知識の源流 2
「首都の地下に、古代の遺跡が……」
「まだ、それが遺跡だと確定したわけじゃないけどね。確実なのは、首都の地下に未知の何かが埋まっているということだよ」
状況を考えると確定と言いたいところだけど、などと言いながら、博士は説明を続ける。
「元々、ボクは数ヶ月前にリカルドさんから依頼を受けていたんだ。ソレムの地下に不思議な空洞があるみたいだから、調べてほしいって内容でね」
「そんなに前から、ですか?」
「その時は中に遺跡があるなどとは思っていなかったがね。ただ、首都の地下によく分からない空間があるのはよろしくないだろう。第一にコンタクトだけは取っていたのだ」
開拓の際に偶然から空洞であることが発覚したらしいが、万が一に備えて開拓は中止しているため、全容は掘り起こせていないらしい。確かに、それだけを聞くと崩落してしまう危険などが頭に浮かぶか。
「とは言え、シュタイナー君は各国から引っ張りだこだからね。我輩が依頼した時点では、他の件で身動きが取れなかったのだよ。なので、予約だけして、手が空いたらこちらに来てもらう約束をしていたのだ」
「……その割に、新しく見付けた遺跡に飛び付いてませんでしたっけ」
「あははー、それはそれ、これはこれ。目の前にあんなのが出てこられたら、止められないのが研究者のサガさ」
肩をすくめて笑ってみせた博士は、しかし今度はすぐに真剣な表情になる。
「逆に言うと、あの遺跡のことがあったから、ここも同じなんじゃないかって推測ができた。だから予定を繰り上げようとしていたところに、このUDB騒ぎを知ったのさ。これはビンゴだと判断して、即日国を発った、って感じだね」
「ならば博士は、発掘の手伝いから?」
「部分的にね。さすがに上に町があるんだし、バストールみたいにドカンと一発ってわけにはいかないけど。地質学とかの観点から、安全なルートのアドバイスをしているんだ」
「さらっと言っているけど、地質とかもいけるんですか……」
「興味があることは何でも調べちゃわないと気が済まないんだよね、ボク。それに、色々とやれた方が調査も捗るから、役立ちそうな資格とかは手当たり次第に取っておいているんだ。危険物取り扱いとか医学、薬学とかもいけるよ?」
「へえぇ、これが本物の天才ってやつだねぇ」
俺の治療を手伝ってくれたのもその一環か。強い知識欲と、それを柔軟に吸収できる頭脳。確かにこれは、真似しようとしてできるものではないな。だからこそ元首も、発掘段階から力を借りようとしたのだろう。
「それで、発掘は今のところ順調なんだけど、空洞に到達するにはあと何日かはかかりそうでさ。だから、遺跡だと断言はしないけれど、ただの空洞じゃなくて巨大な物質の反応があるのは確か。色々なデータを見る限りはクロと考える方がいいだろうね」
「……でも、それが遺跡だとして。リグバルドはどうやって、ここに遺跡があるって知ったんだ?」
「マリクの技術が遺跡によるものと仮定すると、彼はいくつかの遺跡を暴いている可能性が高いだろう? バストールの遺跡は生物改造の施設だけど、彼は他にも多くの技術を駆使しているそうだからね。だとすれば、彼らは何かしらの手段で、遺跡の所在をある程度調べられると考えてもおかしくはないと思っている」
「確かに、推論であったとしても、筋は立つな」
具体的な方法が浮かぶわけではないが……少なくとも、今までのあいつに関しては何も分からなかったんだ。可能性が出てきただけでも前進だろう。
「正直なところ、ソレムの地下にあることがまだ知られてないってのは、ちょっと楽観的かもだけどね。UDBは国中を巡っている。最善で考えても、大まかな当たりはつけられているじゃないかな」
「それで最善ですか……」
「最悪は、UDBを囮にしてとっくに侵入されてる場合だね。彼らの空間転移が、訪れたこともない場所にも行けるなら、埋まったままでも侵入できるだろう? バストールの遺跡だって埋まっていたし。入ってから埋めたのかもしれないけどさ」
彼らの空間転移がどこまでやれるか、は極めて重要な問題だが、特定するための情報も不足している。現時点でもかなりの無法を働かれているが、もし距離も経験も一切の関係がないのならば、恐ろしいなどというものではない。
「ですけど……もしそうなら、掘るのは危ないんじゃないでしょうか? 中に入ったら襲われたり、発掘中に襲ってきたりされるかもしれないですよね?」
「そうだね、リスクは相当にある。だからって、掘らないわけにはいかないだろう? 相手が新しい技術を身に付けるのは痛手だし、首都の地下に敵国が潜んでいるなんてそれこそ脅威だ。それに……」
「それに?」
「新しい遺跡、ボクとしては是非とも調べてみたいからね!」
『………………』
「……こほん。いや、これは大事なことだよ? リグバルドが使っていたかもしれない技術を封じ込めるどころか、上手くいけばこちらが使えるようになるんだからさ。あ、もちろん改造とか非道なことはするつもりないから安心してね?」
皆の視線を浴びて咳払いしている博士だが、言っていることは間違っていない。彼らの技術が古代のものという仮定が正しければだが、同等の技術を得られれば大きな武器になる。
「だけど……それだけがあいつらの目当てなら、とっとと攻め落として、自由に探すなり掘るなりすればいいんじゃないかしら?」
「それは一言で片付けてしまえば、余裕だからだろうね、お嬢さん。テルムには、彼らに逆らえる力がない。ならば、ついでに試せるものを試すにはうってつけだろう?」
美久の言葉に答える元首に、みんなが表情を暗くする。あいつらならばその推測通りなのだろうが、そんな感覚で多くの人々の暮らしを脅かされるなどと。……ハーメリアを残さなくて良かったな。
そんな俺たちの反応に、元首は少しだけ穏やかな顔をした気がする。それも僅かな時間のことで、彼はすぐに大袈裟な動きで手を叩いてみせた。
「遺跡のことは掘り起こしてみないとこれ以上は進まないだろうさ。では、今の情報も踏まえて、改めて話し合うとしようか。今後、我々が取るべき対策をね?」
そうして、様々な情報を共有し合って、おおよそ当面の方針が決まった後。
「それで、改まって二人で話とは何かね、ウェアルド君? それも二人きりでなどと」
俺はひとり、元首の部屋に残っていた。他のみんなはライネス大佐と共に、少しだけ砦の様子を見に行っている。それが終わり次第に、俺たちは一度、全員で首都に向かうことになる。
狂犬については、リカルド達もさして情報は持っていなかった。だが、もうひとつの聖女に関しては、最近は首都での活動が活発になっているという噂があるそうだ。
聖女が敵か味方か、あるいは多くの偶然が重なっただけでリグバルドと全くの無関係なのか……現状では判断できない。直感は何かあると言っているが、とにかく、早く見極めねばな。
ここに残っているのは、それらとは関係ない。俺の個人的な……いや、俺の身内の問題だ。
「お前のことだ、何となく何の話か予想はついているだろうよ」
「ふむ、そうだね。もしや、からかいすぎて苛立ちが頂点に達したので我輩を始末しに……?」
「……お前は俺を何だと思っているんだよ。いや、確かに腹は立てているがな」
「はっはっは、からかうのは程々にするか。君の性格からして……クロスフィール君とアキト君について釘を刺そうとしている、と言ったところでどうかね?」
「……正解だ」
腹立たしいほどによく見ている男だ、本当に。俺という人物の性格も、そして二人の素性も。もっとも、こいつが二人に気付くのは必然だろう。
「アキト君の方は一目瞭然だが、クロスフィール君も……ああ、君にも彼女にもよく似ているね。望みを達成できたようで何よりだ、カイアス君」
「わざとらしく本名で呼ぶなよ。そもそも俺は、お前に闇の門が終わった後のことを話したことはないぞ」
「さすがに君たちのことは調べないわけにはいかないだろう。……エルメス嬢のことは、残念だった。葬儀にも行けずに済まなかったね」
「……いや、いいんだ。その言葉は、素直に感謝させてもらう」
思い返してみる。クリアは彼のことを、面白い男だと言っていたな。どこまで本心か怪しいのに、そのくせ妙に誠実でもある、と。
「心配せずとも、君の素性を公言するつもりはないとも。もしもあるならば、英雄の肩書きではなくそちらを使っていたよ、先ほどもね!」
「恐ろしいことを言うんじゃない……そもそも信用されんだろうよ、さすがに。ともかく、暁斗は全て知ってはいるが、ガルフレアはまだ血筋についても知らなくてな。俺のことはただのウェアルドとして扱ってくれ」
もっとも、ガルも気付きかけてはいるようだがな……。いずれにせよ、明かすまでにそう時間はない。暁斗がそれに向き合えるのが先であればいいのだが。
「しかし、因果なものだね。あの時の英雄が親となり、今はその子供たちがこうして立ち上がろうとしている。少し昔を思い出したよ」
「そうだな……。だが、彼らは英雄になる必要はない。人々の期待を背負う英雄になど、なるものじゃなかろうよ」
「はっはっは。皮肉かね?」
「さあな。ただ、ひとつだけ言うならば、後悔はしていないよ、俺はな」
それで護れたものが、繋げたものがあるのだと、子供達を見ていると素直に思えるのだ。だから俺は、それを壊そうとするものに迷わず立ち向かえる。
「ウェアルド君、ひとついいかね」
「なんだ?」
「今度はしっかりと勝ち取るとしようか。戦いを終わらせて、その先にある平和な日々をね」
「……ああ。お前にもしっかりと力を貸してもらうぞ、リカルド?」
そうだ。俺たちが繋いだものは、こんな簡単に壊されていいものじゃない。その思いの強さについては、俺だってリカルドを信用している。
俺ならばこの国を守れるという、彼の期待に応えなければな。英雄として、産みの親への恩返し、ということにしておこう。