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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
6章 凍てついた時、動き出す悪意 ~前編~
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聖女を追って

「お、マスターも来たぜ」


 アトラが戻ってきてからすぐに、ウェアも元首のとこから戻ってきた。他のマスター達は先に車の準備をしているので、今は赤牙だけだ。


「話はできたのか?」


「ああ。個人的な約束だがな」


 わざわざ俺達が外に出てから二人で話をしたのだ。聞かれたくないことだろうことは分かるし、掘り下げるつもりはない。ただ、本音を言えば気になる話だな。

 何となくだが、それが俺にも関わる話だという予想はできた。元首はウェアの素性を知っているだろうし、それはつまり俺の血筋の手がかりにもなる。……気にはなるが、ウェアの言葉を借りれば、近いうちに知ることになるのだろう。ならば、今は素直に隠されておこう。


「さて。改めてになるが……先の戦いは見事だったぞ、お前たち。もう全員が一人前の戦士なのだと、俺も思い知らされたよ」


「へへっ。マスターにそう言ってもらえると、オレらも自信がつくっす!」


「ま、途中で誰かさんが我慢できなくて突撃しちまったけどな?」


「うっ。い、いや、あの数の部隊を退けただけでも十分だろう?」


「本当は、マスターがいなくても最後までやれることを見せたかったんですけどね……」


「……う」


「けっこう付き合いは長いつもりですけど、あたしでもああいうマスターは初めて見ましたよ」


「何を言っているのですか、マスターは元からああいう人ですよ。英雄という肩書きや豊富な体験談により何となく頼りがいがあるのと、それから基本的にお人好しなので誤魔化せているだけで、その実は短気で直情型で身内に甘くて子供っぽいのです。この人の勢いで物事が無駄に進んだことがどれだけあると思っているのですか」


「そうだな……。オレもあまり人のことは言えんが、昔からそういうやつだ、こいつは。一度スイッチが入ると誰にも止められんから、ある意味では誰よりもタチが悪いんだよな……」


「お前ら容赦なさすぎないか!?」


「否定できるのですか? 私たちを相手に。ネタは山ほどあるのですがねえ」


「……いや、まあ、何だ、その。……す、すまん……?」


 本人にも心当たりが山ほどあったようだ。ウェアは小さな謝罪をこぼして、尾を垂らした。完全敗北だ。

 確かにこの人は優しい性格ではあるのだが、甘さが故に怒ることも多いかもしれないな。あそこまでの激怒は稀だろうが。


「もっとも、それも当然の話なのですが。英雄という言葉は、どうにも完璧な人格を相手に期待させてしまうようですが、マスターや誠司も人ですので。良い部分も悪い部分も、あって然るべきものでしょう」


「……そうだな」


 英雄もただの人、か。その通りだな……心から信頼できる人物であるのは疑うべくもないが、だからといって完璧などではないと、そんな当たり前のことをたまに忘れそうになる。理想を押し付けられるのが大変なのは、俺だって知っているはずなのだがな。


「こほん! とにかく、今日はこのまま首都ソレムに向かう。一度〈胡蝶〉に合流して、そこで昼飯を食ってから行動開始だ」


「そういや、まだ昼なのか。何か色々ありすぎて、もう一日終わったぐらいの感覚だったぜ……」


 朝から出発して、軍と戦闘して、アトラの決着がついて、元首と話して……確かに、かなり密度の濃い午前中だった。疲れもあるが、さすがにのんびりばかりはしていられない。

 ようやく前に進み始めたとは言え、この国を取り巻く状況は未だに予断を許さないのだ。表面上、リグバルドの動きはまだ無いが……ヴィントールの「まだ始まったばかり」という言葉、無視はできないだろう。


 始まったばかり。つまり、今までの被害は序の口であるとも取れる。あのUDBの進軍も前座であると言うならば、奴らは今回、どこまでの攻撃を仕掛けてくるつもりだ。

 博士の読みが正解だったとして、遺跡を手に入れれば満足するのか? 防衛できた場合、素直に諦めてくれるのか? それとも……遺跡を得るためならば、どこまでも攻めてくるのか? 遺跡も何も関係なく、この国を滅ぼすまで襲ってくるのか?

 一歩ずつ、進展はしている。だが、果たして一歩ずつで間に合うのだろうか。そんな漠然とした不安がぬぐえない。


 ……弱気になっている場合ではないか。取り返しのつかない何かが迫っているならば、それを覆すために俺たちはここにいるんだ。いつまでも、奴らに足元をすくわれ続けてたまるものか。だからこそ、焦らずに進まなければな。


















 

 首都ソレムは、初日よりも人通りが増えていた。今朝になって、ニケア高地の戦いで勝利したことが、大々的に報道されたと聞いている。恐らくはカジラートも今頃は同じような空気になっているのだろう。


「緊張はかなり緩んでいるようだな。まだ予断は許さない状況だが……」


 国民は、UDBの背後にリグバルドがいることなど知らない。UDBの巣窟を攻め落としたと聞けば、事態が解決したと思っても無理はないがな。


「張り詰めすぎても国が疲弊していくだけですからね。町の外に安易に出ないことなどは、引き続き呼び掛けられているそうです」


「わたし達が、しっかり町を守らないといけませんね……」


「それにしても、この町の下に遺跡が埋まっているなんて、話を聞いた私達でも信じられませんね」


 コニィがそう言うと、浩輝が床を靴でコンコンと叩いた。もちろんそれで反応があるはずもない。地下に空洞があるなどと言われても、現実味はないな。


「実際、特に危ないのはこの町ってことですよね。俺たちもこっちを守った方が良いんでしょうか?」


「うーん、そうだねえ。けど、前みたいな無差別攻撃をされたら、って考えるとここに一点集中は厳しいだろうね」


「今後どうしていくかは、全員集まってから決める。戦力の組み換えはするかもしれんが、ロウの言うとおり穴は空けられんだろうな」


 なお、車を停めて俺たちが向かっているのは、胡蝶と獅子王が拠点にしているというホテルだ。胡蝶もこの国のギルドでは最大だが、獅子王のメンバーが寝泊まりできるほどではない。俺たちと同様に、元首の力添えで宿泊施設を使っていたようだ。


「ところで、マックス。君はどうして胡蝶のギルドマスターになったんだ? 今までゆっくりと話す機会も無かったからな、少し興味があったんだ」


「……私は元々フリーランスでな。マスターにならないかと、本部からの推薦を受けたのだ。その点ではロウ殿と似たようなものだが……己ひとりの武を磨くのではなく、次の世代を育てる役割を持つギルドマスターという立場に身を置くことで、私自身も次の段階に進めるのではないかと考え、承諾した」


「へえぇ。何かかっこいい理由っすね!」


 無骨でストイックな性格とは聞いていたが、その評価通りのようだな。武人気質と言うべきか。俺としては親近感もある。


「とは言え、マスターとしてはまだ未熟な身であることも承知している。高地での戦いの時にも言ったが、お三方には学ばせていただくことだらけだ」


「マッくんはほんとに上ばっか見てるよねぇ。と言うかマスターとしては君のが俺より先輩でしょ? 自信を持ちなって、俺はマッくんを参考にしてるのにさ、グハハ!」


「自信が無いわけではないが、客観的な事実だ。卑下をするつもりもないから心配はしないでほしい」


「貫禄で言えば君が一番だと思うがな。ジンより年下と思えんよ、本当に」


「えっ、マジで!? てっきり50くらい行ってるかと……あ。す、すみませんっす!」


「気にするな。己の外観は自分でも理解している」


「はあ。橘、お前は口に出す前に考える癖をつけろ……」


 30代の前半ということか……失礼ながら、浩輝の漏らした感想には同意してしまう。引き締まった筋肉に、傷だらけの顔は、凄まじい風格だ。カシムを名乗っていた時のアンセルと良い勝負だろう。その年齢でギルドマスターとして推薦を受けたことも、実力を証明している。


 そうして歩いていると、目的のホテルに到着した。


「お待ちしていました、赤牙の皆さんに、マスター方」


 出迎えてくれたのは、恐らく胡蝶のメンバーと思われる。物腰の柔らかい、山羊の男性だ。年齢は初老といったところか。にこやかな笑みが、どことなく安心させてくれる。


「あれ、アンタは、まさか?」


「久しぶりだな、フラウィオ」


「ええ、お久しぶりですね。ウェアルドさんとジンさん、それからアトラ君は、5年ぶりでしょうか」


 どうやら、ウェア達とは知り合いだったようだ。それに、アトラのことも知っている様子だが、つまり……。


「他の皆さんはお見知りおきを。私はフラウィオ・ノイルと申します」


「はい、よろしくお願いします。マスター達はともかく、アトラさんともお知り合いなんですか?」


「ああ、そういや話していなかったな。以前、この国のギルドを手伝うために派遣された話をしただろう? 胡蝶はその時の派遣先だったんだ」


「あ、そっか。アトラと知り合ったって時の」


「ふふ……アトラ君が元気そうで、本当に何よりですよ。あの時のメンバーは僕だけですが、歓迎させてもらいます」


「ん……ああ。その、あん時は色々と迷惑かけ、ました。今さらだけど、感謝してます」


 ややぎこちなくしながら、アトラは頭を下げる。恩人に礼が言えたからか、少し嬉しそうだ。


「彼は当時、ゆえあってマスターが不在になっていた胡蝶をまとめていた方です。実質的な先代マスターとも呼べるかもしれません」


「評価はありがたいですが、その称号は僕には不適でしょう。ウェアルドさんとジンさんにも、ご迷惑をかけるばかりでしたからね」


「あの状況でキープできていただけでも大したものさ。だが、マックスのような良いマスターが就任したのは、ユナ婆に掛け合ってみた価値があるよ」


「フラウィオには、私も常日頃から世話になっている。若輩の身でマスターとしてやれているのは、彼の支援があってこそだ」


 赤牙で言えばジンのようなポジションなのだろうか。少し照れたように頬をかいてから、山羊人は全体を見渡す。


「積もる話もありますが、まずは中に。午前は大変だったと聞いています。ひとまずは食事でもして英気を養ってください」


「ありがとうございます。朝から戦ったぶん、正直すごく腹が減ってて……」


「元気だねえ、暁斗は。俺様は疲れすぎてあんま食えそうにねえぜ」


「老化?」


「何でだよ!? 張り切って決着つけたんだよこっちは!」


 いつも通りのフィーネとアトラのやり取りに苦笑しつつ、一同はホテルの中に入っていった。






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