表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
6章 凍てついた時、動き出す悪意 ~前編~
308/429

変わらない過去、歩んでいく未来

「ごめん、アっちゃん。ちょっと待たせちゃったね」


「いや、俺こそバタバタしてる時に悪いな」


 俺は、マスターが元首と話しているうちに、ヘリオスに会うことにした。

 こいつの隊は、今日はこの砦に残り、色々と乱れた軍の立て直しを優先するって聞いた。反ギルド派の戦力も一度解体されて、親ギルド派だった奴らと合わせて再編されてるそうだ。

 今のところ、反発もなくて大人しいみたいだ。戦いの結果もあるし、デナムのジジイが折れた以上、後ろ立ても無くなっちまったからな。全員がすぐに味方になるとは考えてねえけど、さすがに、これから先に変なことをしてくるやつはいないと思いたい。


 ともかく、区切りとして、こいつとは少し話をしておきたかった。


「身体は大丈夫?」


「ん……まあ、すげえ疲れてはいるけどな。町に着いたらゆっくり休むから、大丈夫だ」


 破壊の牙は、身体のリミッターを外してガッタガタになるのを、吸収効果で無理やり補ってる能力だ。が、俺はさっき、ダンクにオーラの攻撃は当てていない。消耗だけしちまってるんだから、そりゃこうなるのは分かってたけどな。

 この力がどうなっていくかは、俺次第だ。やっと受け入れられたばかりだし、向き合っていくのはこれから、だよな。


「軍の方はどうなんだ?」


「思ったほど混乱はしていないよ。元首とライネス大佐が、前もって色々と準備していたみたいだからね。僕にも少しくらい教えておいてほしかったけど……」


「いやあ、俺が元首だったとしてもお前には隠してたと思うぜ。お前、隠しごととかめちゃくちゃ苦手だろ?」


「何さそれ!? いや、まあ、苦手なのはそうなんだけどさぁ……」


「と言うか、けっきょくその喋り方のままでいいのか、お前?」


「……今くらいは許してくれるさ。そもそも、素がバレてないわけでもないからね」


 肩をすくめて苦笑するヘリオス。とにかく感情が表に出ちまうタイプだからな、こいつは。それが自分でも分かってるから、いつもあんな振る舞いにしてるんだろうし。

 

「だけど、これでようやく、軍もいい方向に変わっていくと思う。……今さらだけどごめんね、アっちゃん。他のみんなにもだけど、本当に迷惑ばかりかけちゃったね」


「お前が謝ることでもねえだろ? みんなお前らには感謝してるぜ、間違いなくな。俺は特に、お前がいなきゃこんな上手くやれなかった」


「……でも、兄ちゃん達のことも、力になれなかったからさ」


「言っただろ? 自分がどうにかしなきゃ、なんて考えんなってさ。ダンクのことは、俺が自分で決着をつけないといけなかったんだ」


 ヘリオスが俺のことで色々と抱え込んじまったのは、仕方ないかもしれない。だけど、俺自身の気持ちに区切りがついた今、こいつにもそんな重荷は捨ててもらいたかった。


「そもそも、力になれなかったってのが間違ってるんだよ。俺がお前にどれだけ……ん……」


 けど、その話はちょっと後になりそうだった。それは、一人の男がこっちに近付いてきたからだ。俺の視線を追ったヘリオスも、すぐにそいつのことに気付く。


「ベル……」


「……邪魔をしたみたいで、済まない。少しだけ、話す時間はあるだろうか、アトラ」


「……俺は構わねえけどよ。良いのか? ダンクが何を言うか分からねえぜ?」


「さすがに俺でも、あの戦いを見たら、多少は踏ん切りもつくよ」


 やや俯きながら、ベルはそう吐き出す。俺がダンクにぶつけた言葉は、こいつらに向けたものでもあるってのは、感じてくれたんだろう。


「ダンクはどうしてる?」


「医務室でじっと考え込んでいた。すぐに考えを改めそうな感じでもなかったけどな」


「……兄ちゃん」


「あいつは少し、意地っ張りすぎるんだ。一度でもこうと決めてしまったら、それが間違っていたとしても直せない……いや、間違っているって認められない、そういうやつだ」


「そうかよ。……そんなもん俺だって知ってるよ」


 俺だって……あいつのことを、兄ちゃんと呼んで慕っていた。性格だって、分かっている。みんなの兄貴として強くあろうとしてる努力家な面、それが悪い意味での頑固さに繋がってることも。


「許してやってくれとは言わないし、あいつもそんなことは望んでないだろう。だが……済まなかった。あいつのぶんも、謝らせてくれ」


「それは、お前に言って欲しい言葉じゃねえな。そもそも、お前はあいつの代わりに謝る前に、言うことがあるんじゃねえのか。自分だって俺を、話も聞いてくれずに追い払ったのを忘れてるわけじゃねえよな?」


「…………っ」


「アっちゃん。ベル君は……!」


「……いいんだ、ヘリオス。アトラの言うとおりだ。……済まない。俺だってお前に、散々な仕打ちをした。この期に及んで、あいつの代わりにだなんて……卑怯だった」


 こうして話してみると、やっぱ分かった。ベルの主体性の無さにも、俺は確かにムカついてる。こいつだって悩んできたのは分かってる。ダンクとの間を取り持ちたいってのが本心なのも理解してる。けど、だからって怒りをごまかすのも駄目だ。俺とこいつの問題を、俺とダンクの問題と一緒くたになんかしちゃいけねえ。

 ヘリオスは何かを言おうとしたみたいだけど、思い直したように口を閉じた。ここは、俺が話さなきゃいけないから。


「もちろん、俺がやったことから逃げるつもりもねえ。あの時に謝った気持ちも、本当だ。お前にも、俺を責める権利はある。……でも、これ以上卑屈にもならねえ。俺を受け入れてくれた人たちのこと、裏切りたくないからな」


 この答えに辿り着くまでに、ものすごく回り道をしてきた。それでも、こんな俺と家族でいてくれたみんなのためにも……俺はもう、自分のことを悪魔だなんて言わない。やっちまったことを受け止めるのは、俺自身じゃないといけないから。


「取り返しは……つかない、よな」


「そりゃ、そうだ。過ぎちまったもんを取り返すなんて、誰にもできねえ。俺にも、な。昔みたいな関係には、もうなれねえよ」


 俺は色々とぶち壊した。そして、こいつらに追い出された。対等だなんて言うつもりはねえけど、忘れられるような苦しさでもなかった。全部無かったことにして元通りに、なんて言えるはずがない。……けど。


「だから……これから、新しい関係を作っていくしかないだろ?」


「…………!」


「ゼロからってわけにはいかないけどさ。俺も、お前も、お互いにやらかしたもんがある。それでもいいなら……俺はもう一度、お前と、みんなと、やり直したいと思っているんだ」


 無かったことにはできないけど、謝って、認めて、前に進むことはできる。だって、まだ俺たちはここに生きているんだから。


「そうか。そうだな……」


 ベルは、少し寂しそうに、そして穏やかに笑っていた。ちょっと良い顔だと、俺にも思えた。


「今まで済まなかった、アトラ。あの日追い払ったことも、今回お前がこの国に来てからのことも。許してくれなくてもいい。だけど……お前の味方に、友になるチャンスを、俺にくれないか?」


「……そっか。なら、俺も言わなくちゃ不公平だよな。……本当にごめん、ベル。あの時、傷付けちまったことも。それに、もうひとつ、隠してたことがあるんだ」


 ただ自虐するためじゃなくて、お互いを許すために全部を吐き出す。先に進むためにはそれが必要だし、白状するには良いタイミングだ。


「本当は、ヘリオスに聞く前から知ってたんだ。お前もあの時、俺を捜してくれていたことをさ」


「え……!?」


「そう、だったのか」


「ああ。俺を探してるお前を見かけたことがあってさ。だけど、咄嗟に隠れちまったんだ。……あの時の俺は、とっくに他人を信じられなくなってたから」


 必死に俺を捜しているベルを見て、あの時の俺は、追いかけて殺そうとしてるんだ、なんて思ってしまった。俺は悪魔なんだからそうされて当然、なんて言いながら。


「勝手に疑って、とにかく逃げた。何もかもからな。本当は、お互い様なんだよ。話も聞いてくれなかったってのは」


 ベルナーって男は、飛び抜けて善人ってわけじゃないけど、普通の良いやつで……接しやすくて、そのぶん押しがちょっと弱くて、何とかその場を取り持とうと努力するような、そういうやつだ。今も昔も、気苦労の多い性格って言うべきかな。

 いたずらをすることがあっても、それを叱られたらしっかりと反省するし、落ち込む。怒って相手を傷付けても、落ち着いたらそれを謝れるやつだった。……分かってたはずなのにな。


「お前を信じられなくて、お前から逃げて……お前にちゃんと向き合えなくて、ごめん」


 ちゃんとベル個人に向けて、頭を下げる。こいつらにも、自分にも向き合ってこれなかった俺だけど、結果がどうなっても、真っ直ぐ向き合わないと何も進まないんだって、カイツの時に分かったから。


「こんな俺だけどよ。これからやり直してくれるか、ベル?」


「……ああ。こちらこそ、俺はこんな情けないやつだが、それでも構わないのならば。今度こそ、よろしく頼む、アトラ」


 差し出した手を、ベルは握り返してくれた。……ああ。まさか、こんな結果になるなんて、この国に来る前には思ってなかったな。色々とあったけど、すごく嬉しい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ