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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
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凶星

「……災厄を、引き寄せる……?」


「もちろん、あなた達は全力で街を守ってくれました。そこに偽りはないでしょう。しかし、あなた達が凶兆であることは、また別の話です」


「ち……ちょっと待てよ! 何を言っているんだ? それじゃまるで、俺たちのせいみたいじゃないか!」


 訳が分からない。俺は思わず、声を荒く叫んでいた。

 嫌な視線が、俺たちに集まっていくのを感じる。聖女の言葉が、場の空気を支配していく。


「あなた達に悪意がないのは承知の上です。ですが、あなた達の周囲には、あまりにも濃い闇が渦巻いています」


「災厄。闇。あなたは、そのような曖昧な言葉で、突然何を言い出す?」


「では、言葉を変えましょう。言い切れますか? 彼らが、あなた達を狙ってきたのではない、と」


「…………!」


 すぐに否定の言葉は出てこなかった。

 俺たちは、リグバルドに目をつけられている。少なくとも、マリクってやつには。例えば、最初から俺たちを狙って、俺たちをおびき寄せるためにこの国を狙いにしたんじゃないか。そんな想像が、できてしまった。


「さすがに心外な問いかけですね。我々が来てから襲われたというのならばともかく……私たちは、襲撃を受けたこの国の援護に来たのですよ?」


「そうよ! 私たちが狙いなら、わざわざこの国までおびき寄せるとか、馬鹿げてるでしょ!」


「ですが、狙われる心当たりはあるのでしょう? ならば、あなた達が来たことで、この国への侵攻が加速した可能性はありませんか?」


「そ、そりゃ……いくらなんでもメチャクチャすぎんだろ!」


「私とて、意味もなくこのような問いかけはいたしません。それが、真相なのです。私は確かに、あなた達を中心としてこの国が滅びる未来を見通しました」


 俺たちは、心当たり自体はあるって反応してしまった。それがとんでもない失態だって気付いた時には、聖女の言葉が辺りに広まっていく。彼女は、俺たちのせいだと、断言した。

 ――俺たちの言い分を認めた上で、その上から被せるように、俺たちの責任を問う。その言い種に、何かすごく、うすら寒いものを感じた。


「ギルドが……ギルドのせいで、襲われたのか?」


「っ! そうじゃないんです。あたし達は……!」


「紛れもなく、あなた方が善意で行動しているのは理解しています。ですが、だからこそあなた達は……闇を引き寄せる」


「待て! 俺たちが連中と戦い続けているのは事実だ。だが、ならば俺たちが何もしなければ良かったと言うのか? 襲撃だって、何回も起きていたんだぞ!」


「その戦いで救われた方もいるでしょう。ですが、より大きな視野で見た時に……最後に滅びを招く。あなた達は、善を為すほどに災いを引き寄せる。そういう宿命です」


 辺りがざわつく。背中に、嫌な汗が伝う。この、空気は。


「……でも、聖女さまがそう言うなら……そうなのか?」


 今のこの国には……聖女を心から信じている人が、大勢いる。この中にも、いるんだろう。

 よく知らないギルドの言い分。信じる聖女の言葉。それを天秤にかけた時に、どっちを信じるか……まずい。これは。


「そうだ。聖女さまが、間違ったことを言うはずがない。あの人の言うとおりにしなければ、この国は救われないんだ!」


「お、おい、落ち着け! あの人たちは、私たちを助けてくれたんだぞ!」


「でも、あいつらのせいで襲われたなら、自作自演みたいなものじゃない!」


 全員が全員じゃない。むしろ騒ぎだしたのは少数派で、残りの人は混乱しているだけだ。俺たちを庇ってくれている人もいる。けど、その嫌な空気はどんどん広がっていく。

 UDBが街を襲うという、恐怖を最高潮まで煽る事態。人々の行き場の無い感情に、火がついてしまった。聖女のどうとでも取れる言葉に、想像力が油を注ぐ。


「……やられましたね」


 ジンさんが、今までになく忌々しげに呟いた。

 聖女の信者に加えて、空気に流される人も増えていく。みんな何とか説明しようとしているけど、落ち着いて言葉を聞いてくれそうには見えない。

 何より……この場じゃ、俺たちより聖女の言葉が強い。もし上手く説得できても、彼女がそれを否定したらそれだけで覆るのが分かった。


「――そうだ。UDBは、あいつらの仲間なんじゃないのか? だってあいつらも、UDBを連れているじゃないか!」


 そんな声が、どこかから聞こえた。


「考えてみろよ。いくら元首が安全って言ってたとしても……UDBが人と一緒にいるなんて、おかしいと思っていたんだ!」


「UDBが味方だって油断させて、ここで一気に襲い掛かろうとしたんじゃないのか!?」


「っ……!!」


 ノックスはもちろん、フィオはさっき、本当の姿で飛び回った。もう、彼がUDBであることを隠すことはできない。

 今回は、事前通知があった。だから、俺たちも油断していた。でも、みんなUDBに襲われた後だ。その感情の矛先は、目の前のUDBに向いてしまった。


「そうだ、間違いない! そこの獅子の怪物と同じ見た目のやつに、俺たちは襲われたんだ!」


『……俺ハ……』


「てめえら! ふざけんな、ノックスは……!!」


「リックちゃん、駄目!」


 手を出しそうなリックに、何も言えず項垂れるノックス。あっという間に罵倒はエスカレートしていく。


「な……何を言っているんだ、さっきから! あいつが……彼らが来てくれなきゃ、店が壊れるどころか俺が死んでた! みんなもそうだろう!」


「お前こそ何言ってんだ! そもそも、あいつらがいなけりゃ、あんたの店も無事だったんだぜ? 聖女さまが言ったろ!」


 止めてくれている人もいる。でも、火がついた連中の勢いをどうにもできない。


 俺は、気付いた。聖女は、その光景を黙って見ている。

 街の人がこぞって俺たちを批難しているのも。今にも襲い掛かってきそうなのも。止めることもなく、ただ……成り行きを、見ているだけ。


「あいつらのせいで滅びるなら、早く追い出さないと!」


「いや、逃がしたら駄目よ! 災厄を呼ぶ連中なんて、放っておけないわ!」


「そうだ! それこそ、また俺たちが狙われるかも……!」


 止められない。止めようがない。……なんだ、これ。

 こんな簡単に。流されるままに。毛が逆立つような、寒さを感じた。


 怪物を殺せと、声が聞こえる。俺は、見てしまった。それを言ったのは、フィオが救ったひとりだった。

 何でだよ。見てただろ、あんたら。フィオが、ノックスが、必死にみんなを助けようとしていたのを。きっとフィオは、こうなる可能性をよく知っていたはずなのに……迷わずに、あの姿になった。それを……。


「聖女さま! この集団は、裁くべき悪ということでしょうか?」


 狂っていると思った。宗教みたいだとは聞いていたけど、ここまでとは思わなかった。

 襲われて混乱するのは分かる。UDBに敵意を向けるのも……納得したくないけど、理解はする。そういう人たちは、まだいい。

 だけど、何人かの……聖女に心酔しているらしき奴ら。何だよその、嬉々とした顔は。聖女の役に立てることが、そんなに嬉しいか?


「ふざ、けるな……」


 ……気持ち悪い。

 こいつらは、何だ? 自分の頭で、物を考えているのか?


 もし、聖女が俺たちを殺せって言ったら……襲ってくるつもりなのか? その女の一言だけで……? それが正しい行いだって、本気で?

 なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ……!!


「ふざけるなああああぁ!!」


 我慢なんてできなかった。何も理解できない。吐きそうだ。

 馬鹿にするにも程がある。何が悪だ。何が聖女だ。だったら……だったら、お前らは、何なんだ。


「静まれ。聖女さまの前で、騒ぎ立てるな」


 口を開いたのは聖女ではなく、その近くに控えていた男のひとりだ。声はまだ若いけど、側近みたいなものだろう。全身を覆う衣装と仮面のせいで種族も分からないが、獣人ではあるみたいだ。


「ギルド〈赤牙〉に〈獅子王〉。聖女さまのお言葉に従うのであれば、この場は見逃そう」


「見逃す!? 見逃すって、何だよ! 俺たちは、お前たちに見逃されるか決められるようなこと、何もしてねえ!!」


「理解できていないのか? いかに悪意がなかろうと、貴様たちの存在はこの国にとって害悪だ。本来ならば、排除して然るべきだ。そこに恩情をかけてやろうと言うのだ。吠える前に、感謝するのだな」


 狂信者。その言葉が、真っ先に浮かんだ。そうか。そうかよ。別に感謝しろとは思わないが……そんな、何の根拠もない理由で。ただ聖女がそうだって言ったから? 害悪だって?


「てめえらは……どこまで馬鹿にすれば!!」


 もう、限界だ。俺の仲間の気持ちを踏みにじって……俺たちが、何のために。俺は、こんな奴らのために、戦ったんじゃない……!!


「待ってくれ、暁斗」


 だけど、他ならないフィオが、俺を止めた。

 振り返って見たフィオの、そしてノックスの顔は……どこか、諦めたような表情で。


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