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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
6章 凍てついた時、動き出す悪意 ~前編~
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望む運命に向かって

「寝てた間の話もだいたい聞いたけどよ、まあいつにも増して面倒そうな感じだよな。俺様は孤児院の辺りからちょいと調べてみるつもりだぜ。もし、みんなが変なのに巻き込まれてるなら、早めに知っとかなきゃいけねえしな」


「そうだな……その辺りはお前やヘリオスに任せよう。やるべきことは山積みだが、しっかりと守ってやらなければな」


 まずは、引き続きのUDBへの警戒。今のところ、ニケア高地の戦いの後には人造UDBの姿は確認されていないそうだ。しかし、ヴィントールは再びまみえると言った。いつでも戦う準備は必要だろう。

 次に、聖女と狂犬に関する調査。軍の調査を補えるように、元首やライネス大佐経由で情報を連携していくことになる。

 そして、アゼル博士による遺跡発掘の護衛。先行きが見えない調査と異なり、こちらは着実に進行しているのだが、そのぶん博士たちの危険は避けられない。そこで、最強の戦力であるウェアとランドを彼らの護衛に充てることに決まった。


 当面の俺たちがやるべきは、大まかに分ければこうなる。もちろん、どこかに動きがあれば臨機応変に対応することになるが……ウェア達を除けば、UDBへの警戒と敵の調査を並行するのが中心だ。赤牙は元の拠点であるカジラートを中心に、必要に応じて周囲の町へと活動範囲を広げることになった。


「首都から離れた町にも行くんだったな。まだけっこうボロボロって聞いてるけど、そういうとこほど今の状態はキツそうだな」


「そうだな。だからこそ早く解決しなければいけないが。……お前は、そういう町に行って、大丈夫なのか?」


「ん? ……昔を思い出したりしねえのかってことか?」


 頷くと、アトラは少し困ったような表情で、尻尾の先端を軽く振っている。こいつはまさにこの国で、地獄のような目に遭ってきたのだ。この町やカジラートは別物になっていたらしいから、あまり意識せずに済んだのだろうが。


「思い出さねえって言ったら嘘だろうな。お前ならだいたい分かんだろ、ガル? あんなもん、忘れられるわけがねえって」


「ああ。俺とお前の境遇は違うだろうが、その点についてはそう思う」


 俺は迫害をされていたわけではないが、記憶もなく力もなく、ただ苦しみながら命を繋ぐだけの日々だった。今に繋がるものだった、と受け入れることはできても、あれを忘れた、乗り越えたなどと軽く言うことは今でもできない。


「ま、心配すんなよ。辛いっちゃ辛いが、大丈夫だ。だってよ……こうやって俺様が辛いのを察してくれるやつとか、苦しいのを聞いてくれるやつが、周りにいてくれっからな」


「……そうか。そうだな」


 へへ、と笑ったアトラに、俺も自然と笑みがこぼれる。ああ、そうだ。自分がひとりではないと思えることは、こんなにも心強い。こいつももう、それを見失ったりはしないだろう。


「けどよ、ガル。お前は俺様の心配する前に、瑠奈ちゃん達のことを気にしてやった方がいいんじゃねえか?」


「瑠奈たちは、あまりそういう町には向かわせないことにしてある。どういうものか理解はしていても、実際に見るのは刺激が強すぎるだろう」


「そうなのか。ま、それが良いんだろうな。浩輝とか、村が潰されてんのであんなにへこんでたし……物乞いにでも会ったら、しばらく引きずりそうだ」


 瑠奈は以前、そういう境遇をちゃんと知りたいと言っていた。本人たちの知りたい意思を覆い隠すのは、本来ならば過保護なのだろう。俺だって、状況が違えば望むようにさせていた。

 だが、今は止めた方が良いだろう、とウェアルドや誠司と話し合った。ここ最近、瑠奈と暁斗はともかく、浩輝たち3人はどこか調子が悪そうだからな。


 その事をアトラにも相談しておくべきか。そう考えていた時、アトラが突然、驚いたような表情を浮かべた。彼の視線は、俺の後ろに向いていた。


「あ……」


 視線の先には、一人の女性がいた。向こうも、ほどなくこちらに気付いたようだ。彼女は、確か。


「アミィ?」


「……アトラ兄さん」


 やはり、レイランド孤児院のメンバーか。あの時はしっかり容姿を観察する間もなかったが……藤色の髪を肩まで伸ばした、大人しそうな人間の少女だ。歳はアトラとそう離れていないだろう。


「……こんな夜にどうした?」


「何ヵ月か前から、私とゴーシュはこの辺りに住み込みで仕事をしているの。孤児院を少しでも良くしたくて……」


「そうだったのか。そうだよな、お前たちもそういう年だからな……」


 二人とも、やり取りはややぎこちない。

 話によると、アトラはかつて暴走した時に、彼女を傷付けたようだ。アトラが追い出された時、怪我をした彼女は顔も最後まで見せなかった、と聞いている。

 軍にいた三人のように、敵対する立場であれば感情をぶつけることもできただろうが、今のところ彼女にそういう素振りはない。反応に迷うのも、無理はないな。

 だが、彼女はいま、アトラのことを兄さんと呼んだ。ならば……俺は少し、見守るとしよう。


「今日のこと、ミント姉さんがシスターと私に聞かせてくれたわ。兄さん達が戦った、って」


「……あいつは何って?」


「面白かった、って言っていたわ。シスターは、戦ったって聞いた時には驚いていたけれど、兄さんが思い切り本音を叫んだって言ったら、少し安心した顔をしていた」


 俺としては、ミントには良い印象がないのが本音だ。ただ、アトラとは少し会話をして、折り合いをつけたとは聞いている。どうやら悪いように伝えたわけでもなさそうだが。

 そこで一度、会話が途切れた。そして、それを破るように、少女はアトラに告げる。


「兄さん。私は分かっているから。あの時、兄さんは悪くなかったこと」


「…………!」


「だから、大丈夫。そんな顔をしなくても、いいわ」


「……そう、か」


 アミィも、やや言葉を選んでいる様子ではあったが、その言葉を聞いたアトラの表情には、確かな安堵が浮かんでいた。やはり、心配はいらなかったようだな。


「ただ……ゴーシュとは少し話してみたけれど、やっぱり兄さんのことは許せないみたい」


「いいんだ。ゴーシュの気持ちは、お前が分かってやれ。俺ももう、これ以上は自虐する気もないけどな」


 ため息混じりにアトラは答える。後は自分たちの問題だ、と告げると、少女も頷いた。あの時の馬人の青年……恐らく、この少女に好意を持っている人物。

 大切な人を傷付けた相手を許せない、その心理は理解できる。その上でぶつかり合うと、アトラは決めた。出来れば良い結末を迎えてほしいがな。


「あ……ごめんなさい、今日は少し約束があるから、私はもう行くわ」


「この時間からか?」


「みんな仕事があるから、どうしても集まるのは夜になるの。別に変なことをしているわけじゃないわよ? ただ、最近は色々とあるから、知り合いと集まってお互いに情報を交換しているの」


 不安があるから、調べることで安心したいのか。……だが、今のこの国でそういう集まりをしているのならば、もしかすると。アトラも思い当たったのか、軽く目を細めている。


「心配はいらないわ。ゴーシュも一緒だし、今のこの町は、すごく治安も良くなっているから」


「……分かった。けど、それでも今は物騒な時期だからな。できるだけ早く帰れよ?」


 やはり、兄としては心配もあるだろう。そう言ってから、アトラは彼女に聞かねばならないことを尋ねる。


「最後にひとつだけ聞かせてくれ。アミィは、聖女って知ってるか?」


「聖女? ええ、知っているわ。今はもう、知らない人の方が少ないと思うわよ」


「だよな……お前も信じていたりするのか、聖女を?」


 踏み込みすぎて彼女が信者だった場合、危うい可能性もある。だが、アトラの言葉を聞いたアミィは、別に悪い反応はしなかった。


「少なくとも私は、聖女の信者ではないわね。それが、どうかしたの?」


「……いや、ならいいんだ」


 もしかしたらと思ったが、取り越し苦労だったようだな。もしも本当に信じているなら、信仰を否定するような言い方はしないだろう。宗教とはそういうものだ。

 情報を得るという意味では、知っていた方が望ましかったのかもしれないが、巻き込まれる可能性も出てきてしまう。アトラも安心したようだ。


「呼び止めて悪かった。じゃあな、アミィ。話せて良かったよ」


「ええ。兄さんと、そちらの人も、ギルドで危ない仕事をしているんでしょう? どうか、くれぐれも気を付けて」


 少女は俺たちに一礼してから、夜の町へと駆け出していった。その背中を見守るアトラの緩んだ表情に、俺もどこか暖かい気持ちになれた。


「良かったじゃないか、アトラ」


「……おう。こんなことになるとは、この国に来る前は思ってなかったけどな」


 こいつの問題が良い方向に向かったのは、俺も嬉しい。アトラは頬をかきながら、じっとアミィが去った方向を眺めていた。少ししてから、気合いを入れるように「おっし」と声を出した。


「まだすっきりするのは早いよな。ゴーシュとも話さなきゃいけねえし、ダンクも結局どうするつもりかは分からねえ。それに……兄貴がいるかもしれねえしな、ここに」


 フェリオの話題を出されるとは思っていなかったので、俺は思わず目を丸くしてアトラを見た。その反応で、赤豹は俺の考えも察したらしい。


「やっぱ、お前も思ってたか? 兄貴が来てるって」


「……確かに、そんな予想をウェア達と話していた。お前の負担になるだろうと黙っていたんだが、聞かされていたのか?」


「いや、ただの勘だよ。けど、そういうやつだろ、兄貴は。自分が少しでも関わってるもんを、あいつは放っておいたりしない。それが嫌いな故郷だとしてもな」


 アトラの言葉に、頷いた。俺が知るフェリオも、そういうやつだ。責任感が強く、途中で投げ出すことはしない。どれだけ困難なことでも、己の手で片付けることをいとわない。

 荒れた故郷に、少なからず関わっている弟。黙って見ている性格ではないのだ、あいつは。


「心配すんな、それに気をとられたりはしねえよ。もし顔を出してきやがったら、どんな文句を言ってやるかを考えとくぐらいでな」


「……そうだな。俺にも、あいつに言ってやりたいことは山ほどある」


 あいつを言葉で説得するのは、非常に難しいのは分かっている。それでも、俺はあいつと分かり合うことを決して諦めたりはしない。シグもあいつも、かけがえのない親友だと思っているから。


「その時が来たら、一緒に取り戻そう、フェルを。俺とお前、二人であいつを殴ってでもな?」


「おう、そいつは頼もしいな。アテにしてるぜ、ガル!」


 二人で冗談めかして笑いながら、しかし決意を新たにする。アトラが己の境遇を乗り越え、居場所を取り戻したのと同じように……どれだけ不可能に見えても、まだ運命は決まっていない。だから俺は、全力で望む運命を定めてやろう。シグやフェルと、また一緒に笑いあえるという運命を。


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