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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
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失意の少年たち

「う、ぅ……ひくっ……」


 蓮のやつが走り去って、ガルがそれを追いかけていった後。浩輝は、何も言えずに泣き崩れた。

 浩輝の口は、何度か開いては閉じている。掠れた声はほとんど聞こえないけど、蓮に許しを請う言葉なのは分かる。


「コウ、大丈夫だよ……コウがこの前、言ってくれたでしょ? どれだけ大きなケンカしても、ちゃんと向かい合って話せばいいって」


 浩輝の頭を優しく撫でながら、瑠奈があいつを慰める。自分もすごく辛そうな顔で、それを見せないようにあいつを抱いて。


「レンだって、落ち着いたら話を聞いてくれるよ。私も手伝うから、さ。だから……心配しないで」


「……うん……」


 それはきっと、自分に言い聞かせている面もあるんだろう。友達に思い切り拒絶されたんだから、瑠奈だって傷付いて、動揺しているはずだ。……途中であいつに言われたことが、理解できていないのもあるだろう。

 とにかく、浩輝のことは瑠奈に任せた。俺は……。


「はあ。やっちまった、なあ」


 ようやく口を開いたカイの声は、いつもの調子とあまり変わらない。……この期に及んで、こいつは。


「話そう話そうって、ずっと思ってて……踏ん切りがつかなくて、結局これかよ。本末転倒すぎるだろ、ったく」


「………………」


「さて、どうすっかな……。一晩待って、落ち着いてくれりゃいいんだが。どう謝るか、ちゃんと考えねえとな」


「……カイ」


「何だよ?」


「震えてるぜ、お前」


 自覚はあるんだろうか。自分がいま、どんな顔をしているか。どんな声で喋っているのか。


「そこまでして我慢するなよ。泣きたくなったら、泣いた方がいい時だってあるんだぞ」


「何、言ってんだよ。……俺は……決めたんだ。もう、あいつの前では、絶対に……泣かねえ、って」


「……そんなの。お前、どれだけ自分を強いと思っているんだよ」


「強くなきゃいけねえんだ。俺は、もう……!」


 ――もう、浩輝に何の心配もさせたくない。そう、浩輝には聞こえない程度の声で、絞り出すように言った。

 そうだ。それが、こいつの強がっている理由。弱さを見せるのを嫌がっている理由だ。自分は強いんだと、何の心配もいらないんだと、周りに……誰よりも浩輝にアピールするための、こいつなりの処世術。今もたぶん、こうやって何でもないように振る舞って、浩輝を安心させようとしている。

 ……あの事に関連した話なら、なおさらだ。カイが傷付いていたら、浩輝は間違いなく自分を責める。だからこそ、こいつは限界のとこで耐えている。



 俺も、ひとりの兄として、「心配をかけたくない」って気持ちは分かる。だから今まで、こいつのそんな強がりに付き合っていた。

 ……だけど。今、ここで強がるのは、違うって断言できる。だから。


「お前が泣かなくなった事を、浩輝が気にしていてもかよ」


 カイが、動きを止めた。


「お前が浩輝を見ているのと同じくらい、浩輝はお前を見ているんだぞ、カイ。お前が無理して、強がって、いつだって我慢していること……あいつが気付いていないと思っていたのかよ」


「……なに、を」


「知っているんだよ。お前がどういうやつかってのは、みんな。……お前だって浩輝と同じくらいに苦しんでいることも。お前だけがそんなに強いわけじゃないことも」


 結局はこいつだって、浩輝とは違う方法で、全部を自分で背負いこんでしまっているんだ。二人して、心の中では自分を責め続けて、重たいものを自分に乗せ続けていた。


「……自分のために泣いたっていいんだ。それが、浩輝のためにもなる。お前はあいつを支えるんだろ? その前に、お前が耐えられなくなったら……意味がないだろ」


「……っ……」


 浩輝のためにも、泣いていい。その許しが、今のこいつに必要だった。許されなきゃ泣けないぐらい、こいつは頑張ってきた。

 ……こいつは、責任感がすごく強いから。自分のためが、二の次になっちまう。でも、今くらい……自分が辛いのを我慢する必要は、ないんだ。


「……う、ぅ……」


 か細い嗚咽。それが、限界の証だった。ぽたりと、雫が落ちる。一度緩んだら、もう抑えられなくなったみたいだ。膝から崩れ落ちて、しゃくりあげ始める。


「ごめん……違う、んだ、レン……ごめんっ……俺、俺は、ただ……お前と、ずっと……ずっと、変わらずに……いたく、て……!」


「……いいよ。今は、思い切り、吐き出してさ」


「ああ、ああぁっ……! や……だ、レン、ゆる、して……こんなの、嫌、だよっ……!」


 カイは、思い切り声を上げて泣いた。今まで耐えてきたぶんを、ぜんぶ吐き出すみたいに。……今はもう、泣かせてやるしかできないだろう。


 ……なんで、こうなっちまったかな。

 本音を言えば、俺には蓮の気持ちも分かる。俺も、たぶん同じだから。話してもらえなかったことが、信じてもらえなかったことのように感じて……その感情が、抑えられなかった。

 ああ。端から見ると……こんなに、虚しいのか。大切に思うからこそ、言えないことだってあるのに。だけどきっと、張本人からしたら、それはとても悲しいことで……。


 堂々巡りだって分かっている。だけど、俺も自分を責めずにはいられない。蓮の性格は分かっていたはずなのに、どうしてここまであいつを放っておいてしまったんだろう。どうして時間が全部解決してくれるなんて考えてしまったんだろう。

 瑠奈のこと、ガルフレアのこと、ルッカのこと。あいつは今、何もかもが上手くいっていなかった。ちょっと考えれば、あいつがどれだけ悩むかぐらい、想像できたはずなのに。力になってやらずにいた結果が、これか。あいつの言ったことは、間違っていない。俺たちは誰も……あいつを見てやれていなかったんだ。


「……大丈夫かい?」


 ふと気が付くと、門番のうちの一人が、俺たちの側に来ていた。人の良さそうな、鼠の男性だ。これだけ騒げば、放っておくわけにもいかないよな……。


「すみません、騒いでしまって……」


「いや、気にしなくていいよ。それを言ったら、軍の方が君たちには迷惑をかけてきたからね。外に出ていった子は、仲間も探しているから心配しないで」


 元からギルドに友好的だった人みたいだ。泣いている二人を見て、少しためらいがちに口を開く。


「これは俺の勝手な意見だけど……思い切り喧嘩をできるのは、相手を思っている証拠だと思う。だから、あまり抱え込みすぎないようにね」


「……はい。ありがとう、ございます」


 そうだ。どっちも、相手を大事にしているからこそ、みんなはすれ違って、ぶつかってしまった。だけど、大事に思っているんだから、まだやり直すことはできるはずだ。

 ……蓮。頼むから、あまり早まったことを考えないでくれよ。俺みたいな馬鹿をするのは、ひとりで十分だからな。






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