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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
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時の因果は廻り巡る

 だが、ここに来て、俺たちの前にいくつもの歪みが現れる。転移の速度はさらに上がっているようで、あっという間にUDBたちが壁として立ちはだかった。


「っ、邪魔をするな!!」


 俺たちは全力で敵を退け、何とか駆け寄ろうとするが……転移は立て続けに発生する。徐々に転移させることで、一掃を避けるつもりか……!

 浩輝は未だ衰えぬ勢いでリュートを攻め立てる。周囲の声がひとつも入らないほどの憎悪が、時の歯車に燃料を注いでいる。だが、あれ以上PSの暴走が続けば。


「ふ。そんな飛ばし方をしていいのか? 息が上がってきているようだが」


「うる、せえええぇ!! く、げほっ……てめえを、やれるなら、オレは!!」


「そうか、そんなに憎いのか。……だが、おかしな話だな? 確かにお前の親はあの件で死んだが、死因は果たして俺のせいだけだったか、なあ?」


「!!」


「なあ、浩輝? お前はある意味で俺と共犯なんだぞ? お前の力が暴走しなければ、あの二人は……」


「それ以上言うんじゃねええぇーーーー!!」


 浩輝の絶叫と共に、彼の全身が青白い光に包まれた。今までで最大の、時の歯車の発動。それによりもたらされた時間加速、俺ですら見切れるか怪しいほどの突撃を、浩輝は繰り出した。



 それでも――怪物には、通じなかった。

 銃剣はついにはたき落とされ、宙を舞う。そして、ついでのように、少年の身体が地面に叩き付けられる。


「う、ぁ……っ!」


「ああ。下見のつもりだったし、復讐劇を眺めるのも楽しそうだったが……()()()()()()


 痛みに起き上がれない浩輝。そして、リュートが放った一言に、魂が凍るような気分だった。待て、貴様、まさか……!!


「お前を殺せば、もっと面白いことになりそうだからな?」


「止めろおおぉッ!!」


 俺の光刃、誠司の突風とチャクラム、瑠奈の矢。その全てがUDBに阻まれるうちに、リュートは腕を振り上げた。駄目だ、それだけは――!!





 無慈悲に、振り下ろされた怪物の腕。




 吹き飛んだ、浩輝の身体。




 噴き出した、大量の血液。




 ……俺たちの足元まで転がってきた、()()()()()()





 そして……。

 リュートに貫かれ、血に濡れている……の、は……。




「……くくっ」


「…………ッ!!」


 気付いた時には、もう遅かったのだ。

 俺と瑠奈と誠司、3人がこじ開けた道を、彼は決死の勢いで進み……浩輝を、俺たちの方に投げ飛ばした。だが、本人は離脱することも叶わず、そのまま、リュートの爪が、腹部を貫通して……。


 何とか起き上がった浩輝も、そちらを見て、完全に硬直した。


「あ……ぁ……? か……い、と……?」


「――――ごはっ」


 海翔が、赤黒い血を一気に吐き出す。

 時間が、止まったようだった。思考が凍り付く。だが……リュートがそのまま、海翔をこちらまで乱雑に投げ飛ばしたところで、俺の脳は現実を受け入れた。


「うああぁ、ああぁ……!! 海翔おおおおおぉ!!」


「いや、ああああああぁっ!!」


「はは……ははははは!! 良い悲鳴だな、小僧ども! 予定とは違うが、これはこれで面白い!」


「貴様ああああぁーーーーッ!!」


 許さない。よくも、よくも……!! こいつは、絶対に、殺す!!

 誠司と俺は、力づくでUDBたちを突破すると、タイミングを合わせて渾身の一撃を放った。


「おっと! さすがにお前たち相手は危ういな」


 リュートは大きく飛び退いてそれを避けると……奴の周囲が歪み始める。転移するつもりか!


「だが……残念ながら、そろそろタイムリミットだ。前夜祭としては、十分に堪能させてもらったことだしな」


「逃げるなぁっ!! 貴様、貴様は、許さない……!!」


「ははっ、物事には順序があるものだろう? 慌てずとも、そうさな……三日ほどで、また再会することになるだろう」


「待ちやがれ!! オレは、貴様を決して逃さん!! この報い、受けずに済むと思うなよぉッ!!」


 俺と誠司の追撃は……空を切る。こちらに来るのと同様に、離脱も早くなっているのか。

 ……逃してしまった。ここまでのことをしたあいつに、一太刀すら浴びせることができなかった!


「海翔! 海翔!! 海翔ぉっ……!!」


 浩輝は海翔に向かって力を発動させている。そうだ、まずは何よりも、海翔を助けなければ!


「瑠奈、誠司! 急いでコニィを呼んでくれ! 手当ては俺と浩輝が……!!」


「っ……う、うん……!!」


「頼む、ガルフレア……!!」


 今にも崩れ落ちそうだった瑠奈は、俺の指示に思考を取り戻し、駆け出す。誠司も、何とか我を取り戻し、通信を行いつつ走っていった。

 応急処置の心得はある。薬のストックもある。何とか血を止めなければ。……だが。


「……この、傷は……」


 ……俺の中の経験は、認められない結論を出してくる。もう無理だ、と。


 リュートの爪は、海翔の内臓までいくつも傷付け、貫いていた。

 時の歯車では……ここまでの致命的な傷を治すには至らない。応急処置でどうにかなる傷でもない。


「なんで……なんで、お前が……! ま、また、オレを、庇って……」


「……そん、なの。決まって、いる、だろう……?」


「喋んな!! き、傷が、広がる……追い付かない……!!」


「お前、は……俺が……守って……絶対、に……だって、お前、は……」


「喋っちゃ駄目だって!!」


 ウェアと同じことが、俺にできれば……! ……いや。できるかできないか、ではない! 今、やらなくて……何のための力だ! 終わる前から無理などと、言ってたまるか!

 俺も海翔の身体に手を添え……月の守護者を発動させ、注ぎ込む。いつも自分の身体に、武器に巡らせるのと同じように……海翔の身体にも、俺の命を。

 ……彼に、力が流れていった感覚があった。上手く、いった。だが……そもそもの傷が深すぎる。頼む。どうか、どうか――


「おれ、の、たった……ひと、り、の……」


 ――血が止まらない。海翔の顔から、生気が抜けていく。

 そんな、中であっても……彼は、手を伸ばした。浩輝の頭を、優しく撫でようとするように……。


「だい……じ……な……お、と……う……と……。――――――」




 その、手は。

 浩輝に……彼が命を懸けて守り抜いた()()()()()に触れる前に、力を失って床に落ちた。





「海、翔? ……海翔……」


 返事が、ない。どれだけ声をかけても、少年の瞳は閉じたままだ。

 月の守護者を、生命を注いでいる俺には、彼の生命の流れも感じ取れていた。あまりにもか細く、消えそうで……いくら俺が生命力を分け与えたところで、彼自身の生命力が、それを受け止められるほどに残っていないことを、身を持って理解してしまった。


「……かい、と……兄、ちゃ……」


「……く……くそぉ……!!」


 少年の、命の灯火が……消えようと、している。まだ微かにある脈は、おそらく1分と保たずに、途絶えるだろう。いっそ冷徹なほどに、俺の思考はその結論を出す。だが、感情は、まるで追い付かない。

 護れなかった、のか。救えないのか!? 俺は……こんなにも、年若い友を。俺は……!!


 ……違う。諦めて……諦めて、たまるか……!!


「海翔! 目を醒ませ! お前は友を、弟を置いていくのか……!」


 そんなやつじゃないだろう、お前は。どんなときだって、みんなに発破をかけ、勇気を与えてきた。お前の言葉が、みんなの心に炎を灯してきたんだ。そんなお前の炎が真っ先に消えるなんて、あり得ないだろう。


「俺の命ならばいくらでもやる! だから、逝くな……逝くなよ……!!」


 視界が滲む。駄目だ、泣いている場合か。友なんだ……俺の大切な、友なんだ。お前とはもっと、平穏な……好きな本の話でもして、過ごしていきたいんだ。それなのに。戦いの中で、死ぬなんて……嫌だ。頼む……こんな結末は、あんまりだ……!!



「……や、だ……」


 ――思考を、絶ち切られるかのように。

 突如として、俺は光に包まれ、同時に強い衝撃に襲われた。


「ぐっ!?」


 急な衝撃に身を守ることもできず、俺は吹き飛ばされた。いったい、何が? 痛みをこらえて、先ほどまで自分がいた場所を見る。

 ……浩輝から、光が巻き上がっていた。物理的に俺を吹き飛ばすほどの、おびただしい力の顕れとして。


「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! そんなの、絶対に、嫌だあああぁ!!」


 凄まじい力の奔流。俺は、全く近寄ることができなかった。普段、戦いで使われている時の歯車とは、まるで性質が違う。


「こ……浩輝、駄目だ! それでは、お前まで……!!」


「一人に、一人にしないでよぉ……! 兄ちゃんが、いないと、オレは、ボクは……!!」


 俺の声が届く様子はまるでない。どころか、力の顕現はさらに激しくなっていく。

 やがて光に包まれた彼らの姿は、何が起きているのかすら分からない。時の歯車が先ほど以上に暴走している、ということだけが分かって……。


「……いや。これは……」


 俺は、思い出していた。あの時に聞かされた、ふたりの過去を。

 どうして海翔が、立場を偽っていたか。その時に彼の身に何が起きて、どうして彼の記憶が途絶えたか。どうして、兄であった彼が、浩輝の同級生として振る舞うことになったのか。

 それに至るまでの経緯……リュートが関わっていることはともかく、状況は恐らく近似しているのだろう。


 まさか……同じことが、起きようとしているのか? だとすれば……あの中では。


「浩輝、海翔……!!」


 呼びかけるしか……事態を見守ることしかできない。あの光が、時の歯車によるものだとすれば……その、性質は。



 ……やがて、光は収束する。そして――




「……あ、れ……? こ、こは……」




 ――そこにいたのは、力を使い果たし、倒れた浩輝と。

 見るからに()()()()()()()()、傷ひとつない海翔だった。





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