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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
7章 凍てついた時、動き出す悪意 ~後編~
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少年たちの夜

 それから十日。分かってはいたことではあるが、調査は極めて難航していた。


 何の前情報もない狂犬は元より、聖女についての情報も、今まで分かっていたようなことしか出てこない。活動しているかしていないのかが分からないほどに、痕跡が見付からなかった。

 元々、元首からは、首都で聖女の活動が活発化していると聞いていたが……俺たちが調査を始めたその日から、ぱったりとその動きが途絶えた。十中八九、感付かれたと思っていいだろう。

 正確には、聖女を信じている人ならば、それなりの数が見付かった。だが、彼らは実際に聖女に会ったわけでもなく、ただ掲示板でのやり取りなどを見ただけだった。聖女の正体に行き着くような情報は、まるで出てこない。


 調査範囲を広げたところでそれは同じだった。ひとつ分かったのは、首都圏から離れた場所でも、聖女の影響が出始めていることだ。

 インターネットは首都を中心にしか普及していないが、逆に、聖女にすがりたいほどに困窮している者は、首都から離れれば離れるほど増えていく。そういう者が噂を聞き、感化されているようだ。

 影響が広がれば広がるほど、おかしな行動は拾いやすいはず……その考えは甘かったようだ。例えばこれが、具体的な犯罪を企てていたのならば話は別だったろうが、聖女の信者は今のところ何もしていないのだから。

 善を成せ、という指示はあったが、まさか善行をしている人に片っ端から疑いをかけていくわけにはいかない。それ自体は望ましいことでもある。



 掲示板への書き込みも、調査を始めたあの日を最後に行われていない。だが、最後の書き込みを要約すると……「まだこの国から脅威は去っていません。来るべき時のため、私は活動を続けます」という宣言だった。

 そのため、聖女は今でも陰ながら日夜活動して平和を守っている、という噂もある。もちろん、あくまでも噂だが、この場合は噂があるという事実が厄介だろう。それを知った者が、聖女に興味を持ってしまう可能性が出てくるからな。

 英雄をリカルド元首が生み出した時の話を思い出す。本人たちがそこにいなくとも、流れさえ生まれればそれで十分……それと、原理は同じだろう。


 ……我ながら、噂や仮定の話ばかりだな。聞き込み調査だけでは、限界が見え始めてきた。

 上では一斉取り締まりなどの強行策も検討されはじめたようだが、今の疲弊したこの国で、果たしてそちらに割く余裕がどれだけあるか……聖女の影響が強くなってしまった以上、単純な締め付けは火種にもなりかねない。

 そもそも聖女が敵とは限らないことを忘れてはならない。しかし、俺たちから隠れるように動かれては、疑いをかけるなと言われる方が難しい。

 いずれにせよ、このままでは駄目だろう。他の件についても対策しつつにはなるが、動き方を考えなければ。


 ひとつ幸いと呼べたのが、UDBの攻撃が発生しなかったことだ。人造UDBの姿は、ニケア高地以降は確認されていない。

 無論、ヴィントールの言葉がある以上、油断はできないがな。定期的に戦闘が発生するような緊張状態では、調査も手につかなかっただろう。



 そして、今日もこれといった進展はないまま、時刻は夜。

 俺たちはこの日、ジークルード砦に宿泊することとなった。調査のすり合わせで、軍や元首と会話するために砦を訪れたのだ。

 砦の中は、想定より穏やかに過ごすことができた。あの後、大佐の配下である親ギルド派のメンバーもこちらに来ているようだし、ヘリオス曰くあの一件で派閥を変えたものも数多いらしい。元々どっちつかずの者もいただろうし、素直に実力を理解してくれた者もいる。

 それでも、内心ではギルドを認められない者も、やはり少なくはないようだが……表立った反発は無くなったようだ。


「……ふう」


 俺は砦の外で、軽く身体を動かしていた。

 訓練施設を借りれれば良かったが、今は軍が大きな演習をしているようなので止めておいた。

 合同で訓練することも考えたが、あの戦いからそこまで日も経っていない以上、余計な火種を作らない方がいいだろう。ダンク・レイランドもいるようだからな。


 今日、彼とアトラはたまたま顔を合わせることになったが、ダンクは一言もアトラに向けることはなかった。以前よりはましと言っても、その態度は相変わらず頑なだ。

 だが……アトラの言葉を考えてはいるのだと思う、とは、ヘリオスの言葉だ。それに対してどう答えを出すかは彼次第だが、良い方向に向かってくれればいいがな。



 ともかく、砦の外は十分な広さの敷地があり、刀の素振りや型を練習するのに不自由はなかった。見張りに許可だけ取り、数日ぶりにしっかりと身体を動かす。



 成果が得られぬまま日が過ぎていることに、焦りが無いと言えば嘘になる。

 しかし、がむしゃらに動いてどうにかなるものではない。ならば俺は、その時に備えて刃を研いでおくだけだ。

 ひとつだけ進んでいることがあるとすれば、遺跡のことだ。どうやら、発掘作業は大詰めを向かえているようだ。あと数日のうちに、空洞へとたどり着く見込みだと聞いた。


 もちろん、良い方向にだけ動くとは限らない。襲撃でもされなければ良いのだが。ウェア達がいる以上、滅多なことは起きないとは思うが……。


「よ、ガル」


 声をかけられて、俺は思考を切り替える。振り返ると、青竜の少年がひらひらと手を振っていた。


「まだ寝ないのか? 砦を見学するには、少し遅い時間だろう」


「ちょっと気分転換ってやつだよ、落ち着かなくてな。ついでに、お前がこっちに来たって聞いて、探してた」


「何か用件か?」


「ん。せっかくだし、良い機会だと思ってよ。ちょっと、組手に付き合ってくれねえか? 軽くで良いからさ」


 組手、か。確かに、気分転換には悪くないだろうな。俺としても、一人で鍛練を続ける以外の刺激がたまには欲しい。海翔の提案に、頷いて返す。


「では久しぶりに、闘技教員らしいことをやるとしようか。PSは無しでいいか?」


「おう、そこまで飛ばす時間でもねえしな。ただ、あまり手加減はしねえでくれよ?」


「無論だ。学校にいた時のお前達とは違うこと、すぐ近くで見てきたのだからな」


 みんなは強くなった。それこそ、今ならば一本取られたとしても、何の不思議もないと思う。昔のように余裕を持った手加減ができる相手では、とうになくなっている。

 少しだけ、お互いの距離を離す。戦いの始まりは、海翔に委ねることにした。俺はただ、静かにその瞬間を待つ。そんな、静かな数秒の後――


「……行くぜ、ガル!」


 海翔が動くのに合わせて、俺も動く。刀ではなく、徒手空拳での撃ち合いだ。彼との試合は、そうやって互いの肉体だけでぶつかり合うのが常である。


 海翔の格闘術は、とても荒々しく、同時に正確だ。とにかく前に出て攻撃を繰り返す姿は、一見すると無防備にも映るのだろう。

 だが、これは相手の攻めを許さない、彼なりの防御手段だ。己がペースを握ったらそれを離さず、最後まで攻めきることで結果的に傷を減らす。攻撃は最大の防御、という言葉を体言している。

 そしてその攻撃は、彼らしく理論立てて組み立てられている。攻めて攻めて、そのまま攻めきれるなら良し。攻めきれない場合は、攻撃をしながら相手の隙を作り出し、そこを一気に突く。彼の得意とする戦法はそれだ。


 俺はしばらく、受けに徹した。海翔の力をしっかりと見極め、導くためでもあるが、手を抜いているわけではない。見極めずに攻撃するのは、彼のペースに乗せられた悪手であるのを知っているからだ。


 そして、何度目かの打ち合いの果て。互いの蹴りを弾いたタイミングで、俺は攻勢に出た。

 大振りになった蹴りを避け……それをフェイントに仕掛けられた、尻尾による追撃を防ぐ。離脱しようとする彼の顔面に、拳を突き付ける。


 それは、数センチほどの間を空けて、海翔に届いてはいない。だが、それが意図的に外した一撃であることは、彼も分かっているようだ。彼の回避行動は、間に合っていなかったからな。


「……こんなところだな」


「ふう。本当にすげえよな、ガルは。俺、けっこうマジで当てに行ったんだぜ? やっぱまだまだだな」


 やや呼吸を荒くしつつ、海翔は両手を上げて敗北を認めた。


「いや。お前は間違いなく強くなっているさ、海翔。今も正直、ひやりとする瞬間が何度かあったぞ」


「気休めじゃなくてか?」


「俺は戦いに関しては気休めは言わない。大事なことだからな」


 これは本当だ。戦いについてだけは、自己評価も含めて客観視を心がけている。そうしなければ生き延びられなかったし、配下を無駄に死なせることにも繋がったからな。

 ……最近は、そういう記憶についても、実感を持てるようになってきた。記憶が徐々に完全になりつつある影響だろう。やや不思議な感覚だがな。


 とにかく、彼らはみんな、エルリアにいた時よりも格段に腕を上げている。そして、俺はその中でも、海翔のことは特に評価していた。


「これは俺の感覚だが……暁斗を除いてお前たち四人の実力は、かなり近い。しかし、その中でもお前は、頭ひとつ抜けていると思っている」


「そうか? ちょっと意外だぜ、お前からそう思われているって」


「いつもは自分が一番だと言っているじゃないか、お前自身で」


「あー、まあそれは……いや、お前相手にそれ言う方が馬鹿みたいじゃねえか」


「悪いな。普段のそれが、パフォーマンスであることは理解しているが」


「面と向かって言うなよ、ったく……」


 調子が狂ったように、海翔はがしがしと頭をかいている。彼にそういう面があることは、俺だって知っている。瑠奈たち……特に浩輝の前では、彼はいつも己を強く見せるような発言をするのだ。逆に、俺や誠司などしかいない場所では、素直さと向上心を見せてくる。

 悪趣味だとは思うが、改めてそれを確認しておきたかった。二人きりになれたのは、良い機会だ。

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