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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
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少年たちの夜 2

「話を戻そうか。お前の格闘術は、天才的だ。UDBを相手にあそこまで戦える者は、大人であろうとそういない。それについては他のみんなもそうだが……お前だけの強みのひとつに、思い切りの良さがある」


「どういう意味だ?」


「考え無しという意味ではないぞ。お前はあくまでも理性的に、必要な行動を見極める。そして、その上で導いた行動を、迷わずに実行できるのがお前だと思っている。たとえ、普通ならためらいの生じるようなものでもな」


 この前の戦いで、UDBの急所を思い切り蹴り上げていたのもそうだな。ある意味、喧嘩術とでも呼ぶべきか、泥臭さもあるような攻撃を彼は恐れない。効くものは狙わない方が馬鹿だ、と言っていたが、その姿勢を俺は評価する。


「一応聞いとくけど、これは褒めてくれてんだよな?」


「もちろん、褒めている。戦う上では、一瞬の気の迷いが命取りだ。迷わずに行動できることは、これからもお前の命を救っていくだろう」


 海翔は苦笑しているが、これは皮肉でも何でもない。俺たちがしているのは、ルールにのっとった試合ではない。命を懸けた戦いだからな。


「加えて、分かりやすい評価点を挙げれば、お前のPSの完成度だろうな。これは誠司やウェアルド、ジンも同じことを言っていた」


「紅の炎爪が?」


「ああ。浩輝や蓮は、まだ力に振り回されている部分がある。瑠奈は安定こそしているが、まだ発展途上だ。その点、お前はしっかりと力を理解し、コントロールできていると思っている」


「ま……こいつとの付き合いも長いし、使い方も弱点もよく分かっているのはそうだけどな」


「限界も把握しているだろう? 例えば、熱の許容量が無制限でないことは分かっているんじゃないか?」


 俺がそう問うと、海翔は少し意外そうな顔をした。


「まあな。熱くなるほど強くなるっつっても、やりすぎるとオーバーヒートが起きて、下手すりゃ自爆しちまうだろうよ。……話したことはなかったけど、よく分かったな」


「どのような力であろうと、限界はあるものだ。お前の能力の特性を考えれば、予想は立てられる。お前がそれを理解して、限界を超えないように戦っているのもな」


 最初の頃、彼の利発さを完全に理解する前は、一番心配していたのが彼の力だった。すぐにその心配は無用だと分かったがな。

 彼はどれだけ熱くなろうと、己の限界は常に把握して、無茶はしない。そうすれば、周囲を危険にさらすと理解しているからだろう。だが、それができる者は決して多くないのだ。


「当然、お前以外のみんなも素晴らしい実力だ。いつ覆ってもおかしくない実力差だし、単独の評価と戦った結果はもちろん違う。……と、お前には言うまでもないだろうがな。ともかく、評価された時は素直に受け取っておけ」


「……そうだな。ありがとよ、ガル」


「礼を言うことでもないさ。……ところでお前たちは、いつまでそうして隠れているつもりだ?」


「げ、バレてた」


「……は?」


 会話の途中、俺は海翔の後ろの物陰に向かってそう投げ掛ける。数秒ほどしてから、瑠奈と暁斗、それから浩輝がぞろぞろと姿を見せ始めた。


「お前ら、いつから聞いてたんだ……?」


「えっと、お前らが試合してた後ぐらい、だな」


「あはは、ごめんごめん。どうにもタイミングがつかめなくてさ」


「あまり盗み聞きを癖にするんじゃないぞ、まったく。……蓮はいないんだな」


「あー、あいつはコニィに呼ばれてどっか行ってたからよ」


 友人たちが姿を見せた途端に、海翔はせわしなく尻尾を揺らして黙りこんだ。色々と、かっこつけていない本音を話していたからだろうな。


「おいおい、あんま睨むんじゃねえっての、カイ。ただでさえ目付きわりぃのによ」


「今さら、お前が強がってるだけなことぐらい、分かってないやつはこの中にはいないだろ」


「ああぁやめろやめろ! 何だその生ぬるい優しさみてえなのは!? ……と言うかガル、聞いてるの分かってて言ってたなさっきの!」


「悪いな。だが、言ったのは全て本心だぞ」


 海翔は俺に恨みがましい視線を向けてくる。確かに悪趣味だとは思うのだがな。彼の本音を聞くには、黙っていた方が都合がよかった。


「けど、カイのが強いってのは聞き捨てならねえな! ガル、オレも試合してくれよ、試合!」


「……止めとけ止めとけ。俺の直後で比較されたら、もっと評価を落とすだけだぜ?」


「んだとコラこの青トカゲ!」


「ほらほら、こんな時間にケンカしないの」


 そんな、いつも通りのやり取り。海翔もすぐに調子を取り戻したようだ。あるいは、調子を戻させるためにそんなやり取りに持っていったのだろうか。


「誤解しないでくれ。前提として、お前達の実力はほぼ横並びだ。その中で、海翔には褒めるべき長所があるという話だな。実際、模擬戦の結果はほぼ五分五分だろう?」


「だな。その上で俺が勝ち越してるってのが答えだぜ?」


「ぐ、ぐぬううぅ……てめえ、さっきの大人しいのは何だったんだよ……!!」


「カイも煽るなって。騒いで砦の人に迷惑かけるのはナシだからな?」


 ……しかし、偶然ながら、丁度いいメンバーが揃ったな。俺としても備えていたわけではないが、今が良い機会ではないだろうか。少しだけ迷いはしたが……俺はここで、踏み込むことに決めた。


「浩輝と海翔の、最も大きな差を挙げるとすれば……PSのことだろうな」


「PSの? さっき言ってた、時の歯車が不安定って話か? そりゃ、まあ……自分でもそれは分かってるけどよ」


「無論、その力が非常に特殊で、扱いが難しいことは分かっている。蓮もかなり特殊だが、時の歯車は飛び抜けているだろう。だが、俺が言っているのは、そこではない」


「……え?」


「浩輝。お前、時の歯車を使うことを嫌がっているだろう?」


 そう言った瞬間、浩輝の表情がひきつった。

 他のみんなも、一気に真剣な表情を浮かべる。その反応だけで、今の問いが正しいかどうかは分かる。


 少しだけ沈黙してから、浩輝は深くため息をついた。


「お前が……こんなはっきり聞いてくるとは、思ってなかったな」


「踏み込むべき時には、踏み込んだ方がいいこともある。そう教えられたからな」


 それが、彼らの傷に関わるものであることは予想できたから、今まで踏み込んでこなかった。だが、その傷で苦しんでいるのが目に見えるのに、見てみぬ振りをするつもりにもならなかった。


「お前がPSを扱いきれていないのは……時の歯車にいくつもの制約があるのは、お前が自分の力をどこかで拒絶しているからだ。違うか?」


 アトラが、己の力を扱いきれず暴走していた理由もそれだった。PSは、本人の意識ひとつで、性質を変える。力を受け入れられなければ、その性能は大きく落ちてしまうのだ。


 それに気付く機会は、いくつかあった。PSの話題で辛そうな顔をしていた時。浩輝がPSを使うことを、周囲が妙に気にしていた時。そしてこの前の、カザの村での瑠奈との会話。

 浩輝が何かを抱えていることは予想していたからな。それをPSに結び付けるのは、さほど難しくなかった。


「……違わない。お前の、言うとおりだよ」


 ため息混じりに吐き出された声は、彼らしくない小さなものだ。その反応に、聞くという決断が正しかったのか少し迷いも生じたが、ここで聞かなければ俺は、きっと彼の問題に関われないまま終わってしまう。


「ガル、その話は……」


「分かっている。お前たちが、今までその話を避けてきたことも。きっとそれが、浩輝にとって辛い話であることも」


 ここにいる全員が、その詳細を知っているはずだ。彼らは幼なじみだと聞いているからな。


「だからこそ、聞きたいんだ。お前が自分の力についてどう思っているのか。どうして、自分の力にそんな忌避感を持つようになったのか。……お前と海翔の間に、何があったのか」


「………………」


 そう、これはきっと、浩輝だけの問題ではない。海翔が時に見せる、浩輝を気にする様子。一歩引いたところで、彼を見守ろうとする姿。どことなく達観したような……それでいて、自己犠牲的な行動すらいとわない所。きっと、全てが同じものに、彼らの過去に繋がっている。


「苦しいのならば、苦しいのだということを伝えてほしいんだ。俺が言うのもおこがましいが、抱え込む仲間を見るのは、やはり辛いものだからな」


 少し前の自分は、こういう思いを仲間にさせていたのだろう。そう考えると、思わず溜め息が漏れた。だが、だからこそ彼らも、その気持ちは分かってくれるのではないかと思えた。


「だから、知りたい。お前たちの存在は、俺を助けてくれた。その恩を、返したい。お前が何に苦しんでいるかを知って、力になりたい。ひとりの友としても、な」


「……ガル」


「もちろん、無理強いはしない。話したくないならば、そう言ってくれ。それでも俺が、お前たちを支えたい思いは変わらないからな」


「……オレは……」


 少しだけ、返答を待った。どんな答えだとしても、それを受け入れるつもりだ。

 海翔は何も言わなかった。どうやら、答えは浩輝に委ねているようだ。瑠奈と暁斗も、じっと二人の様子を見守っている。


「分かった。オレ、話すよ」


 そして、ぽつりと浩輝が呟いた答えに、一同の視線が集まる。


「良いのか、浩輝?」


「ああ。オレも、少しは前に進みたいんだ。誰に聞かれても黙ってるままじゃ、何も変わらないなって思うし。アトラみたいに、オレも……」


 その声は、彼にしては非常に弱々しくて、まだ躊躇いが強いことを示している。だが、それでも浩輝は、真っ直ぐに俺を見た。


「聞いてくれたのは、良いきっかけだと思うんだ。ガルになら、知られてもいいって、オレは思う。……良いか、海翔?」


 もう一人の当事者である海翔は、浩輝の問いかけに、深く息を吐き出す。


「俺は、お前が決めたことを止めたりしねえよ。俺も、ガルになら知ってもらっていい。俺だって、いつまでもこのままじゃいけねえからな」


「そうか。ありがとう、二人とも」


「いや、嬉しかったぜ、力になりたいって言ってくれて。暁斗とルナも、ちょっと補足してくれるか? 俺じゃ、たぶん()()()()からな」


「……ああ、もちろん。俺たちも、無関係じゃないからな」


「だけど、無理はしないでよ、二人とも。辛そうと思ったら、止めるから。ガルも、それでいいよね?」


「もちろんだ。きつくなったら、遠慮しないでくれ」


「心配しないでくれ、オレは大丈夫だ。じゃあ……どこから、話すかな」







 そうして、彼らは……俺に、ずっと秘められていた二人の過去を、語り始めた。






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