巻き戻された歯車
……砦の惨状を、手分けして落ち着かせてから……赤牙は、一室を借りて集まっていた。
マスター達や他のギルドも、もう砦に合流している。ウェア達は、自分たちが不在の時に起きてしまったこの事態に、悲痛な顔をしていたが……今は後悔する時ではない、と前を向くのも早かった。率先して砦の体勢を立て直すことに尽力している。
遺跡がどうなったか、アゼル博士や元首がどうしているか、といった話も聞かねばなるまいが……赤牙として、その前に向き合わねばならない現実がある。
浩輝は意識を失い、未だに目を覚まさない。命に別状はないようだが……力を使い果たした彼が、いつ目覚めるかは分からないそうだ。
あのときの浩輝は、完全に正気を失っていた。……精神が不安定になるとPSが暴走することがあるが、逆に、能力が高まりすぎると精神に影響を与えることもある。そのため、一度そうなってしまうと、悪循環に陥りやすいのだ。
元々、彼のPSは不安定だった。それでいて、トラウマの元凶が目の前に現れたのだ。ああなったことも、理解できる。……止められなかった後悔は、別の話だが。
飛鳥は、浩輝を止められなかったことに泣いていた。美久は、海翔の姿を見て何も言えなくなっていた。目の前で友が貫かれた瑠奈も、どれだけ心に傷を負っただろうか。
浩輝のことは、目を覚ますまで待つしかない。俺たちが、それよりも先に向き合わねばならないのは……仲間に起きた、変化についてだ。
誠司の隣に座る……青竜の少年。
普段の負けん気が嘘のように、大人しく座るその子、十歳かそこらの少年は……間違いなく、海翔だった。
「本当に海翔、なの……?」
「はい……ただ、皆さんの知っている俺ではないんでしょうけど……」
目の当たりにした俺でも、信じ難いくらいだ。いくらPSでも、このような現象を引き起こすなどと……前回のことを聞いていたからこそ、俺はまだ受けいれられたが、事情を知らない他のみんなはそうではない。
「同じ、だ。おれと、初めて会った頃と……」
「……たぶん浩輝は、無意識に……あの時まで、カイを戻したんだと思う。……また、同じことが……」
「こんなことになるなんて……私が……あの人のことに、気付いていたら……」
「……それでも、あいつは手段を変えてきただけだろう。自分を責めるな。止められなかったのは、みんな同じだ」
己にも言い聞かせるように、告げる。
特に、エルリアのみんなのショックは大きいだろう。友が死にかけて、力を使って倒れて……かつてと同じく、時を失った。瑠奈たちにとっては、2回目でもある。
「いったい、何がどうなってんだ? 浩輝の力ってのは、そんなことまでやれるもんだったのかよ……?」
「説明します、アトラさん……いや、違う、そうじゃない……説明するよ、アトラ」
「……! 俺たちのこと、覚えてんのか?」
「……記憶は、すごく朧気になっているよ。でも、完全に忘れてしまったわけじゃないんだ」
少し遠慮気味ながらも、海翔は説明を始める。理知的なところは……この頃から、同じなんだな。
「たぶん、浩輝が巻き戻したのは、傷を負った瞬間の俺なんだ。それから少しだけ、気を失うまでのことは、はっきりと覚えているから」
「……傷を負ったって事実だけを巻き戻した、ってこと?」
「うん。俺が覚えてることからの推測だけど、たぶん間違ってないはずだ」
「いや……けど、だったら残ってるのはそっから少しだけのお前なんだろ? じゃあ、それ以外のことは忘れちまうんじゃ……?」
「よく考えて、アトラ。いまこの瞬間のあなたは、過去のことを覚えているはず。記憶とは、体験した一瞬だけではなく、未来の自分に残るもの。そういうことだと推測」
「あ……。言われてみりゃ、そうか……」
「フィーネの考えで間違ってないよ。ともかく、赤牙として過ごした記憶は残っている。……その、正直なところ実感はないし、自分でもすごく違和感は強いんだけどさ」
そして、それは……前回と同じ、か。だから、海翔はリュートの顔を覚えていた。
この場にみんなが集まったのは、海翔の意思だと聞いている。少年は、自分たちのことをちゃんと説明したい、と誠司に提案したようだ。
「如月……無理はしていないか?」
「大丈夫です、誠司おじ……先生。……混乱は、やっぱりしていますけど。ちゃんと、話せます。みんなには、しっかり……聞いて、もらいたいんです。浩輝のためにも……」
そうして彼は、一同に話し始めた。俺は、昨日の夜に聞いていたことだが。……まさか一日で、こんなことになるとは思わなかった。
「まず、前提からだよな。……俺の元々の名前は、橘 海翔。俺と浩輝は、本当は血の繋がった兄弟なんだ」
「え……」
その事実だけでも、みんなを驚愕させるのには十分だった。二人は両親も健在だと思っていたし、種族の違いがあると、なかなかその発想には至らないものだ。まさか……どちらも実の両親ではなかった、などと。
知ってしまった今では、色々と納得している。浩輝に対してはいつも見守るような視線だった海翔のことも。どんな無茶をしても、彼が浩輝を守り抜こうとしていたことも。
暁斗と海翔が特に仲が良かったのも、元々はそちらが同級生だったからだろう。だからこそ、二人は今でも対等な親友だったんだ。
「ふたりが、兄弟だったなら……いったい、どうしてそんなことに? リューディリッツって人は、海翔くん達にいったい何をしたの……?」
「……うん。それも、ちゃんと話すよ。暁斗、瑠奈ちゃん、先生……少し、補足をお願いしてもいいかな?」
「……ああ。大丈夫だ」
そうして海翔は、ゆっくりと語り始めた。彼らの家族が迎えた、その一日のことを……。