思い、すれ違い
「……ふう」
コニィに呼ばれたおれは、部屋を出た途端にため息をついた。
呼ばれた理由は単純。おれが怪我をしてたからだ。
昼間、調査をしていたおれは、町中でたまたま喧嘩が起きてるのを見た。それ自体はおれが止めに入って、大した騒ぎにはならなかったんだけど……その時に、軽く腕を痛めてしまった。
自然に治せばいいかと黙ってたんだけど、夕食の時に少し痛みで顔をしかめたことに、コニィは気付いてたらしい。それで呼び出しだ。
面と向かって問われると隠すわけにもいかなくて、白状したおれをコニィは治療してくれた。そして、その時にこう言われた。
「怪我をしたなら、隠したら駄目よ。小さな傷でも、適切に処置しないと余計に悪くなるだけなの。……これは、身体も心も同じことが言えるわ。怪我をした時でも、悩みがある時でも、抱え込まないでね」
きっと彼女は、おれの調子が悪いことに気付いてる。おれだって自覚はあるんだ。アガルトでルッカに負けた時から……何もかもが上手くいかない。そんな漠然とした不快感が、ずっと胸の奥でくすぶってた。
コニィにはあの時に弱音を聞かれてしまったから、気にされていたのかもしれない。……ガルフレアと瑠奈のことがあってからは、もっとその感覚が強くなった。
「………………」
少し、ひとりで風に当たりたいな。
そう思って、おれは部屋には戻らず、ちょっと砦の入り口の方へと足を向けた。ある程度は自由に回っていいって言われているし、まだそこまで遅い時間じゃないから、怒られたりはしないだろう。
「……どうにか、しないとな」
思わず、そんな独り言がこぼれる。
あの日、ガルが瑠奈に告白したのを聞いた後、おれは部屋で泣いて、そのまま泣き寝入りして……さすがに、一晩経ったら少しは落ち着けた。おめでとうって、二人に言うこともできた。
だけど、おれ自身がよく分かってる。あの夜に感じた気持ちは……まだ、おれの中に残ったままだってこと。ガルに対して、おれが何を思ったのか……忘れられない。
どうしておれは、こんなに勝手なんだろうか。あいつは、こんな俺を「友として信頼している」って言ってくれたのに。それを嬉しいと思う自分だけじゃなくて、どこかでずっと、モヤモヤしたものが残っている。罪悪感もあるかもしれないけど。
馬鹿なことを言おうとしたと思う。……「もしおれがお前のことを傷付けようとしたら、止めてくれ」だなんて。そんなこと言ったって、困らせるだけだ。だいたい、この気持ちは、おれが自分でしっかり折り合いをつけなきゃいけない。あまつさえ、傷付けようとしてるガルにその責任を投げるなんて、身勝手すぎるだろ。
いい加減に、認めろよ。おれは、負けたんだ。こんな逆恨みしたって、どうしようもない。
前を向かないといけない。こんな惨めで、最低な考えは……捨てないと、いけないんだ。
「…………?」
そのまま、外に出ようとしたところで、おれの視界に何人かの姿が映った。
あれは……みんな? ガルもいる。
外に出てたのか。確かにカイは散歩するとか言ってたけど、みんなもそれを追いかけたんだろう。
だけど、何を話しているんだ? あんな、真剣な表情で。
最初は、このまま戻ろうかと思った。それか、そのまま混ざってもいいんじゃないかと思った。だけど……それをガルが聞いてるって事実が、おれの足を止めた。
悩んだ結果、おれは影に隠れると、自分の力を発動させた。距離を歪めるこの力なら、ガルにも気付かれないくらいの距離から話を聞ける。範囲さえきっちりと絞れば、消耗も抑えられる。……悪趣味なのは分かってる、けど。どうしても、気になってしまった。
ガルも含めて、話に集中しているからか、誰にも気付かれてないみたいだ。
「聞いてくれたのは、良いきっかけだと思うんだ。ガルになら、知られてもいいって、オレは思う。……良いか、海翔?」
「俺は、お前が決めたことを止めたりしねえよ。俺も、ガルになら知ってもらっていい。俺だって、いつまでもこのままじゃいけねえからな」
「…………!」
これは、まさか……二人の隠し事について、か。
おれだって、何年も一緒にいたんだ。何かあることに、気付いてないわけじゃない。ただ、そこに踏み込むのは何だか悪い気がして、踏み込めずにいた。ルッカの時と同じで……聞くことを選べなかった。ガルは、そこに踏み込んだのか。
――あいつになら、話してもいいのか。おれには、未だに話してくれてないのに。
「…………っ」
落ちつけ。当然、じゃないか。ガルフレアは、おれ達の先生で……すごく冷静で、頼りになるやつだ。悩み事を相談するには、ちょうどいいだろう。それに、おれと違って、ガルは自分から聞いたみたいだ。あいつは踏み込む勇気があったから聞かせてもらえるんだ。……分かるのに。何で、こんなに胸がむかつくんだ。
やっぱり止めよう、こういうのは良くない。勝手に聞いて勝手に腹を立てるなんて、最低だ。おれはまた今度、自分で聞けばいい――そう思って、力を解除しようとした瞬間。おれは、それを聞いてしまった。
「俺の――――は、――――。俺と浩輝は、本当は――――なんだ」
……なん、だって?
さすがに混乱してしまった。いや、だって、そんなのは。じゃあ、今までのあいつらは?
「詳しく、聞かせてもらえるか?」
「ああ。オレ達が、どうしてこうなっちまったのか……全部、話すよ」
コウとカイが語り、ルナと暁斗が細かく補足していく。おれは、完全にその話に聞き入ってしまった。もう余計なことを気にする余裕はなくて、ただ、二人の本当のことがどうしても知りたくて……止められなかった。
……ふたりが隠してきてたこと。おれはけっきょく、それを最後まで聞いてしまった。
こんな話を、ずっと抱えてきたのか。初めて知り合った時のあいつらは、今と同じように明るく振る舞ってたのに。その裏で、こんな……。
……何をやってるんだ、おれは。こんなの、勝手に聞いていい話じゃなかった。謝らないと……ここで出ていってか? それとも、今度か? いや、悪いと思うならなおさら、余計なことを言わずにいるべきじゃないのか? ちゃんと聞かせてもらって、その時に……。
「ひとつだけ、聞いてもいいか? 蓮は、この事を知っているのか」
「……いや。赤牙の中でこれを知ってんのは、後は先生とマスターだけだ」
「その二人は当然だろうな。……では、彼には話さないのか?」
「…………話せねえと、思っている。少なくとも、今はな」
それを聞いた瞬間、胸の奥が一気にざわついた。
「話せない、とは、聞かれても、という意味か?」
「怖いんだ。いくら昔のことで、あいつと関わりがあるとかじゃないって言っても。俺達があいつを騙してることに違いはねえ。何て言うか……今の関係が変わっちまう可能性があることが、怖い」
「しかし蓮は、それを知っても受け入れてくれる男だと思うがな」
「それは分かってるよ。だけど、もしかしたら、って思うと……踏ん切りが、つかなくてよ」
鼓動が、どんどん早くなる。
……もしかしたら? カイ。お前はいったい、何を言ってるんだ。もしかしたらおれが、この話を聞いて、どうすると思ったんだ?
「浩輝も、それでいいのか?」
「良くは……ねえ、けどさ。オレも、カイと同じだ。もし、それがきっかけであいつに怖がられたりしたらって思うと……」
「………………」
「オレの力は、カイの人生を変えちまった。それは、間違いねえんだ。こんなこともしちまうような、とんでもない力だって知ったら……引くだろ、友達だって」
怖がられるって? 引くって? コウのことについて、おれが? おれは、そういう奴だと思われているのか?
――だったら。何で、その男には、相談できるんだ?
「……何だよ、それ」
おれじゃなくて、そいつならいいのかよ。おれよりも、そいつの方がいいのかよ。おれは。お前たちにとって、おれは。
「何だよ、それ……っ」
待ってた。ずっと、待ってたんだ。おれが本当に信頼されて、お前たちの抱えてるものを教えてくれる、そんな時を。何を言われても受け入れるって決めてた。おれにはまだ時間が足りないんだろうって思ってた。それなのに、出逢って一年も経ってないそいつには、全部――
「何なんだよそれは!!」
――ああ。
もう、がまん、できない。