虚言の繰り手
「ですが……どうして、マスター達と元首さんは顔見知りなんですか? まさか、この方も闇の門で?」
飛鳥が問うと、ウェアだけでなく誠司も少し渋い顔をした。
「あの戦いに関わっていたのは間違っていないが、お前たちの想像とは少し違うだろうな。あいつは当時、戦場ジャーナリストを名乗っていたんだ」
「ジャーナリスト、ですか?」
「ああ。戦場の実態を記録して、民間に情報を届ける、そんな役割だ。もっとも、正規に認められたものではなく、勝手に名乗って勝手に活動していただけだがな、こいつは」
「オレ達との関係を一言で言えば、そうだな。オレ達を英雄として担ぎ出したのが、あの男だ」
「え……」
にかりと白い歯を剥き出し、リカルド元首は笑った。彼が英雄を担ぎ出した?
「英雄と呼ばれるきっかけを話したことはなかったか。戦線に壊滅的な被害を与えていたSランクのUDB……それを、俺たちが破ったのを知ったこいつは、俺たちを『人類の希望』とすることを思い付いた」
「平たく言えば、我輩は英雄の産みの親と言うわけだね。父と呼んでくれてもいいのだよ?」
「嫌な言い方をするんじゃない……ともかく、この男がいなければ、オレ達も英雄と呼ばれはしなかっただろう」
「随分と面白い関係だな、そりゃ」
良い機会だから少し説明しておくか、とウェアは一同を見渡す。反応を見る限り、この辺りは旧知のメンバーも詳しくは知らなかったようだ。
「あの時、人類は度重なる戦いに疲弊していた。戦場に出ていた者の士気が日に日に下がっていくのは、俺たちも肌で感じていたんだ。ついにSランクの魔獣まで現れたとくれば、本気で絶望する者も少なくなかった。この男と初めて知り合ったのは、そんな時だ」
「当時の人々には、希望が圧倒的に足りていなかったのだよ。いつまでも押し寄せてくるUDB達と、終わりの見えない戦いへの不安……その空気を払拭するには、希望の象徴が必要であると吾輩は考えた」
「初対面で開口一番に『英雄になってみないかね?』などと提案されたオレ達の身にもなってほしいものだがな……だが、説明を聞いてしまえば、その通りだと納得するしかなかった。このままでは人類が押しつぶされてしまうのは、オレ達も感じていたからな」
「はっはっは、懐かしい話だね。だが、さぞ物分かりが良かったように話しているが、当時のカミムラ君は実に激しく抵抗してね。それはもう散々に……」
「わざとらしく掘り返すのは止めろ! ……こほん、それはともかく。最後にはオレ達も、こいつの言い分に納得して、英雄という概念になることを受け入れたんだ。いくつか条件をつけてな」
英雄という概念、か。確かに、世間で語られている英雄という存在は、誠司やウェアといった個人のことではなく、概念としての扱いが強いと感じてはいた。
「条件って何だったんすか?」
「まず、オレ達の本名や出身を明かさないこと。そして、戦いが終わったらオレ達の情報を抹消する手助けをすることだ。その時のオレ達は、すでに力をつけすぎていたからな……平和になってからも名が知れたままでは、色々と厄介になると考えたんだ」
前に楓が言っていたな。英雄という存在そのものが、争いの火種になりかねないと気付いた、と。英雄になってからの話ではなく、それを理解した上で英雄になったのか。
「そう言えばその話、おれは前から少し気になってたんですけど……英雄だなんて大々的に人の前に出ておいて、よく素性を隠し通せましたよね? 秘密はふたり以上が知ったら秘密じゃない、ってアイシャさんが言ってましたけど」
「良い言葉だね。我輩も同意するが……それはアレだよ、少年。己の死が迫る戦場で、他者の顔などまともに覚える余裕など普通はないものだろう?」
「……確かに。だけど、戦場だけで活動してたわけではないでしょう?」
「はっはっは、それはそうだ。だが、英雄がいると語るために、英雄がそこにいる必要はないのだよ」
やや回りくどい元首の返しに、蓮は首を傾げた。ふむ、とジンが話を引き継ぐ。
「マスター達が英雄であると名乗り出たわけではなく、あなたが英雄という存在とその功績を広めた、ということでしょうか」
「その通り。無論、広めた内容そのものは事実だがね。彼らという個人を特定させない程度に、その活躍を様々な手段で流したのだ。噂は想定通りに素早く広まってくれたよ。生き延びた戦士たちの、生の証言もあったからね」
――希望にすがりたかった人々は、その噂に飛び付いたのだ。そんな元首の言葉に、俺は英雄という言葉が朧気なまま残されていた理由を少しずつ理解していた。
噂はあくまで噂だったとして、彼らの活動そのものは、事実として生き残った者から広められる。二つが合わさり、信憑性を増し、英雄という存在は、不確かなままに具現化した。きっと、『事実であってほしい』という願いが、その中にはあったのだろう。
もしも彼らが、自然に英雄と呼ばれるようになっていたのなら、こうはならなかったはずだ。だからこそ、ようやく納得できた気がする。最初から概念として広められたものこそが、英雄であるのならば。
「いやはや、しかしアレも大変だったのだよ? こうして話してしまえば軽いものだが、有名にしつつ素性は隠すなどと、矛盾の塊だ。我輩でなければ失敗していただろうね!」
「それが恐らく事実なのが腹立たしいな……。情報のコントロールについてだけならば、慎吾でもお前には遠く及ばんだろうからな。もっとも、先ほどその匿名性も見事に無視してバラされたわけだが」
「はっはっは。情報の開示が効果的だと分かれば利用させてもらうとも。そもそも君は、カミムラ君ほど隠していないだろう?」
「大勢の前で暴露されてもいいとは言っていないんだよ! 確かにあの場を穏便に済ませるのに、その事実は使えるかもしれないと思ってはいたが……他人から利用されるのは普通に腹が立つわ馬鹿!」
「ま、まあまあ、落ち着いてくださいマスター」
また火がついたウェアを、コニィがたしなめる。本当にウェアらしくないと言うか、完全にペースが乱れているな……。
「まあ、ここまで言っておいてなんだが。そもそも英雄の正体は、決して隠し通せてなどいないのだよ」
「え?」
「彼らと元から親しかった者もいる。彼らと何度も戦場に出て生き延びた者もいる。当然そういった者は、英雄が誰かぐらいは知っているよ。君たちも、英雄の正体を知る者と出逢ったことがあるのではないかね?」
……確かにな。俺たちがバストールに向かったのは、そもそもティグルが英雄を狙って行動したのがきっかけだ。あいつは恐らく、リグバルドから知らされたのだろうが。
それ以外にも、空は英雄となる前からウェアルドと知り合いだったと聞いているし、アルガード将軍のような相手もいる。
「我輩にできたことは、あくまでも一般の人々に彼らの正体と故郷が広まらないようにすることだけだよ。本人たちにも、最初からその旨は伝えてあった」
「それでも凄いと思いますけど……。20年以上前って言っても、もうネットとかも出てきてたでしょう?」
「うむ、大変だったのだよ、少年。だが、これについては他にも大きな力添えがあったのでね。そうだろう、ウェアルド君?」
「そこでいちいち振ってくるなうざったい!」
ぱしん、と音を立ててウェアの尻尾が椅子を叩いた。全員の視線を集めてしまい、さすがに少しバツが悪そうだ。元首は明らかに彼の反応で楽しんでいるな……。
「……まあ、なんだ。エルリアのみんなに関しては、その帰国を知られないように、俺の人脈を利用した。詳細は省くが、結論としては何とか彼らの痕跡を風化させることはできたようだな」
さらりと言ったが、詳細を省くと言うよりは、詳細を話したくないようだ。元首が大きな力添えなどと言ったのは気になるが……ここで突き詰める話ではないか。
「ただ、リカルドの言うとおり、英雄の正体を知る者は少なくはない。特に各国の権力者は、エルリアこそ英雄の集まる地だと把握していた。ただ、一般人に知る者が少ない以上、戦力としてはともかく、プロバガンダとしての利用価値は落ちる。偽者でないと証明する手段も限られているからな」
「そして、英雄という強力な戦力を抱えるエルリアに手出しするのもリスクが高い。少なくとも、野心的な国家の大半はそう考えたようだ。触らぬ神に祟りなし、ということだね。馬鹿なことをやろうとした者もいたようだが……相手はアヤセ君だからね」
「俺が自分の英雄としての素性を無理に隠さないのは、知られたらまずい相手にはすでに知られている……というのも原因だな。リスクはあるが、英雄がいるという事実は抑止力としての効果もある。リグバルドのような相手が出てきた以上、明かした方がリターンが大きいこともあるからな」
「なるほど……」
今までの疑問がいくつも片付いた。思えば、英雄という立場についての情報が聞ける機会は今まであまりなかった。ウェア達には悪いが、俺たちにとって思わぬ収穫になったな。