急転の気配
そのような事態が起こっても、いや、起こったからこそ、俺たちのやるべきことは変わらない。
現地の調査は、砂海のみんなと軍に任せて、俺たちはソレムの街の見回りと情報収集だ。街が襲われた場合の緊急戦力という意味合いもある。赤牙はウェア以外が二手に分かれて、街の東西をそれぞれ調査している。
「ヘリオスさんやハーメリア達、大丈夫かな……」
「ロウも同行しているのです、そう簡単に。心配なのは分かりますが、ならばこそ私たちは自分たちの役目に集中しましょう」
得られた情報だけでも、狂犬は危険な相手だと分かる。それこそ、俺たちも油断はできない。そいつが次はこの街を襲う計画を立てていたとしても、おかしくはないだろう。とは言え、警戒しすぎて本来の仕事が果たせない、というわけにもいかない。
俺と一緒にいるのは、エルリアからのメンバーを中心に、ジンと美久、それから飛鳥だ。……蓮と誠司は別のチームだ。悔しいが、俺が同行するとこじれるだろう。誠司にフォローを頼んだ。
瑠奈が後ろ向きになっているのは、彼女も傷付いているせいでもあるだろう。今回ばかりは彼女も、何が蓮の反発の原因かを把握しきれていないらしい。……周りが説明するわけにもいかない。そんなことをすれば、余計にこじれてしまいそうだ。俺にできるのは、せめて彼女まで沈みすぎないようにする事か。
みんなには休んでもらうことも検討したが、当人たちがそれをよしとしなかった。だから、何かあればフォローできるようにしつつ、こうして同行を許したのだが……。
瑠奈と暁斗はまだしも、浩輝と海翔は明らかに普段の調子ではない。上の空、というわけではない。逆に、ひどく積極的に周囲に聞き込みをしている。
「やっぱ、どんだけ聞いても聖女さんをほんとに見たって人はいないみたいっすね」
「けど、この前より、掲示板とかを見たことある人は多いみたいだぜ。やっぱ、どんどん広がってるみてえだな」
そんな言葉だけを聞けば、いつも通り、むしろ張り切っているように見えなくもないが……。
二人とも、明らかに張り切りすぎているのだ。まるで、立ち止まりたくないとでも言うように。
「俺たち、ちょっとあっちの方を見てきます。すぐ戻ってくるんで、みんなはこの辺りを頼むぜ!」
「あ、ちょっと!」
制止するよりも早く、二人は向こうに駆けていった。返事も聞かずに突き進むのは、いつも周りをフォローする海翔らしからぬ行動だ。
「浩輝くんも、海翔くんも……無理してる、よね」
「あのバカ……こんな時まで、不器用すぎでしょ」
「動いていないと考え込んでしまうのでしょう。まったく、これでは蓮の方はどうなっているやら」
二人はまだ、最低限をわきまえてはいる。蓮のコンディションは二人よりも悪く見えたから、やはり向こうも心配だな。もちろん、二人もこのままにはできないが。
「ごめん、みんな。でも、もう少しだけあいつらに時間をくれませんか?」
「分かっていますよ。ですが、限界はあります。もしもあの調子が続くようならば、二人には外れてもらうしかありません」
「それは……」
「敵は、万全の状態で臨んでも危険極まりない相手です。余計なことに気をとられていては、最悪の場合は死に繋がるでしょう。私もマスターも、そんな状態を認めるわけにはいきません。分かりますね?」
「…………はい」
ジンの言葉は厳しいが、正しい。……今さら、彼らを子供だからという理由だけで過剰に保護するつもりはない。だが、それとは別に、コンディションが悪化した者を危険な場所に同行させるわけにはいかない。
瑠奈と暁斗は、今のところは大丈夫そうだが。残りの三人は、はっきり言って厳しそうだ。
「それを望まないのならば、解決策をしっかり考えるとしましょうか。時間も解決には必要ですが、時間だけが解決してくれないこともありますので」
「そうだな……」
朝に美久も言っていたが、今回は何かしら外部の手助けが必要だろう。時間をかけすぎれば、余計に閉じこもってしまう気がする。俺と蓮はきっと、そういうところも似ているから……何となく分かる。
「でも、その……どうしてみんなが喧嘩したのか、その詳しい理由は……聞けない、んですよね?」
「……済まない。こればかりは、他人が口に出していい話ではないだろうから」
説得をするのにも、原因が分からない限りは難しい。それは分かっている。みんなには、彼らが俺に相談をしてきたこと、それを蓮にはまだ話せないと口に出したこと、その言葉を蓮が聞いてしまったこと……程度は伝えている。
それでも……さすがに、詳細を語るには、今回の衝突は根が深すぎる。蓮が溜め込んでいたものについても、浩輝と海翔の過去についても。
……浩輝と海翔、か。何かがあるのは分かっていたが、さすがに昨日の話は、本気で驚愕してしまった。まさか、あそこまでの真実があるとは、俺にも想像できなかったから。
同時に、知ってしまった今となっては、今までの振るまいについても納得できたがな。
「容易に口にできない事もあるのは理解します。ならば、事実を知るあなた達が、どうすべきかを考えるしかないでしょう。ですが、我々にできることならば協力しますので、相談はしてください」
「ありがとうございます……ジンさん。みんなも、ごめんね」
「礼には及びませんし、謝罪はもっと不要ですよ。私とて彼らの仲間ですし、こうなるまでに対処できなかった責任もあります。あなた達も、抱え込みはしないことです」
「そうだよ、瑠奈ちゃん。わたしも、浩輝くんと海翔くん、それから蓮くんが仲良くしてないと嫌だから……」
「やりたくてやるだけよ、こっちも。だから、あんた達まで暗い顔するのは止めときなさい」
みんなの激励に、瑠奈と暁斗はややあって頷く。そうだな……当事者は俺たちだが、だからこそ、周囲の方が冷静に判断できるものもあるだろう。こういう時だって、仲間、家族として頼るべきだな。
ならばこそ、次にどうすべきかだが――
「みんな! おい、ちょっとこっち来てくれよ! 」
――慌てた様子で二人が戻ってきたのは、その時だった。