狂犬の痕跡
小隊が何者かに襲われて壊滅した――その一報を元首から受けることになった俺たち。当然ながら、全員の表情が険しい。元首も、いつものような芝居がかった言動はなりを潜めていた。
浩輝たちも、今はそちらに意識を向けることにしたようだ。とは言え、精神的に弱っているのは間違いないし、その上にこんな話を聞かせるのは心配ではある。
「見るも無惨なものだったそうだ。亡骸を発見した者が、ショックで寝込むぐらいにはね」
「UDB、か?」
「いや、それは怪しいところだ。UDBならば、あのような状態にはならんだろう。何しろ、全員の首が、見せしめのように並べられていたそうだからね」
その悲惨な内容に、何人かがうめいた。確かにそれは、普通の人に耐えられる光景ではないだろう。あまりにも、趣味が悪い。
「だが、ヒトの手であるとも言い切れない。首を除いた遺体は、まるで獣に食いちぎられたようだったそうでね」
「……ヒトに率いられたUDB? それか、知能の高い人造UDBか」
アンセルではない、それは確実と言える。あいつは、たとえ命令されたとしても、そのような悪趣味な真似はしない。いかに敵であろうと、そういう信頼はある。
その配下であるヴィントールは……違っていてほしいとは思うがな。望まぬ命令を、心を殺して遂行できる彼ならば、可能性はあるかもしれない。そうだとすれば悪趣味という言葉すら生ぬるいが。
瑠奈たちの様子を見るが、やはりショックは強そうだ。敵対に近かったとは言え、見たことのある人物が殺されたのだ。今までよりも実感は持ってしまうだろう。
……俺としては、彼女たちには慣れてほしくないが、現実として、これから戦い続けるならば避けて通れはしないものだ。今は浩輝たちの問題が重なっているから、フォローはするつもりだが……。
「もしかして……狂犬ってやつなのか?」
暁斗が、不安げにそう呟く。正体不明の、残虐な敵……それは、今まで何も見えなかったその言葉と、確かに噛み合う。
「やってることはまさに、って感じだがよ。目撃者とか、記録映像とかはねえんだよな?」
「残念ながらな。ニケア高地付近は、普段は人が入ることのない場所だ。何か怪しい集団がいた、という報告もない」
「この行動にどのような狙いがあると思う、リカルド?」
「恐怖を煽るためだとか、推論を並べられはするがね。今回の相手には、そういう秩序を感じない。敢えて言うならば……狙いなど何も感じない。ただ単に己の欲求を満たしたかった。ついでに煽った。その程度にしか思えんよ、吾輩は」
その時、今までで初めて、リカルド元首の顔に苦い感情を見た。彼の想定通りだとすれば、本当に滅茶苦茶な話だ。遺体の様子は、それほどまでに酷かったのだろうか。
だが、相手の思惑が何であれ、この犠牲は……感情を抜きにしても、非常に大きな痛手になるだろう。
正体不明の何者かに、一部隊が壊滅させられた。この情報は、間違いなく全体の士気を下げる。次は自分たちが、そんな不安の中で冷静でいるのは難しい。俺たちだって、他人事ではない。
「いずれにせよ、対策は立てねばならないだろう。狙いが分からない以上、根本的には難しいだろうがね。戦力分布の見直しを行おうと思うのだが、君たちの意見を聞かせてもらえるかね?」
「当然だ。ギルドもこの件には全力で対処しよう。現場の調査は?」
「成果が得られるかは怪しいが、当面は痕跡を追う。あれは……様子を見るだとか、動くのを待つなどと言えん相手だ。何としても、早期に見付け出し、対処せねばならない」
「ならば、こちらからも戦力の提供は惜しまん。話を聞くに、数よりも少数精鋭であたるべき相手のようだからな」
話を聞く限り、小隊は一方的に壊滅させられている。相手の規模は分からないが……数だけを当てても犠牲者が増えるだけになりかねない。
アレシア少尉の部隊と手合わせをした俺は理解している。あの時は圧倒こそできたが、彼らの戦闘力はそこまで低いものではなかった。この国の軍人の平均値ではあるだろう。ならばそれこそ、マスター達でもぶつけなければならない相手と考えられる。
それが狂犬であると仮定すれば、ヴィントールの警告通りになりつつあるか。けっきょく、後手に回ってしまった。それも、取り返しのつかない犠牲と共に。
……彼らのことは好きではなかった。だが、さすがにやりきれないな。衝突こそしてしまったが、彼らだって国のために命懸けで戦っていたのだから。
「では、この場での情報共有は以上としておこう。ギルドマスター諸君は残ってくれるかね?」
元首のそんな一言で、いったんは解散になった。
……俺たちのやるべきことは変わらない。だが、間もなく何かが動き出す……そんな嫌な感覚だけが、俺の中に残っていた。
そして、俺たちはこれから思い知ることになっていく。
あの時、ヴィントールに告げられた通り、この国を取り巻く騒動は……まだ、ほんの序の口だったのだということを。