知識の源流
「思ったより早かったね、シュタイナー君。まとめはもういいのかね?」
「ええ、メモには記録したので問題なしですよ。タイミングも丁度よかったようですね?」
「え、まさかあのアゼル・シュタイナー博士かい? そんな有名人が……それに、赤牙のみんなは知り合いなんだね?」
「はっはっは。先ほど席を外したのは、博士を呼びに行っていたのだよ。キリが良くなったら来てくれとね」
混乱する俺たちをよそに元首と会話を交わす博士。さすがにロウとマックスは初対面のようだが、二人とも博士の名は知っているようだ。
「なんでアゼル博士がこの砦に……いえ、そもそもどうしてこの国にいらっしゃるんですか?」
「実はバストールの仕事の後、この国の異変についてをツテから聞いてね。その時には入国規制がかかり始めていたけど、コネを使ってこっそり入り込んでいたのさ」
「つまり……UDBに襲われていることが分かっていて、わざわざこの国に来たってことですか?」
「あはは、そういうことだね! どうしても気になることがあったから、いてもたってもいられなくてさ」
「……本当にアクティブ極まりないな、あなたは。研究所のスタッフの苦労が偲ばれるよ、まったく」
考えてみれば、遺跡を掘り起こして一人で探索するような人だったな、彼は。
しかし、どうしても気になること、とは何だろうか。部屋に入るときに口にしていた言葉も気になる。
「ボクだって、危険を理解していないわけじゃないよ? ただ、危険だからこそ調べておきたいことがあったのさ。あの人造UDBが出たと聞いたら、なおさらね」
「あれ、アゼルさんって人造UDBのことも知ってたんすか? あの遺跡じゃ特に出てこなかったはずだけど……」
「しばらく慌ただしかったから、しっかりと説明していなかったな。実は博士には、遺跡の騒動の後に、持っている情報を全て共有したんだ。あの遺跡の調査にも協力してもらったからな」
「あんな事件に関わっちゃった以上、何にもしないのも何だか嫌だからね。あれを期に、リグバルドへの対策には全面的に協力することを決めたってわけさ」
ぼんやりとした口調は変わらずだが……この人はやはり、根は正義感や責任感が強いのだろう。そして、彼の頭脳は間違いなく心強い。俺も助けられたからな。
「博士の危険を考慮はしたが……彼は、元からリグバルドに目をつけられてもおかしくない立場だ。情報を共有していた方が、いざという時の対処も取りやすいと判断してな」
「ふふ、期待に応えられるよう頑張らせてもらうよ。話を戻すと、この国に来たのは対リグバルドの調査の一環ってことさ。ちょうど、君たちがこっちに来た次の日くらいかな?」
「しかし、それならどうして俺たちに連絡してこなかったんだ? ……いや、これも元首殿の差し金か」
「あははー、まあランドさんの想像通りさ。お互いに時間が無かったのもあるけどね。そっちは作戦でバタバタしてたろうし、ボクも先に調べたいことが山積みだったんだ」
この国に来た博士は、まず元首の元に向かい、そのまま彼の下で独自に調査を行っていたそうだ。博士の評判からして、元首とコンタクトを取れる立場であることは不思議ではない。
「だけど、調べたいことって何なんだい? リグバルドの目的は別、みたいなことも言っていたけれど、博士にはそれが分かったってこと?」
「うーん、分かったって言うよりは、まだ推測段階? だけど、色々と情報を集めた甲斐もあって、信憑性も高まってきたところさ」
「というわけでだ、諸君。理由が分からないとは言ったが、有力候補が出てきた。是非とも共有させてもらおうと思ってね」
「……候補があるなら最初から言えド阿呆!」
「はっはっは、すまないが性分なのでね。しかし、シュタイナー君の言い種からして、そろそろ確定できそうかな?」
「ええ。もちろん、少なくともこの国にそれがあるのは確定しそうです」
そこまで言ってから、博士はその場に集まった一同を見渡す。
「結論から言うと、ボクはこの国に、バストールと同じような遺跡があると思っているんだ」
「遺跡?」
「そう、黒の時代の遺跡ね。恐らくリグバルドは、UDB達にその遺跡を探させているんだ」
博士の言葉に、俺たちは静まり返る。あいつらが、遺跡を探している? 予想外の切り口に戸惑っていると、その反応は予想していたのか博士が口を開く。
「じゃあ、順番に説明していこうか。バストールの遺跡が、生物兵器の研究設備だったと思われる、ってのは伝えていたよね?」
「はい。あたし達が博士と知り合った時に、教えていただきましたね。ギルド内でも共有しています」
「なら話は早いね。あの後、さらに最深部まで調べた結果、大事なことが分かった。リグバルドの人造UDBには、あの遺跡の研究データが流用されているようなんだ」
「え……!」
博士の口からあっさり語られたその内容。それは俺たちにとって、思いもよらない情報だった。
「獅子王にいるノックス君のデータとか、色々と照らし合わせた結果なんだけどね。あの遺跡には、生物をより強固な存在に作り替える研究と、その制御のために知能を高める研究の資料が残っていた」
「おいおい。それ、まんまじゃねえか……!」
「破損が酷くて、まだ具体的な内容までは読み取れていないけどね。でも、あの遺跡を拠点にしていたリグバルドなら、とっくに解読が終わっているんじゃないかな? あっさり遺跡を受け渡したとこを見るに、コアな資料だけとっくに持ち出されているかもだけど」
マリクの生み出した、人造UDB。今まで俺たちはそれのことを、あいつによる全く未知の技術の産物だとばかり思っていた。だが、それに大元があるとすれば。
「つまり、マリクの底知れない技術は……黒の時代から得られたもの、なのか?」
「全てかどうかは分からないけどね。本人が稀代の天才なのも間違いないだろうさ」
今とは 比にならないほどの高度な技術を操っていたという、古代文明。PSや獣人、UDBもあの時代に産み出された『技術』だという説もある。PSを変更する装置にしろ、UDBの改造にしろ、古代の技術だと言われればあり得るかもしれないと思えてしまうほどに。
バストール以外にも、遺跡が見付かった場所はいくつか存在し、世界的に有名なスポットになっている。だが、多くの場合は壊れた遺物しか残っておらず、壊れていなくとも現代では解読不可能に近いオーパーツ。
……マリクには、それを解き明かす術があるということか?
「もしもこの予測が正しいのならば、マリクという人は、間違いなく他の遺跡を探しているはずだよ。ボクも研究者だから分かるのさ。莫大な知識と新たな技術を与えてくれるものがあると分かれば、飛び付かずにはいられないってね」
「……そうだろうよ。俺は一度だけ対峙したが、あの男は新たな知識を得ることに対して、凄まじく貪欲に見えた」
「しかし、それが合っているとすれば、何とも勿体ない話だな。それだけの知識、そして黒の時代の技術。それを正しく使えていれば……オレも歴史教師の端くれだから、残念だよ」
「そうして、この国に遺跡があると知って、UDBに探させている……そうだとしたら、その遺跡はどこに……?」
「気になるかい? それはね……首都だよ」
「…………え」
「首都ソレムの地下深く。そこが、リグバルドが躍起になって探している遺跡の所在地だよ」
……首都の、地下だと?