表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
6章 凍てついた時、動き出す悪意 ~前編~
313/429

立ち向かうべきもの

 このホテルは、屋上から町中が眺められるらしい。そう聞いたオレは、メシの後にちょっとした気分転換に景色を見に行った。


「うぅー、さむ。風呂の前に来て良かったぜ」


 昼間はあんなクソあっついのに、夜はオレの毛皮でも寒いくらいだからほんとに困る。風邪とか引かねえようにしねえとな。……って言ったら「ナントカは風邪引かねえから心配すんな」って言ってきたクソトカゲのことは、いつか海にでも沈めることを固く決心する。

 それはともかく、冷えすぎないくらいに戻るとすっか。おお、確かになかなかキレイな眺めに、キレイな声……。


「……ん、声?」


 それは小さな声だけど、間違いなく何かのメロディだった。この、優しくて落ち着く声は……間違いなく、あの子のもんだ。オレはこっそりと、声の方に歩いていく。思った通りの子は、すぐに見付かった。


 その女の子は……飛鳥は、月明かりの下で、静かに歌っていた。


 


 見上げた月 光が落ちる

 それはまるで 涙のようで

 教えて 君の隣にいたなら

 私もいつか 泣けますか?




 ああ。この歌は、すごく懐かしい。

 オレが昔、大好きだった歌。オレと飛鳥が出会った日に、ふたりでコルカートを演奏したあの曲。……月の雫だ。そうだな、確かに彼女も、この曲が好きだって言ってた。

 思わず、さらに近くまで歩いていく。と、さすがにちょっと近付きすぎたらしい。


「浩輝くん?」


 オレが聞いてたのに気付いた飛鳥は、驚いた顔で歌うのを止めた。聞かれてると思ってなかったのか、ちょっと慌ててる。


「わりい、邪魔しちまったみてえだな」


「あ……ううん、大丈夫。ご、ごめんね、うるさくなかった?」


「そんなことないって。つーか、すげえいい声だったぜ!」


 本気でそう思ったから伝えると、飛鳥は照れたみたいでちょっとうつむいた。褒められるのに慣れてない、なんて言ってたけど、こうやってこそっと練習してるだけなのもありそうだ。


「楽器だけじゃなくて歌も得意なんだな、飛鳥」


「……歌うのは昔から好き、かな。人前だと緊張しちゃって、あまり声が出ないんだけど……」


「もったいねえなあ。飛鳥ならアイドルとかもいけそうなのによ!」


「アイ……!? い、いや、わたしはそういう目立つのは、ちょっと……」


 少し想像したのか、彼女はちょっとわたわたしてる。こういうのもめっちゃ可愛いんだけど、ほんとに困ってそうだからあんま言わない方がいいかな。……いや、オレはマジで言ったんだけどな。


 オレも、アガルトの時ほど情けねえ緊張はしなくなってきた、と思う。そういう話題になると気にしちまうんだけどな……。と、とにかく。普通に仲良くはなってきたと思ってるし、飛鳥も会ったばかりの時より自然に話してくれてる。


「いっつもこんな感じで、ひとりで歌ってんのか?」


「そうだね……この国に来てからは始めてだけど。大変なことがけっこう続いていたからさ」


「だなぁ。オレもあんま音楽とか聴いてねえな、ここ最近は」


 愛用のヘッドホンは持ってきてるけど、戦いだなんだってバタバタして、早めに寝てたからな。あまりそういう気にならなかったってのもあるけど。

 でも、高地の戦いも終わったし、軍とかアトラのことも良い感じに片付いたことだ。今日は久しぶりにお気に入りの曲でも流してみっかな。


「大変だったし、ここからもまだ気は抜けねえけど……張り詰めすぎんのも良くねえし、たまには好きなことする時間くらいねえとな」


「うん。……浩輝くんは、エルリアでは何か音楽とかやってなかったの? 暁斗さんみたいな部活とかさ」


「あー、今は何もしてなかったな。てか、赤牙のみんなだと、 暁兄以外は全員帰宅部だったし」


「そうなの? みんな色々できるから、何だか意外だよ」


「ま、運動部から誘われたりはしたけどな。そこまでやりたい事があったわけじゃねえし、あいつらと一緒に遊んでた方が気楽だからよ」


 カイは「そういうめんどいのはパス」つって最初から何もやらない宣言してたし、ルナは「お菓子作りとかあったら入ってたんだけどね」なんて言ってた。レンは道場通いもあるからまた別だ。


「けど、学校か。ほんの何ヵ月か前まで、普通に学校に通ってたんだって考えると、何かほんとにすげえ体験してるよな」


「あ……みんなはそうなんだよね。わたしは15歳にはもう、ギルドに入ることを選んだから……学校に通っていたのも、けっこう前の話なの」


 その辺りは国の違いなんだろうな。エルリアだと、よほど事情がなけりゃ高校まではみんな通うのが普通だし。恵まれてるって思い知らされる、なんてレンが言ってたけど、ほんとにその通りだ。


「けど、その割には飛鳥って頭いいじゃねえか。ギルドに入ってからも、自分で勉強してたのか?」


「うん。ギルドのみんなが教えてくれることもあったわ。ギルド入りは自分で選んだことだけど、将来のためにできることはやっておきたかったから」


「すげえよな、飛鳥って。努力家でさ」


「そ……そうなのかな?」


「そうだろ。オレなんか、先生に出された宿題もサボってるのによ」


 なんて、笑い飛ばしてみたけど。間違いなくコレを先生に聞かれたら殺られるだろうな……。ついでに飛鳥にもおずおずと「課題はちゃんとやらないと駄目だよ?」と言われたので、オレは思いっきり尻尾を落とした。


「お、オレのことはほっといてだ。飛鳥はちゃんとすげえって、オレは間違いなく知ってんぜ? 頑張って、それをちゃんと自分のもんにできてるんだからな」


「……うん。ありがとう、浩輝くん」


 たぶん、この子の努力は、自信がなかったせいでもあるんだろうな。空さん達と比べちまってたらしいし。それで頑張れてるなら、それもアリっちゃアリなのかもしれねえけど……オレは飛鳥に、ちゃんと自分を認めてあげてほしいな、なんて思う。

 それから、ちょっとだけ二人で景色を眺めてた。こうやって、夜景を眺めるのって何だかデートっぽい……って、いやいや。付き合ってもねえのに、何キモいこと考えてんだっての!

 町の明かりは、エルリアとかと比べたら少なめだ。そのぶん、星はちょっと見えやすい。ちょうどさっきの歌を思い出して見上げてみると、月もばっちり見えた。満月じゃねえけどな。


 ふと気が付くと、飛鳥の表情が少し沈んでた。どうしたんだろう、と思っていると、彼女はゆっくり口を開いた。


「ねえ、浩輝くん。最近、ちょっと悩んでる、よね」


「…………!」


 考えてもなかった質問に、オレはちょっと返事ができなかった。

 アガルトで、色々と巻き込まれていた時のこの子に、オレが同じ質問をしたのは覚えてる。あの時の飛鳥は、オレでも悩んでるってのが分かるくらいだったから。


「気のせいだったらいいの。だけど、この国に来た時ぐらいから、ときどき元気がないって、そう思って……。ごめんね、聞かれたくないと思うけど、どうしても気になったの」


 どう言うか頑張って考えてるみたいで、だけど、それがオレのことを心配してくれてるからなのは、さすがに分かる。

 オレも、ふた月近く一緒に過ごして、彼女の性格は知ってるつもりだ。相手を心配していても、聞くことでイヤな思いをさせるかもしれない……そんな理由で踏み込んでこないタイプだと思う。

 ……そんなこの子が思わず踏み込んでしまうくらいに、最近のオレは表に出てたんだろうか。


「そうかも、しれねえな」


 調子が悪いことくらい、分かってた。

 あの時、カイに発作を見られた。……最近はまた、あの夢を見ることが増えてきてる。何とか、叫んだりはせずに済んでるけど。

 この国で色んなもんを見たこと。時の歯車を思い切り使ってること。……カイがあの夜を気にしてんのが、丸わかりなこと。ぜんぶ重なって、オレも気付いたら考え込んじまってる時が増えた。


「もしかして、昔のこと?」


「……まあ、分かっちまうよな」


 一度、飛鳥の前で思い切り発作を起こしちまったのは、もちろん忘れてない。それでも何も聞かずにいてくれたみんなに、甘えちまってることも自覚はある。


「オレ、PSを使いすぎると、こうなっちまうんだ。それだけじゃねえけど……ちょっと、イヤな夢を見ちまうようになる」


「あの時、みたいに?」


「だな。最近は、それがちょっと続いててよ。でかい戦いもあったしな。それで色々と考えちまってんのもよくないんだろうけど」


 まだ、全部話す気にはならねえ。だけど、今はちょっとだけ、弱音を吐きたかった。


「じゃあ、あまり戦わない方がいいんじゃ……」


「そういうわけにもいかねえだろ。それに、そっちのがよっぽど気になっちまうよ。そりゃオレだって、できるだけ戦いたくはねえさ。死ぬのだって怖えし」


 戦うのに慣れてきた今でも、恐怖はずっとつきまとってる。バカ話でごまかしたり、みんなと力を合わせて何とかやってってるってだけだ。

 一歩間違えば死ぬ。そんなもん、オレだって最初から分かってる。……分かってるつもりだ、これでもな。オレ自身のことも、それ以外のみんなのことも。あんなに強いガルが死にかけたみたいな、そういうことが誰に起きてもおかしくないって。



 ああ。大切な人が、あっという間にいなくなっちまうことだってあるのを、オレはよく知ってる。だからオレは……。


「けど、オレはもう……何もできなくて後悔なんて、したくないから。強くなりてえって思って、ギルドに入ったんだからさ」


 死ぬのは怖い。だけど、死なれるのも怖い。どっちも怖いから、オレは誰かを死なせないために戦うことができる。戦えるようになりてえって、そう思ってるんだ。


「だから、オレは戦うよ。ワガママかもしれねえけど……悩んでるからこそ、オレはここで立ち止まりたくねえんだ。自分に向き合ったアトラみてえに、頑張りてえ」


 今日のあいつを見て、オレはほんとにすげえって思った。ずっと避けてたもんと向き合って、あんなに悩んでた力を受け入れた。オレもああなりたいって、そう思った。

 この力を避けてたって、オレは一生そこに届かないだろう。だから、発作を言い訳に戦いから逃げたくはない。


「……うん、分かった。だけど浩輝くん、無理だけはしないでほしいんだ。無理に悩みを話さなくてもいい。それでも、わたしは君の友達だから……何か力になれることがあるなら、いつだって聞くからさ」


「そっか。ありがとな、飛鳥」


 友達という言葉は、飛鳥の中で大きなものになってくれているんだろう。それが嬉しい。まだ、全部は話せねえけど……いつか、オレにも話せる時が来るかな。飛鳥とかレン、他のみんなにも。


「じゃ、さっそくひとつだけワガママ聞いてくれっか? ……月の雫、聴かせてくれよ」


「え? ……も、もしかして、歌うってこと?」


「ああ。あん時、オレに笛吹いてほしいって言ったろ? それとおんなじ気持ちさ、たぶんな」


 飛鳥の歌は、ほんとにキレイだった。あれを聴くことができたら、今日は何も悩まずに静かに寝れそうだって、そう思ったから。

 彼女はちょっとだけためらうようにしながらも、少ししてから、その口がゆっくりと開き――












 ――この時のオレは、まだ気付いてなかった。

 オレが自分の過去と向き合わなきゃいけない時が、すぐそばまで近づいてきてたってことに――




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ