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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
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最悪の連鎖

 アトラに届いた連絡を聞いて、俺たちは……マスター達との合流を待たずに、ジークルード砦へと急行していた。ヘリオスはここの医務室に運ばれたらしい。現場から近かったのもあるが、軍の設備で医療設備も充実しているからだ。

 ウェア達には状況を伝えて、彼らも直接こちらへ向かってくる予定だ。胡蝶にも連絡は行ったので、マックス達も今晩にはこちらに来ることになった。


 砦に到着した頃には、すでに日が暮れ始めていた。移動の車内でずっと祈るような顔をしていたアトラは、医務室の位置を聞くと一目散に駆け出した。……俺たちも、彼の無事を願っているのは同じだ。



 ヘリオスは集中治療を受けているという。アトラと、治癒ができる浩輝とコニィだけが許可を取って部屋に入り、俺たちは外で待つことにした。

 ……外にはアッシュ達ふたりと、ダンク達もいた。ダンクは、ヘリオスの部屋に入っていくアトラにも、俺たちにも、何も言わなかった。


「行くぞ、お前ら」


「ダンク、お前、こんな時まで……!」


「勘違いすんな。……ここで待っててもヘリオスの傷はどうにもならねえ。あいつの代わりにできることが、俺たちにはあるだろう」


「…………。そうだな。まだ敵がいつ動くか分からない。俺たちが守らないといけないな」


「じゃ、あいつのことはそっちに任せるから、後はよろしくね?」


 それだけ言い残してダンク達は去っていく。……代わりにできることがある、か。彼には今のところ良い印象がないのが本音だが……彼が本気でヘリオスの身を案じ、だからこその言葉なのは、疑う意味もないだろう。


 俺たちは、残ったアッシュとオリバーから、事のあらましを聞かせてもらった。二人も疲労の色が濃いが……無理もないか。


「そうか、ハーメリアを庇って……」


「ヘリオス……すごく苦しそうだった。あの棘が……それでも、あの子を倒れるまで庇って……」


 敵のリーダーという少年のPS……最初の犠牲者は数発を浴びてショック死してしまったと言う。ヘリオスの他にも受けた者はいるようだが、そちらも治療までずっと苦しみ続け、棘が外れた今も衰弱しきっているらしい。その人物の証言から、相手の能力は「刺さった箇所に凄まじい激痛を与える力」だと思われるようだ。

 聞くと、砦に運び込まれてからも棘は残り続け、ゼロニウムを用いた抗PS治療を受けてようやく消失したらしい。実に、質の悪い能力だな。


 それに加えて多量の出血があるというヘリオスが、果たして耐えきれているか……くそ。案じるしかできないのがもどかしい。月の守護者による他者の治療、ものにできていれば……。


「砂海のメンバーは、どうしている?」


「皆さん、私たちの手伝いをしてくれています。ハーメリアは、負傷があるので治療を受けていますが」


「彼女は大丈夫なのですか?」


「身体の傷は打ち身程度のようです。しかし、かなり憔悴した様子でしたから……思い詰めていなければ良いのですが」


 オリバーの言うとおり……彼女の性格を考えれば、心配なのは心の方だな。仲間が激しく傷付くのなど初の体験だろう。それが己のせいとなれば、なおさらだ。

 そして、敵についても。ロウが追撃を試みたものの、相手はUDBを盾にすぐ逃げてしまったのだと言う。


「その少年自身はもちろん『兄さん』とやらも気になる。オレ達も、備えが必要だろう」


「その子供の能力も、狂犬の被害者とはだいぶ違ったみたいだからね。兄さんが狂犬、っていうのはありそうだ」


「そうだな。今朝方からの立て続けの襲撃……これで終わりとも思えない」


 そんな話をしていると、部屋の中から3人が出てきた。俺たちはいったん、思考を切り替える。


「ヘリオスは、どうだった……?」


「何とか、峠は越えました。浩輝が傷を塞ぎましたし、後は少しずつ回復していくでしょう」


「そうか……!」


「おう。応急処置もすぐしてくれたみてえだから、何とかな」


「……ああ。ありがとう……みんな」


 それを聞いて、軍の二人の身体から力が抜けるのが分かった。俺も……被害が出ている以上は良かったなどと言えないが、ひとまず胸を撫で下ろす気分だ。

 一方でアトラは……親友が生きている安堵と、傷付いた親友を見たことによるショックが合わさったような様子だ。言葉はなく、表情も暗い。


「ただ、目を覚ますのは時間かかると思う。だいぶ弱ってたみたいだからよ」


「それでも……生きてさえいてくれれば、他に替えられるものはありません。ありがとう、二人とも」


「……本当ですか?」


 その時、後ろから声がした。振り返ると、ハーメリアが立っていた。


「ヘリオスさん……もう、大丈夫なんですか? 本当に?」


「ええ。私の力も使っておいたから、大丈夫。今は、静かに眠っているわ」


 それを聞いたハーメリアは、その場に項垂れた。やはり、ひどく憔悴しているようだ。いてもたってもいられなくて、様子を見に来たのだろう。


「ハーメリア、あなたも無茶しちゃ駄目だよ。怪我、してるんでしょ?」


「私の、怪我なんて……。死んだ人も、いる中で、こんなの……」


 彼女の身体は、震えていた。揺れる視線が、彼女が未だ混乱の中にいるのを示している。半ばうわ言のように、言葉が続く。


「……止めようと、したんです。あいつを……私は、放っておけないって、思って……命に代えても、倒さないと、って……」


「……ハーメリア」


「私、あんな、つもりじゃ……ヘリオスさんを、巻き込むつもりなんて、なかったのに……!」


 目の前で犠牲者も出て、正義感の強い彼女に抑えられるはずがなかった。彼我の実力差を理解してもなお、自分が刺し違えてでも、と。

 だが……巻き込むつもりはなかった……か。それは……。


「――おい。何だそりゃ、てめえ?」


 ……そんな冷たい声が、俺の思考を遮った。

 気付いた時には、止める間もなく、鬼気迫る勢いで彼女の元にアトラが詰め寄っていた。


「あんなつもりじゃなかった? じゃあ、どういうつもりでてめえは敵に突っ込んだんだよ! まさかてめえ……ヘリオスが自分を助けに来ることを、想像もしてなかったってのかよ!」


 赤豹が、少女の肩を掴む。ハーメリアは、引きつった声を漏らした。


「戦いだ、庇って庇われてはあって当たり前だ! けどな、庇われたてめえが、それを言うのかよ! ヘリオスが勝手にやったって、そう言ってんのかよてめえは!!」


「アトラ、落ち着け……!」


「ひとりで全部やってるつもりだったのかよ!? 自分がやったことが仲間に返ってくることもある……それすら考えてなかったくせに、一丁前に覚悟してるだなんて言ってたのかよ!!」


「……あ……あ」


 浩輝がぽつりと「耳が痛えな」と呟く。……そう、その通りだ。それが、致命的なまでに彼女に足りなかった考えだ。自分がどれだけ無茶をしたところで、それは自分の責任だと……自分だけの責任だと考えていたのが、そもそもの過ちだったんだ。

 今まで自覚が持てなかったのは、砂海のメンバーが大きく格上だったからだ。彼女を庇いながら、そつなくこなしてしまったから……彼女の目には、それが映らなかった。


 一人で戦っているつもりになっていたのは、少し前の俺もそうだったな……。動機は真逆ではあったが、周囲にもたらすものに気付けていなかった、という点は同じだろう。本当に、耳が痛い。


「今まで、何度も同じことして、説教されて……それで何も見てなかったのかよ! 周りがどれだけ守ってくれてたのかも分かってなくて……いざ気付いたら目そらしだ? ふざけてんじゃねえぞ!!」


「わた……し……わた、し、は……」


「真っ直ぐ見ろよ。お前のせいであいつが死にかけたってこと、ちゃんと受け止めろよ!! そうじゃなきゃ、あいつは……何のために!!」


「止めなさい、アトラ」


 ジンが、彼の手を掴む。


「止めるな、ジン! こいつは……!!」


「全てを突き付けられてすぐに受け止められないのは、あなたも分かるはずですよ。……彼女はもう、自覚しています。それ以上は、あなたの鬱憤晴らしです」


「あ……?」


 ジンの指摘に、アトラはようやく手を話した。そして、初めてちゃんとハーメリアの顔を見た。……そこで、やっと気付いたのだろう。


「ごめん、なさい……」


 ぽつりと。掠れた声で、ハーメリアはそう漏らした。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ……」


 堰を切ったようだった。何度も、何度も……数え切れないほどに謝罪を繰り返す。その目はアトラではなく、ヘリオスの病室に向いていて……涙が溢れ、次第に謝罪もまともな声にならなくなる。


「ヘリオス、さん……ごめん、なさい……わた、し、私が……ごめん、な、ざいぃ……あ、あぁ、うあああぁっ……!!」


「…………っ」


 それを見て、アトラも勢いを失っていく。

 ……ハーメリアは、信じていたのだ。正しいことのために動けば、少しでも良くなるはずなのだと。その結果が、仲間を傷付けたという事実……自分の信じていたものが、崩れた。きっと今までの全てが、彼女にのしかかっている。彼女の過激さは、善良さの裏返しでもあったのだから……気付いてしまえば、それはどれほど重いのだろうか。


「……アトラ。あんまその子を、責めないであげて」


「アッシュ……」


「たぶん、だけど……これは、ヘリオスの責任でもあるの。……ヘリオスが望んでたことを、考えると」


「……なん、だって?」


 アッシュの言葉に、さすがにアトラも目を丸くする。ヘリオスが、望んでいたこと? それは――








 ――俺たちに『最悪』の訪れを告げる、けたたましい警報が鳴り響いたのは、その時だった。





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