認しておきたかっただけだ。今のお前がどう思っているのかさ」


「……それでいいのか? いきなり現れた俺がそんなことを言えば、普通は不快だろう」


「おれだって、あいつにちゃんと言えてるわけじゃないしな。偉そうに口出しできる立場じゃないよ。それに……おれは、あいつが幸せになれるなら、誰を選んでも構わないって思ってるんだ」


 それは、とても一図に彼女を想っていることを表した言葉だろう。


「最後はあいつが決めることだ。お前か、他の誰かか……おれ以外が選ばれたって、恨んだりはしないつもりだ。はは、なんて偉そうに言ったって、その時にちゃんと割り切れるかは分からないけどさ」


「……大人だな、蓮は」


「そうでもないさ。そうありたいから、頑張ってはいるつもりだけどな」


 大人でありたい、か。そう思い行動できるのは、難しいことだと思う。……彼らを導く教師となったはずの俺は、果たして胸を張って大人であると言えるだろうか。記憶に怯えて、ここにある幸せにしがみつこうと必死になっている俺は。


「今はこの話は終わりにしよう。ルナが帰ってきてもマズいからな」


「ああ、そうだな……」




 ――俺がそう答えるのと、どちらが先だったか。

 突如、激しい耳鳴りが俺を襲った。




「…………!?」


「……何だコレ……!?」


「お、お前もか、コウ?」


「みんなも感じているのか……?」


「あ、ああ」


「全員、みたいだな」


 みんながおかしな感覚を訴える。周りの人々も同様らしく、辺りが騒がしくなってきた。


 だが、何だ? 耳鳴りの不快感以上に、奇妙な感覚が湧き上がってくる。


「俺、は……う……」


「が、ガル……どうした!?」


 これは……この感覚は。俺は、これを、体験したことが、ある……?


 記憶にはない。だが、俺の脳に残された何かが、直感として俺に伝える。これは、危険だ……!


「……舞台だ!」


 どこからこの異常な感覚が発生しているのかを感じ取り、俺は反射的に声を上げる。みんなの視線が、リングに集中した。そして。


「……な」


「何だ……アレ!?」


 それは、あまりにも異様な風景で、上手く表すことができない。

 敢えて言葉にするならば――空間が、ねじ曲がっている。その表現が適切だろう。


 最初はわずかな歪みだった。しかし、それは時間が経てば経つほど、明らかな異常として視認できるようになる。まるで、ここではないどこかと空間が混ざりあっているかのように。


「く……駄目、だ!」


「駄目って? ガル、何か知ってんのか!?」


 俺の頭の中で警鐘が鳴り続ける。ここにいては危険だ、逃げなければいけない。だが、多くの観客や選手は、状況を理解できずに固まっている……それに、瑠奈はどうする?

 俺が何もできないうちに、歪みはさらに広がっていく。このままではいけないのは分かっていても、どう行動すべきなのかを思い付かない。何かが湧き上がる感覚に、思考がかき乱されてしまう。


 一瞬、歪みの向こうに、()()が見えた。


「…………!」


 俺がそれに気付いた辺りから、歪んだ空間の膨張が、急激にスピードを増した。そして……その向こうに見えるものが、はっきりとした輪郭を表していく。


「あれは……ぐ……!?」


「ガル!?」


 激しい頭痛が襲い掛かり、俺はたまらず片膝をついてしまう。頭の奥底から、何かが濁流のように溢れてくる。

 ……そうだ。間違いなく、俺は知っている。あの現象は……!


「空間転移の、前兆だ……!!」


 俺がそう口にしたのと、どちらが早かったか分からない。歪みは急速に収束を始め、転移は最終段階を迎える。



 ――そこから現れたモノは、全員の想像を超えていた。



「……な……」


「マジ、かよ……」


 地響きを立て、ソレは現れる。空間を引き裂くようにリングに降り立った巨体に、みんなは完全に絶句してしまった。



 それは、一言で形容すれば、巨大な雄牛。

 二足歩行をしてはいるが、その体躯は一般的な牛獣人のそれとはかけ離れており、頭まで軽く4メートル強はあるだろう。

 全身を覆うのは、赤い毛皮と、屈強な筋肉の鎧。角は禍々しい形状にねじ曲がっており、牛とは違って鋭い牙を剥き出しにする姿は、まるで悪魔のようでもある。


 まさか。こんなモノが、なぜこの場所に……!


「……UDB……」


「〈牛鬼(ミノタウロス)〉……!?」


 エルリアには生息していないはずの、強力な魔獣。その姿を、会場にいる全員が呆けたように見つめ……少しの間を置き、状況を理解した人々が、悲鳴を上げた。

 このような場合、ひとりが叫べば後は連鎖だ。皆が恐慌にかられて、我先にと逃げ出す。


「お、おれ達も逃げないと!!」


「だ、だけど、瑠奈がまだ!!」


 そうだ、瑠奈と合流しないといけない。だが、このままではみんなも危険だ。俺が、何とかしなければ……!


「みんな! 俺が瑠奈を捜しに行く。お前達は、先に逃げて……」


 ――俺の言葉を遮るように。出入り口の辺りで、新たな悲鳴が聞こえた。











「転移は上手くいきましたか」


 人混みに紛れ、舞台を見下ろす二人組がいた。


 一人は人間の男。目つきが鋭く、髪は金髪。年齢は、中年と呼べる範囲と思われる。顔立ちそのものは悪くはないが、その人を見下したような笑みは、相手に良い印象を与えないだろう。

 そして、もう一人の容貌は、まさしく異様としか言えない。全身を黒いマントのような衣装で覆い、頭部もまた、漆黒の仮面で全てを隠されていた。先に発した言葉は彼のものだが、それも機械によって変換された合成音声だ。

 頭部の形状から、恐らく人間であろうことは予想できる。だが、それ以外には性別すら定かではない。あくまでも便宜的に、男性として振る舞ってはいるが。


「後は戦力も含め、お渡しした物を好きに利用するといいでしょう」


「これほどの技術を貸し与えてくれるとは。感謝します、マリク殿。おかげで我らの計画を大幅に前倒しできました」


「礼には及びませんよ。あなたにはそれを使うだけの力がある」


 マリクと呼ばれた仮面の人物がそう言うと、金髪の男は口元を歪めた。自分の力を認める発言に、気分を良くしたようだ。


「しかし、この空間転移技術と言い、あのと言い、あなたの技術にはただ感嘆するのみです。どのようにして、そこまでの知識を身に付けたのですか?」


「長年の研究の成果とだけ言っておきますよ」


 どうやら人間は仮面から何かを聞き出そうとしたようだが、仮面はそれを受け流す。そう簡単にはいかないか、と人間は内心で舌打ちした。


「ですが、油断はしないことです。先に説明しましたが、この会場には彼らもいる」


「問題はありません。例の二人には部下を交渉に回していますし、あの男は私が処理します。その情報をいただけたことにも感謝していますよ」


「クク、そうですか」


 マリクが笑ったその意味に、自惚れた男は気付かない。


「さて。では、この国の平和ボケした者共に、自分達が偽りの平和の中にいることを、思い知らせてやるとしましょう」


「ええ。私はこれより帰還しますが……あなた達の成功を祈っていますよ」


「お任せ下さい。では、私は部下と合流します。入り口で祝砲も上がったようですからな」


 人間の男は、次なる目的のために、その場を後にする。彼が去ってから、仮面は呟いた。


「せいぜい派手に踊りなさい、愚かな道化よ。クク、私が言うのも妙ですが」


 自らを道化と称する仮面は、嘲笑う。道化である事に気付きすらしていない男を。


(これで、英雄達もまた、世界の流れに取り込まれるでしょう。そして、彼もね。さあ、この混沌の舞台が、どのような結末を迎えるか……私はせいぜい、観測させていただきましょう)


 ただ愉快そうな笑いを漏らし、漆黒の仮面はその場から消えた。





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