悪魔へ捧ぐ決別の咆哮 3
「孤児院を裏切ったお前が、この期に及んで逆切れか……!!」
「ああそうさ、逆切れだよ悪いか! みんなを傷付けた挙げ句に、何も言わずに逃げ出したのは俺だ! 最低だよ! けどな、俺にそうさせたのは、話も聞いてくれずに石を投げたのはお前らだ! 俺を悪魔にしたのはお前の言葉だ、ダンク! お前らが俺のやったことに怒るのが当然だとしても、じゃあ、俺がお前らに怒るのも当然だろうが!!」
あの時、もしもこいつが石なんて投げていなければきっと、あれほど酷い状態にはなっていなかった。こいつはみんなの兄貴で、こいつさえ止めてくれてたら……俺は。
「裏切ったって言ったな、てめえ。ああ……奇遇だな、俺も全く同じように思ってたんだぜ!! 弟だって、家族だって言ってくれたのに、こうも簡単に掌を返しちまうのかってよ!!」
……信じてほしかったんだ。俺の意思じゃなかったって。あんなことやりたくなかったんだって。俺はこいつに……庇って、ほしかったんだ。それが我が儘な願いなのは、分かっているけれど。でも、心からの願いだったんだ。
「だけど、今の今まで俺は、そんな自分を認めてなかった。みんなに怒ってるような俺は、そんな悪魔の俺はいらないってな!」
認めるよ。俺はずっと、目を背け続けていた。あの日、俺はあんなことやりたくなかった、それは本当だ。だけど、やっちまったのは間違いなく俺。その矛盾から逃げるために、俺は自分を切り分けてしまった。俺の望んでいないことを望もうとする醜い部分は、俺じゃない悪魔なんだって。
……あの暴走の根幹は、生きたいっていう俺の心からの願いだったはずなのに。俺は、それもまとめて切り捨てた。
「やっと気づいたんだ。俺を悪魔にしたのは、お前だけじゃねえ。俺もだ! 俺の駄目なとこを全部押し付けられる、都合の良い存在を認めちまったのは! それと一緒に俺を誰よりも軽んじたのは、俺自身なんだって! だから……今、ここで! 俺は、悪魔なんて逃げ道を捨ててやる!!」
思い切り、覚悟を叫ぶ。俺の中で不当に悪魔と呼ばれていた俺の一面に、真っ直ぐに向き合うために。そして俺は――俺の力を、解放する。
「……ある意味では感謝するぜ? クソムカついてるが、すっきりしてる。俺はもう、俺の中の我が儘を無視なんかしねえ! これも、このドス黒い感情も、俺だ!!」
この怒りも、この苦しさも、この恨みも、この哀しみも、全部が俺の心だ。それに向かい合って、受け止めて、そこからどうするか考えなきゃいけなかったんだ。
今まで俺は、この力を、その源になる感情を、もう一人の俺みたいな捉え方をしていた。何もかもこんな力があったせいだって、俺の一部であるはずのこの力に、全ての責任をなすりつけていた。
だから、呑まれそうになっていた。自分じゃないものが表に出てくる……そんな感覚に、逃げていた。これを自分だって、認めようとしていなかった。
なんて、情けないプライドだよ。フィーネが言っていたじゃないか、受け入れればいいって。その通りだった。それだけで良かった。だって、この力があくまで俺でしかないのなら……俺に俺が乗っ取られたりするはずないだろ?
「……おう、長いこと待たせて悪かったな、〈破壊の牙〉。これから、死ぬまでよろしく頼むぜ!」
黒いうねりが、身体を包む。……それでも、いつものように理性が飛ぶような感覚は、全く無かった。
「なんだよ。こんなに、簡単だったのか」
力の効果は変わっていないはずだ。闘争心が昂るとか、消耗が激しいとか、そういう性質が全部消えたわけじゃない。それでも……思考ははっきりとしていた。分かる、何もかもが。全力を出しても……俺の意思で、身体が動く。
自然と、狂暴な笑みが浮かんだ。これなら、余計な心配をする必要はねえ。遠慮なく力を使ってやれそうだ。本当は、制御できたとこであんま人には使いたくはねえが……今は、例外だ。この力を、正しく使えるって証明してやる。
「……黙って聞いてたら、ゴチャゴチャ勝手に納得しやがって。悪魔を捨てる? てめえにそれを決める権利があると思ってんのか!」
「勘違いするなよ。俺は、俺のやった事から逃げるつもりはない。ただ、悪魔のせいにするのを止めるだけだ」
「言葉遊びをするつもりはねえんだよ! 俺にとってはお前が悪魔、それに何の違いもねえ! 鏡でも見てみろよ、自分がどんだけ醜い見た目かなぁ!」
「はっ。悪いが、見た目でゴチャゴチャ自虐すんのはとっくに通り過ぎてんだよ! こんな俺でも、ヒーローみたいだって言ってくれたやつがいるんだ!!」
大事なのは、どんな力かじゃなくてどう使うか。そうだろ、カイツ。ああ、本当に感謝するぜ。そう言ってくれるお前がいたから、俺は今、胸を張れる。
「気に食わねえなら、負かしてみろよ。そら、第2ラウンドと行こうぜ、ダンク!」
言った通りだ。あいつが俺を恨むのは当然で、俺があいつを恨むのも当然。俺はあいつの感情を受け止めなきゃいけないが、あいつにも俺の感情を受け止めさせなきゃ割に合わない。
一種、開き直りなのかもしれないとは思う。だけど、受け止めたものを立ち止まって噛み砕くのは後だ。今はただ、溜め込んできた全部をお互いに吐き出す。全力でぶつからないと、俺たちはきっと立ち止まったままになるから。
「おおおおおおおぉっ!!」
先に動いたのは、ダンク。凄まじい気迫で振り下ろされた剣は、あいつの感情に合わせて眩いくらいの光を纏っていた。だが、俺はそれに向かって、敢えて真正面からぶつかった。能力を纏ったトンファーを構え、両手で叩き付ける。
黒いうねりと、白い光が正面からぶつかる。ダンクの一撃は、凄まじい重さだった。それでも、俺は真っ直ぐにそれを受け止め、押し留める。お互いの力は、完全に拮抗していた。
数秒の後、互いに全力を込めて、押し返す。弾かれて距離が開いたのは一瞬、どっちも踏みとどまり、一気に反転した。もうここまで来たら、意地と意地のぶつかり合いだ。
能力の高まりで身体のリミッターが緩んだ今なら、真っ向からの攻防にもついていけた。剣を避け、トンファーを叩き付ける。光が俺の攻撃を防ごうとするが、思い切り踏み込んでやると、光の壁は敢えなく砕け散った。
「っ……何だ、その威力は……!」
思った通り、こいつの能力は強力だが、どんな衝撃に対しても無敵ってわけじゃねえ。このフィールドの強度を上回る一撃を叩き付ければ、突破は可能だ。
そして、破壊力って意味だと、俺はこの力を心から信頼している。それこそ、加減を間違えたら人をあっさり殺してしまえるほどに。
もちろん、別にこいつだったら殺していいって思っているわけじゃない。ただ、自信があるだけだ。俺はもう……間違えない。
「ふざ、けんじゃねえぇ!!」
ダンクが思い切り吠え、剣を振り回した。能力が半ば暴走に近い状態なのか、どんどん光が強くなっていく。反動の消耗で息を荒くしながら、あいつは叫ぶ。
「俺は……俺は! てめえにだけは、負けるわけにはいかねえ! 俺は、守らなきゃいけねえんだ! 敵から、みんなを守らなきゃいけねえんだよ!!」
「そうかよ。じゃあ、お前の敵って、誰だ? 俺だけか? 俺から守れりゃ満足なのかよ? ……ふざけてるのはそっちだろうが、馬鹿野郎!!」
俺を恨んで、俺を悪魔と呼ぶのは、こいつの権利だ。だけど、俺にもだんだん分かってきた。こいつは、目の前の俺すら見ちゃいない。こいつが見ているのは、ずっと……あの時の俺だ。
俺が来るまでは、こいつはギルドとの協力にも納得して、ちゃんとこの国を守ろうとしていたらしい。それなのに、俺がいるって知った時点で、こいつは何よりも俺を敵にすることを優先した。
「本当にみんなを守りてえなら、お前がやることはこんな事じゃねえだろ! 俺がどんだけ憎かろうと、俺を利用してでも敵をどうにかしなきゃいけねえんじゃないのか!」
「っ……黙れぇ!! お前以上に倒すべき敵なんざ、俺にはいねえんだよ!!」
「そんなにお前の意地が大事かよ、ダンク! お前、みんなと自分のプライド、どっちの方を守りてえんだよ!!」
「黙れっつってんだよ! てめえが! 全部ぶっ壊したてめえが! 知ったような口を利くんじゃねええええぇ!!」
……そうだな。俺のやった事は、色んなもんを壊して、色んな傷を残した。だから俺は、こいつの怒りを否定はできない。だけど……それと、今のこいつが間違ってるのは、別の話だ。
「よく分かったぜ、ダンク。確かに、お前がそうなったのは、俺のせいみたいだ。だったら、責任を取ってやる。お前からも……悪魔って逃げ道、奪い取ってやるよ!!」
さっきとも比較にならないほどの、光の大剣が練り上げられる。きっと、訓練用の武器でも俺を殺せるほどの一撃だ。
だから俺も、能力を思い切り高めた。俺の攻撃性を示すように、トンファーを覆ううねりが獣の頭部を形取る。
周囲がどよめいているのが見える。止めるべきじゃないか、という空気を感じるが……同時に、見えた。俺の家族は、俺をしっかりと見守ってくれていた。信じてくれている、それを感じて俺は思わず笑っていた。
一歩間違えれば死ぬかもしれないし、殺すかもしれないはずなのに。何だか、全く怖くなかった。大丈夫だって、確信めいたものがあった。だから――俺たちは再び、互いの力をぶつけ合った。
吠える。腹の底から、咆哮する。
光と闇が互いを呑み込み、拮抗する。どう転んでも、これが最後。互いの全てを、吐き出していく。
「大人しくくたばれ!! 悪魔があああぁ!!」
ダンクが叫び、光の勢いが増した。今にも呑み込まれてしまいそうになりながら、俺は踏ん張る。場違いな光景を、頭に浮かべながら。
マスターに救われたあの時。フィーネと出会ったあの時。俺にかけられた、あの言葉。俺はずっとそれを叫ぶことを願いながら、押し込めてきた。だから、今、ここで。
「俺は……悪魔なんかじゃねえ!! ただの、人だああああああぁーーーー!!」
その咆哮は、悪魔へ捧げる訣別。俺の中で、全てが溶け合っていく。
――次の瞬間、獣の顎が、奴の剣を思い切り吹き飛ばした。
「…………あ……」
衝撃によろめき、そのまま尻餅をついたダンク。状況が飲み込めてないのか、吹き飛んだ大剣を呆然と眺めている。そんなこいつに向かって、俺はトンファーを突きつけた。
「これは間違いなく、一本ってやつだよな?」
「………………。情けを、かけたつもりか?」
「は? アホかお前。そもそもこれ、ただの試合だろ。何だ情けって、殺し合いかよ」
わざと、煽るような言い回しを選ぶ。ダンクは思い切り歯を噛み締めた。
「あの時みたいに、何もできない俺に襲い掛かってくりゃいいだろ! それがお前の本性で、お前はみんなを傷付ける敵だ! 誤魔化すんじゃねえ……!!」
「違う。俺はそんなこと望んじゃいないし、したくもない。勝手に理想の悪魔像を俺に押し付けるんじゃねえよ、迷惑だ」
俺にも、もう分かっていた。こいつは、俺を悪魔以外のものだと思いたくないんだって。もし、俺がそうじゃないとしたら……自分のやったことを正当化できなくなるから。
「俺はお前の自己満のために悪魔になってやるつもりなんぞ、さらさらねえ。ヒーロー気取りがしたいだけなら、子供にでも混ざってろ」
「な、んだと……」
「……情けないやつ。誰かを悪者にしなきゃ持てないぐらいの正義感なんか、クソくらえだ」
それへの返答は無かった。ダンクは全身の動きを止めている。何を驚いてやがるんだ、この馬鹿は。言われてみるまで、自分の押し付けについて、考えもしてなかったのか? それとも……考えたくなかったとでも言うつもりかよ、この野郎。
何だか急に白けてきたので、俺はそのまま戻っていく。俺の出番は、どっちにしろこれで終わりだろ。この後どうなるかは、分からねえが。