届かないもの
自分でも、何をしているのかよく分からなかった。ただ、おれの中で荒れ狂っていたものが、身体を突き動かしていた。
「レ、レン……!?」
「よくも……好き勝手に決めつけてくれたな、お前ら!!」
おれに聞かれてたのが分かったからか、みんな、すごく慌てた顔をしてた。……そんなに聞かせたくなかったのか? そんなに、おれに知られたくなかったのか?
……そうじゃない、こんな状況なら誰だって焦るはずだ。勝手に盗み聞きしたおれが何を。駄目だ、落ち着いて話をしないといけない。――落ち着いて? いいのか、本当にそれで。折れて、言いたいことも言わずに、飲み込んで。嫌だ。もう、そんなのはたくさんだ。
「ぜんぶ、ぜんぶ、聞こえた! お前らが隠してたことも……おれには話せないって、言ったことも!!」
「……あ……」
「友達だから言えない? だったら、何でガルフレアには話せた!? 関係が薄いから? 違うよな? そんな相手だったら、おれ達はここに来てないからな! ……そいつなら話しても大丈夫だって思ったんだろ? おれと違って!!」
「おい、落ちつけよ蓮! ふたりは、別にそんなつもりじゃなかった!」
「だったらどういうつもりなんだよ!! ……怖いだって? おれが、今の話を聞いて、隠し事をしてたって知って、離れることが怖いだって!? 何か隠してることがあるぐらい、とっくに気付いてたに決まってるだろう!?」
コウも、カイも、何も言わなかった。声を詰まらせて、ただ立っていた。それが、すごくむかついた。
「言えなかった、それは分かるよ! それでも待ってた……いつか、ちゃんと聞かせてくれることを! どんな大きな秘密だって、受け入れるつもりでいた! 聞かせてくれるって、信じてた! いつかおれのことを、話してもいい相手だって認めてくれるって思ってたんだ!!」
聞いたら、教えてくれると思っていた。だけど、軽々と話せることじゃないんだろう、って予感もあった。だから、待ってたんだ。こいつらが自分から話してもいいって思えるようになる、そんな時を、ずっと。
「それを……それを、よくも。聞かれても、言えないかも、だって? それがどういうことか分かってるのか、カイ。おれのことを、騙し続けるんだって言ったんだぞ、お前」
「レン……待って、くれ、俺は……」
「何を疑ったんだ、コウ。お前とカイのことを知って、おれがどんな顔をすると思ったんだ。……ふざけるな。そんなにおれが信用できなかったのかよ! ガルフレアは信じられても、おれの事はその程度の相手としか考えてくれてなかったのかよ!!」
「……ち、がう……オレは、ただ……」
「レン! そんなことないよ、話を聞いて! 私たちは……」
「そんなこと、ないだって? お前が、お前がそれを……おれじゃなくてそいつを選んだお前が、それを言うのかよ!!」
「え……」
そう叫んだおれに、ルナは……何のことだか分からない、って顔をした。ああ、そうか。そうかよ。本当に、何も伝わっていなかったのかよ。
「はっ。何が、親友だ。おれのことなんて、何も分かってくれなくて、何も信じてくれなかったお前らの、どこが親友なんだよ!!」
「っ! 蓮、いい加減にしろ! 二人は、ただ……!」
「うるさい!! お前が、お前の言葉なんか! おれは……おれは!!」
こいつに説教なんてされたくない。こいつに、みんなを語ってほしくなんてない。おれの方が、おれの方がみんなとずっと一緒だったんだぞ。それなのに、何で。何で。何で……。
「……何なんだよ。おれは……おれは、ずっと。おれだって」
必死に、やってきたんだ。上手くできなくても、自分にやれることを、頑張ってきたつもりなんだ。それなのに、どうして。
「誰も、おれを見てくれない。兄弟だと、親友だと思ってたやつらですら。誰ひとり、おれを必要としてくれないじゃないか……!!」
みんなにとって、おれは……何だったんだ。どうして、おれじゃなくて、そいつに話したんだ。相談する相手にもできなかったのか、おれは。
「全部、おれの一人相撲だったってわけか。だったら、もっと早くに突き放してくれよ。お前なんかいらないって、はっきり言ってくれよ……!」
おれがいても、何にも変わらない。変えられない。だったら、おれは。
「……なあ。おれは、どうすれば良かったんだよ!? 教えてくれよ、誰か……もう、何も分からないんだよ! 教えて、くれよぉッ……!!」
ただ自分の奥から沸き上がってくるものを抑えられなくて、叫ぶ。自分でも、何もかもぐちゃぐちゃだ。分からない。おれは、何が言いたいんだ。分からないけど、苦しくてたまらなくて……。
「分からない、よ。……おれは、間違ってたのか? どこから、間違えてたんだ……? おれは……いったい……」
目の前が滲む。身体中が熱くてたまらないのに、胸の奥のところだけが凍ったみたいに冷たく感じる。
――いてもいなくても、何も変わらなかったなら。
おれがここにいる意味なんて、最初からなかったじゃないか。
「う……ああああああぁ!!」
「っ、蓮!!」
わけも分からないままに、走った。叫んだ。そうしないと、内側から溢れてくる何かに、突き破られてしまいそうだった。
みんなの声が……コウとカイの叫びが、聞こえた気がした。だけど、止まれなかった。止まった瞬間に、全部が崩れてしまうように思った。
分からないことが、怖かった。自分がここにいる意味が、見えなかったことが、怖くてたまらなくなった。
どこに向かってるのか、いま自分がどこにいるのか、それも考えられずに、ただ足を動かした。走って、走って、走って――。
――ああ。また、おれは、逃げているじゃないか。
「はぁ、はぁ、はぁ……う、ぅ……」
そして、走る体力も無くなって、おれはその場に転がりこんだ。
気付いた時には、砦からだいぶ離れてた。周りには誰もいない。
ひどく汗が流れて、身体はとても熱い、はずなのに……寒くて、たまらなかった。
……今さらみたいに、自分が何を言ってしまったかが、頭に届いた。コウとカイの、泣きそうな顔を思い出した。いや、最後に聞こえた声、ふたりは泣いていたみたいだった。
「あ……あぁっ……」
おれは、何をしているんだ。なんてことを、したんだ?
話してくれるのを待ってた? ただ、聞く度胸が無かっただけのくせに。
信じてくれなかった? なら、おれだって信じていれば聞けたんじゃないのか。
……おれを選んでくれなかった? おれが、選ばれる土俵から勝手に降りただけじゃないか。
何もかも、悪いのはおれじゃないか。間違ってたのはおれじゃないか。それなのに、責任を全部、みんなに投げて……あんなことを、言った。あんなことを、間違いなく、おれが、おれ自身が、そう思ったんだ。自分勝手な言葉で、大事な友達を……おれが、泣かせたんだ。
「うああああああああぁっ……!!」
おれは、最低だ。ほんとに、最低のクズだ。
なんで、おれが泣いてるんだ。大切な友達を傷付けて、自分勝手に暴れて。 そのくせ、悲劇のヒーローでも気取ってるつもりかよ。泣く資格なんて、おれには。
「何だよ。何なんだよ、おれ、は……!」
どうして、おれは、こんな。
こんなやつ……こんな、やつ――
「…………蓮」
――ああ。
どうして、おまえは、こんなおれを。