〈聖女の加護〉
俺は月の守護者を駆使して、上空からUDBたちを発見、撃破という動きを繰り返していた。今のところ、犠牲者の姿は見ていない。
聖女を見ようと中央付近にほとんどの人が集まっていたのが、不幸中の幸いか。これがもしいつもの市場ならば、大惨事になっていただろう。
……逆に、どうしてこのタイミングだったのか、は気になる。本気で街を襲うつもりならば悪手でしかない。やはり、この攻め手の緩さからしても……他に目的があるのか?
いや、それは後だ。今はとにかく、奴らが街を攻めてきたという事実がある。ならば、犠牲を出さずに全てを終わらせる!
途中、フィオが飛んでいったのが見えた。あちらは彼に任せるとして、俺は反対方向を……。
「……ん? あれは……!」
そんな中、俺が見つけたのは、とある集団がUDBと戦闘を繰り広げる様であった。あれは、軍人と……まさか。
どうやら、たまたまこの場に居合わせたらしい彼らは、数名の民間人を守っているようだ。俺はそちらに急行すると、上空から波動刃を降らせ、敵を散らす。
集団の中にいたひとり……コヨーテの男は、驚いたように俺を見た。
「無事か、リュート!」
「まさか……ガルフレアさんですか!」
それは紛れもなく、数日前に知り合った詩人を名乗る男だ。
だが、間違いなく目にした。彼が、黒殺獣の腹に蹴りを叩き込み、思い切り吹き飛ばす姿を。明らかに、戦い慣れた動きだった。
「その腕前は……」
「一人旅は危険が多いですからね。護身用に身に付けました!」
「軍人に並べる護身術とは、俺も習ってみたいところですね……!」
リュートの言葉に、軍人のひとりが軽口を叩く。戦いの中で、互いに信頼を結べたのだろう。
彼らの身体には傷こそあるが、誰もが勇敢に人々を守った。そうだ……戦っているのは、俺たちだけではない。
UDBたちが、俺たちの元に集まり始める。
「ここは俺が引き受ける。君たちは、その人たちを連れて市場の中央に避難するんだ!」
「……助かります。ガルフレアさん、ご無事で!」
即座に、それが最善だと判断してくれたようだ。リュートたちの背中を見送りつつ、俺は刀を振るった。
『全ク、ドコマデモ忌々シイ男ダ……ダガ、ヴィントール様ノタメ、我ラノ役目ヲ果タスマデ!』
「ヴィントールのため、か。……彼が、このようなことを望むと思うのか?」
『ナンダト……?』
民にいらぬ犠牲を出したくなければ、そう彼は忠告してきた。ならば彼は……民に犠牲など出したくなかったのではないだろうか。このような策を取らねばならないと知りつつ、せめてもの抵抗として。
もちろん、どのような理由があろうと……これを動かしたのもまた、ヴィントールなのだろう。あいつに抗えない事情があろうと、あいつがそれを成すのならば、俺たちはあいつを止めなければならない。
「いずれにせよ……人々の生活をお前たちが脅かすと言うのならば、相手をしてやろう!」
俺たちには、守るべきものがある。そのためならば、敵が何であろうと、この刀を振るおう。ただ、ひとつ問うとすれば……お前はこのままでいいのか、ヴィントール?
「お兄ちゃん、怪我はない?」
「おう。お前も大丈夫かよ、瑠奈」
どのくらい走り回っただろう。体感だとものすごく長い戦いだったけど、やがて全てのUDBが市場から消え去った。仲間はみんな大丈夫そうだったけど、やっぱり妹の無事な姿を見ると安心する。
当然だけど、市場の外まで大混乱だった。けど、UDBはあくまでも、市場の中だけで暴れていたらしい。今は軍の人が対処をしてくれているけど……そう簡単には鎮まらないだろう。
俺たちギルドは、まずは市場に集まった人たちを、聖女たちと一緒に避難させることにした。狙われたのが市場なら、せめてここからは離れた方がいいって判断だ。……あいつらがその気になれば、どこにいても同じってことを思い知らされちまったけどな。
ガルに聞いたとこだと、リュートさんも戦っていたらしい。人が多くて探せないけど、この中のどこかにはいるのかな。会えたら、礼を言わないとな。
結論から言うと、市場はめちゃくちゃで、商品が無惨なことになった店だらけだ。避難の最中、絶望的な顔で自分の店を眺める人もいて、胸が痛い。それでも、襲われて死んだ人は、ひとりもいなかった。
……そう、ひとりも、だ。さすがに俺たちは、みんながそこに違和感を持っていた。
状況を考えると……奇跡的という言葉じゃ、足りない。もちろん、みんなを救うつもりで戦ったし、救えて良かったとは思う。でも、冷静に状況を考えてみれば、間に合うはずがなかったんだ。
でも、実際には、店だけが壊された。UDBの攻撃で傷を負ったのは、立ち向かった俺たちや軍の人だけだ。
さらに、あいつらは市場から出なかった。やろうと思えば、この街の全てに現れることもできたはずなのに。ただ、市場を荒らすだけ荒らして、人に恐怖だけ与えて消えていった。
こうなると、あいつらの目的は街を本気で襲うことじゃなかった、って考えた方が良さそうだ。じゃあ何か、ってなると難しいけど……聖女への警告? こっちへの挑発? 宣戦布告? 市場を壊したかった? 人の恐怖を煽りたかった? ……思い浮かべるだけなら色々出てくるけど、正解を決める材料はない。
俺たちは話し合いながらも、手分けして人を市場の外、近くにある屋外集会所まで連れていった。
「……邪悪な気配は、遠く去りました。ご安心ください、皆様。今日この日、これ以上の脅威が訪れることはありません」
聖女が、集会所の中央でそう告げる。その根拠を聞きたいとこだけど……この状況だと、影響が強いあの人が、こう言ってくれるのは助かる。実際、混乱していた人の一部に、安心した空気が広がった。
もちろん、それで簡単に安心できる人ばかりじゃない。あれは何だったんだ、どうして街中にUDBが、と詰め寄るように問う人もいる。聖女の周りの黒服の仮面たちが、近寄らせないようにしているけど。
「あれが我々の敵。この国を脅かす災厄の尖兵です。ですが、心配はいりません。先の繰り返しではありますが、私の準備は整っています」
「何がだ? 実際、街は襲われたじゃないか!」
「それでもあなた達は、誰も命を失っていません。私の加護は、確かにあなた達を守りました」
「……加護?」
「ええ。災厄を退け、人を守る。私はこの力を十分に満たすため、今まで活動していたのです」
……聖女の加護が、人の命を守った?
確かに、そのぐらいじゃなければ説明つかない結果、だけど。いや、でも……UDBたちに、そんな素振りはあったか?
「この祈りは、正しき心に満ちた場所にしか届きません。皆様たちに善を為せと言ったのは、そのためです。そして……今日、確かに祈りはそれに応えてくれました」
だけど、みんな助かったのが奇跡的なのは、誰でも分かることで……突拍子もないはずの発言は、どこか信憑性を持って人の中を駆け抜けた。
「市場そのものを守れなかったことは、詫びようもありません。ですが……皆様が私を信じてくれるならば……さらなる善が、集まれば。もう、何も失わないだけの力が、この国を守護することも可能です」
この流れは、なんだ。何だか、毛がぞわりとするような嫌な予感が、俺の中を駆け巡った。
「そして、星々……この地に集ったギルドの皆様。あなた方が街を守ってくれたことには、心より感謝しています。遠き国より、己が身を懸けて戦い続けるあなた方は、まさに人々が理想とすべき勇者でしょう」
次に、聖女の視線が俺たちの方を向いた。そして――。
「ですが、同時に……あなた達には、街を去っていただかなければなりません。災厄を引き寄せる星であるあなた達には」
――聖女が放ったその一言が、全ての空気を変えた。