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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
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ソレム大市の戦い

「………………!?」



 背筋が凍るような気分だった。俺たちにとっては何度となく体験してきたこの感覚……空間転移の、前兆。

 こんな街中で、奴らが現れると言うのか。これだけの人々がいる中で……!


 最悪なのが、歪みがこの中心部だけではなく、市場全体に広がっていることだ。市場の人すべてがここに集まっているわけではない。聖女に興味を示さなかった人や、店を空けようとしなかった者は、まだ市場中にいる。


「みんな!!」


「分かっている! 各員、市場全体の救助活動を! イリアはこの中心部を守ってくれ!」


「了解!!」


 誠司が全体に指示を飛ばす。……一刻の猶予もないが、だからこそ焦るな。この場には赤牙と獅子王の、マスターを除いたメンバーが揃っている。こんなところで、犠牲など出してたまるものか……!


「……ここにまで、悪意の余波が広がりましたか」


「あなた達はここから動かずにいてください! 我々が、必ず死守します!」


「それには及びません。星々よ、この場は私の信徒が守ります。どうか、人々に救いの手を」


「…………!」


 力を貸してくれるか。……いや、今は彼女が何者であっても構わない。人々に犠牲を出さない、それが先決だ。

 住民はまだ事態を呑み込みきれていないようだが、UDBの姿が見えれば恐慌状態になるだろう。それも、聖女であれば或いは。


 俺は力を発動させ、飛び上がる。合わせて、みんなも駆け出した。先陣を切るのは、素早さに長けた暁斗とリック。そして、それとどちらが早いか――最初のUDBが、転移を完了させていた。












「アトラ、突出しすぎては駄目。私たちが敗北すれば、本当に終わり」


「分かってる! くっそ……まさか、マジでやってくるとはよ!」


 トンファーでトカゲ野郎の頭を跳ね上げながら、走る。悪態をついたってしょうがねえが、つきたくもなる。

 相手にそれができるってことは、分かってたはずだった。だが、実際にやられちまったら……いくらなんでも反則だろ、こんなの!


 人の悲鳴があちこちで聞こえる。だけど、目の前で手一杯だ。何とか、他のみんなが上手くやってくれることを信じるしかねえ。

 そんなに数が多くねえってのが救いだ。まだ、何とかなる。いや、何とかしなきゃいけねえ!


「さあ、暴れまわるぞ、同胞たち! ヒトの街など壊してしまえという命令だ!」


「好き勝手言ってんじゃねえぞ、この野郎どもが!!」


 ……何だってんだよ。

 ヴィントールの野郎は、こういうことを望んじゃいなかったように見えた。だったら、あいつの上にいる誰かか? それとも、命令されてあいつが動いたのか?

 どっちにしろ……許せねえ。そりゃ、俺はこの国のことが好きじゃねえよ。それでも、ここは俺の故郷だ。大事な友達が、育ててくれた人がいるんだ。……みんな、頑張って生きてるんだ。それを、こんな風に。


「何も知らねえてめえらが、簡単に扱ってんじゃねえ!!」


 爆ぜる。沸き上がってきたものを、遠慮なく解き放つ。全身が黒いうねりに覆われ、血が沸騰するような感覚と共に、俺の身体を破壊の力が満たす。

 だけどもう、俺はこの力を怖がらない。もし、助けたやつに罵られたっていい。俺を受け入れてくれるやつもいてくれるって、それだけで。


 身体のリミッターが外れるんだから、もちろん走る速さだって上がる。俺はとにかく、手当たり次第にUDBを吹っ飛ばした。突っ込みすぎなぐらいでいい。俺の仕事は、とにかく少しでも早く敵を潰すことだ。後ろのことは、フィーネが何とかしてくれる。


 とは言え、市場はかなりの広さだ。俺たちが集まっていた中心から端まで行くには、けっこうな時間がかかる。

 先に進めば進むほど、辺りはひどい有り様になっていく。UDBたちが壊した店や、商品の残骸が地面に転がっている。

 けど、今のところ助けた人はみんな無事だ。今はとにかく人命第一、大した怪我人もいねえし、後は中央に逃げ込んでもらえば……。


「…………っ?」


 ……なんだ、この違和感。

 こんだけ街が荒らされてるのに……人の被害が、ない?


 目の前で、虎野郎が派手に暴れている。そのすぐ側で、買い物をしていたらしき男女が逃げ惑っている。……この虎が狙ったらすぐにも喰われちまいそうな状況で、UDBは、そっちに襲いかかる前に目の前の店を壊しにかかった。

 おかげで俺がそいつを吹っ飛ばすのも何とか間に合った……いや、違う。これは間に合ったわけじゃねえ。こいつら、もしかして……積極的に人を狙ってねえのか?


「アトラ。あっちに人がいる。急ぐべき」


 フィーネの言葉で意識を切り替える。そうだ、考えるのは後だ。俺の予想が当たってたとして、次の瞬間に人が殺されたっておかしくねえ。そもそも、街だって壊されて良いもんじゃねえんだ。


「ち、くしょう!! 離れろ、この野郎ども……!」


 そして、次の店では、恐らく店主と思われるサイの男が2体の鉄獅子に必死に抵抗していた。辺りには売り物らしき果物が散らばり、見るも無惨な状態で……。


「……あ」


 そして、俺はそいつが、記憶の中にある相手だってことに気付く。

 まともに顔を見たのは、1回だけ。それでも、あの日の鬼のような形相は、トラウマとして俺の中に残っていたから。

 そうか。この場所は……あの時の。



 ……少し前の俺なら、思わず足が止まってたかもな。だけど……今は関係ねえ!


「らああああぁっ!!」


 店に襲いかかっていたUDBに、高めた波動をまとめて叩き付ける。1体は直撃して仕留めきれたが、もう1体は少し浅くて地面を転がっただけだ。けど、それに合わせて放たれたフィーネの炎鎖が、そいつを縛り上げた。白い炎に焼かれて、そいつもすぐに姿が消え去る。

 そして、助けた男は、俺を見て思い切り目を見開いていた。


「お、お前、まさか……」


「……あん時のリンゴ代と、迷惑料ってやつだ。利子が足りねえかもしれねえが、それは今度な」


 ああ。なんて縁だよ、こりゃ。

 サイの店主も、俺の顔は覚えてたらしい。だけど、こうして見ると……記憶にあるより、普通のおっさんだ。そりゃそうだよな……記憶なんてのは良いものも悪いものも、一番端のとこで止まっちまうもんだから。


「市場の中央で聖女とかがみんな守ってる! 外に行くより安全だ! ……ほら、早く行け!」


「わ……分かった!」


 驚いたおかげで逆に落ち着いたのか、店主は素直に俺の言葉に従って逃げていった。

 ……これで精算したって言うのは勝手すぎるかな。だけど……どうせ許されないんだって卑屈になるより、きっといい。


「……く……」


 さすがに力をずっと使っていると、消耗が激しい。だけど、まだだ。あいつらの気が変わる前に、何とか追い払わねえと。


 ――そう考えていると、頭上を大きな影が横切った。これは……。


「フィオ……!」


「向こうは任せておいて、アトラ!」


 街中で元の姿に……いや、だけど、誰よりも早く駆け付けられるのはあいつだ。暁斗やリックも駆け出してはいったけど、あいつらだけじゃきついはずだ。それでも、フィオなら。


「フィオならば問題はない。私たちは、手の届く人を守ることを優先する」


「おう!」



 考えるのは後だ。今はとにかく、人を守らないといけない。

 ……ああ、俺が守るんだ。この街を、この力で!


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