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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
6章 凍てついた時、動き出す悪意 ~前編~
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結末は突然に

 聞き覚えのないその声に、俺たちは一斉にそっちを見た。気が付くと、入り口の方に、知らないやつが一人立っている。


 ライネス大佐を側に控えさせて、拡声器を片手に流れをかっさらっていったそいつは、人間の男だった。

 歳は50くらいだろうか。がっしりとした体格に、ぴっちりとしたスーツ。うっすら生えた髭に、短く整えた白髪混じりの黒髪。真っ直ぐ伸びた背筋。そして何よりも印象的なのは、爽やか……を通り越して、何だか大げさに感じるその笑顔だった。俺の横で、ヘリオスが目を丸くしている。


「アロ元首……!?」


 元首? 元首だって? あの、いかにも胡散臭そうなオッサンがか? と言うか、マスターの名前を呼んだぞ、あいつ。


「何をしに来た、リカルド……! 口先だけの若造が、邪魔をするでないわ!!」


「おや、邪魔と来たかね。我輩は君を助けたつもりだったのだがね?」


 口調も何だか仰々しくて、さっきの印象を後押ししてきた。でも、このタイミングで元首が……?


「助けた……だと? 貴様、儂が負けると思っているのか!」


「うむ、そうだね。確実に負けると思っているよ!」


「……なっ……」


 いや、いくらなんでも直球で即答すぎんだろ! ジジイも怒る前に絶句しちまってるぞ。


「ああ、誤解しないでくれたまえ、デナム君。テルム軍きっての勇将、老いてなお紡がれる武勇伝。AランクUDBすら一人で討ち取ったこともある君の力は、吾輩とて信頼しているとも。ただ……今回は相手が悪すぎる」


「何を……」


「この世に高名な戦士は多くあれど、一騎討ちにおいて彼に勝てる者など吾輩は知らん。何しろ、SランクUDBとひとりで戦って生還したこともあるほどだぞ?」


「……!? ……そのような誇張を!」


「ほう。周りを見る限り、実力を証明した後に見えるが。それでも誇張に聞こえるかね?」


 どういうこった。さっきから、こいつはマスターのことを知ってるってのか? ここに来てから調べられたわけじゃなくて、昔から詳しく知ってたって風に聞こえる。

 マスターは……めちゃくちゃ渋い顔してやがる。「あの時は引き付けただけですぐ撤退したろうが」なんて呟いてる……確かにSランクに勝ったとは言ってねえな。いや、それでも化け物かよって話だが。


「君は頑固だが、本来は確かな観察眼を持っているだろう? いい加減に気付いているはずだ。彼らがどれだけの実力者で、その力がどれだけ役に立つか。そもそもだね、論点がずれているのだよ、君は」


「なんだと……?」


「数ではなく少数精鋭を。バストールにそう注文をつけたのは我輩だ。数が必要な策には我らの軍があたれば良く、求めたのはそうでない役割なのだよ。それに対するバストールの返答は、最強のギルドと、我輩が最も求めていた男の派遣であった。これは、この上ない最高の返答だよ」


 あくまで飄々とした態度で、元首はちょっと大袈裟なくらいの仕草でそんな事を言う。ほんとに舌がよく回る、って感じだ。


「第一、グランゼール殿は、数が必要になればさらなる派遣を約束してくれている。我輩がその辺りをバストールと取り決めしていた時、君はその場にいたはずだが?」


 デナムのジジイが、小さく唸った。つまりこのジジイは、俺たちがこの人数で来た理由を知っておきながら、あんな好き勝手言ってたってのか。


「何が言いたいかは分かっているだろう、デナム君。難癖をつけて、自分の好みを押し付けるのは程々にしておきたまえ。軍の大将という立場は、そんなに軽いものではないのだ」


「貴様……!!」


「おっと、我輩に八つ当たりはやめてくれたまえ。……そして、国家元首としてこれ以上の狼藉を見逃すつもりもない」


 最後に、一瞬だけ笑みを消して告げた声には、うってかわって妙な威厳があった。ギャップってやつか、デナムも少し怯んでいる。


「敢えてこう聞こうか、デナム君。君は……闇の門の英雄、その協力を断るほどに耄碌したのか?」


 英雄って言葉に、ざわめきが軍に広がる。やっぱあいつ、そこまで知ってやがるのか。「言いやがったなあの野郎……」なんてドスの利いた声で呟いてるマスターが怖い。


「何故、我輩がこの戦いを承認したと思っているのかね? 結果がこうなると分かっていたからだとも。百聞は一見にしかず。君も彼らの実力に関しては理解できただろう? 反発している理由はもはや、ギルドであるということだけではないかね?」


 俺はやっと、さっきマスターが言っていた「俺たちの味方だが、戦いは望んでいる」って言葉の意味を理解した。こいつが最初っからマスターの実力を知っていて、俺たちが勝つって予想してたなら……。


「何故、君がギルドを嫌っているかは知っているがね。そう強情になったところで、誰一人得はしないぞ? どうせならば、嫌いなギルドを利用して犠牲を減らすぐらいの意気を見せてほしいものだよ、我輩は」


「分かったような口を利くでないわ! ……もうよい!」


 苦虫を噛み潰したような顔で、デナムは吐き捨てる。


「そこまで言うのならば、せいぜい我らの邪魔をせぬように、役立ててみせるがよい。だが、忘れるなよ。信頼に値せぬ者を内側に招き入れるのは、破滅にも繋がるのだとな!」


 それだけ言い残すと、デナムは早足に砦の奥へと引っ込んでいき、そのまま見えなくなっていった。

 最後まで口の減らねえジジイだな……拗ねたガキかよ。何か理由はあるっぽいが、俺たちの知ったことじゃねえし。

 で、トップが引っ込んじまった連中は、どうしたら良いか分からないって顔してんな。同情するつもりはねえが。


「さて、君たちはどうするかね? もしもまだ反対だと言う者がいれば、ウェアルド君に挑みかかるといいさ。そうしないのならば、ギルドの協力を受け入れると判断させてもらうがね」


 しんと、辺りが静まり返った。元々が、流されてたり、ギルドを甘く見てたり、深く考えてなかったりの集団だろうしな。ここまで来てまだ何か言うようなバカはいなかった。その様子を見て、元首はわざとらしく頷いた。


「うむうむ、ではライネス君、彼らへの指示を頼めるかな? 我輩は、ギルドの皆を出迎えねばならないのでな」


「承知いたしました。しかし元首、次回からはもう少し、我々の胃が痛まない策を考えていただければ助かります」


「はっはっは、善処しよう。さて、そういうことだ、ギルドの諸君。我輩の部屋に案内させてもらおうと考えているのだが、同行してくれるかね?」


「……いや、いやいや。そういうことってどういうことっすか! 何か一気に持ってかれて、何が何だか……」


「元首殿の手のひらの上だったってことさ、全部な。ま、そんな気はしていたし、俺たちにとっても有難い展開だ」


 やれやれと言った様子で、ランドが溜め息をついた。ヘリオスを見ると、あいつもだいぶ混乱してるっぽい。さすがに何も知らなかったか。

 浩輝が言うように持ってかれたって感じだが、とりあえず……これで終わったと思っていいのか? マスターの様子を見ると、あの人は元首の方をじっと見ていた。


「……分かってはいたが、こうして目の当たりにすると、何とも言えない気分になるな」


「マスター?」


「元首殿。その代わり、ゆっくりとお話を聞けると考えてよろしいですね?」


 マスターのどこか刺すような響きの言葉にも、元首は高らかに笑っていた。




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