紅の炎爪
俺の道は、本当はとっくの昔に途切れていたはずだった。
その瞬間の記憶は曖昧だ。はっきりと覚えているのは、ボロボロに泣き叫びながら俺を呼ぶ声……そして、本来なら助からない傷を俺が負っていた、ってことぐらいだ。
ああ、これで終わりなんだなって……本気でそう思った。痛み、苦しみ、諦め、恐怖……薄らぐ意識の中で、色んな感覚と感情がごちゃ混ぜになった。
それでも今、俺はここにいる。
それは紛れもなく、あいつのおかげだ。俺の途切れた道の代わりに、あいつは新しい道をくれた。だから、俺はこうして生きていられる。
それなのにあいつは、全てを自分で背負いこんじまった。自分だって傷付いたくせに……みんな自分のせいだって言い張って。
俺は、あいつを恨んでなんかいねえ。むしろ、本当に感謝しているのに。俺のそんな気持ちを、あいつは受け取ってはくれない。
俺が口で何を言っても、あいつは自分を許さないんだろう。だからきっと、今の俺にできるのは、あいつを支えることだと思う。だから俺は、あいつの側にいるって決めた。
前と同じように、とはいかねえけど、友人として、ライバルとして。それしかできないことが悔しくてたまらねえが、それでも俺は、あいつが自分と向き合おうとしていることを尊重したい。
俺はただ……あいつがいつか自分を許せる日が来るまで、あいつを見守るだけだ。それが、俺があいつにできる、精一杯の恩返しだと思うから。
見渡す限りの人の波。やっぱり、こっから見ると壮観だな。
意外なほどに緊張はない。それはガル含む先生の言葉のおかげか、みんなが勝ってきたからかは分からねえ。けど、今の俺には、はっきり言って大会の結果は割とどうでもいい。それ以上に、目的を達成したいってのが強いからな。
「それにしてもデカいな、あんた」
対戦相手の牛人は、ゆうに二メートル近い身長をしている。筋肉もすげえし……見たまんま、パワーバカみてえだな。俺が言うのも何だが。俺も竜人だから同年代ではデカいほうだが、それでも180センチちょいぐらいだ。
「ふふ、びびったか?」
「誰が? デカけりゃ強いってわけじゃねえだろ」
「威勢のいい奴だな。気に入ったぜ!」
相手は大斧を構える。そのままの格好で、ゲームにミノタウロスとして出れそうだな。テンプレって奴だ。
対する俺も武器を構え……と言いたいとこだが、俺は完全に素手だ。ファイティングポーズをとった俺に、相手は首を傾げた。
「お前、素手で戦うのか?」
「おう。武器はこの身ひとつ、ってやつだ」
「それにしてもナックルぐらい着けていいんじゃねえか? ハンデみたいなもんだぜ?」
相手は防具のほうも重装備。確かに、普通に考えれば無謀だが、俺には俺の事情がある。
「相手の心配なんかしてっと、足元すくわれるぜ?」
「……ははっ、面白えな。なら、後悔すんなよ!」
お互いに、楽しげな笑みを交わした次の瞬間……ゴングが鳴り響いた。
開幕と同時に、相手は思いっ切り突進してきた。俺もどうせ接近戦しか出来ねえし、そのまま迎え撃つ態勢に入る、あっという間に、互いの距離が縮まった。
「おおりゃっ!」
「おっと……!」
大きく振りかぶった斧の一撃を、後ろに跳んで避ける。予想通り、動きは大振り。避けるのは苦にならねえ……が、リングと衝突した一撃が立てた轟音に、思わず顔をしかめる。
「当たりゃ頭が砕けそうだな……」
「心配すんな、加減はしっかり把握してるぜ! 本気ならリングも割れるけどな!」
「さらっと怖えこと言うな!」
「なーに、竜人は頑丈だから平気だろ! さ、どんどん行くぜ!」
俺の不満もどこ吹く風、奴の攻撃が迫る。どうやら、あいつのPSは攻撃に作用するものらしい。シンプルに筋力増強ってとこか? そうでもないと、あの威力はおかしい。
最初から手の内全開なのは分かりやすくて助かるが、いくら俺が鱗に守られているとはいえ、喰らえば一撃必殺――下手すりゃ本当の意味で――は確実だろうな。
だが、動き自体は単調だし、落ち着きゃ簡単に見切れる。この程度が避けられなきゃ、ステゴロで闘技なんてやってらんねえんだよ!
横薙ぎの一撃をジャンプで避け、そのまま奴の頭に……。
「おらぁツ!」
渾身の回し蹴りを、叩き込んだ。
「うお……!?」
相手が呻く。入り方はかなり良い感じだった。いくらこいつがタフでも、かなりのダメージになったはず……。
そう思ったのも束の間。相手は軽く怯んだだけですぐに体勢を立て直し、俺にカウンターを放ってきた。
「い……!?」
ま、待て! さすがにこれは予定外……って、待つわけねえよなちくしょう!
俺は根性で身体をひねり、何とか避けようとする。相手も大して狙いを定めて無かったからか、ギリギリのところでその一撃は横に逸れた。
……あ、危ねえ。病院送りは勘弁だぜ。心臓に悪いな、こいつの相手。
「ッてえ~……やるなお前!」
「ったく、どんな首してんだよ!」
「はっはっは! 毎日しっかりトレーニングすりゃ、お前だってこうなれるぜ?」
「なってたまるか!」
本来は、今ので体勢を崩した相手に、一気にたたみかける予定だった。しかし……こりゃ、ちと骨が折れそうだ。
本人の弁は置いといて、筋力強化が防御力アップにも繋がってるんだろう。まさに鋼の肉体ってやつだな。
「そら、次行くぜぇ!」
「うお……っと!」
相手が再び突っ込んでくる。俺は奴の振り回す斧を何とか避けながら、思考を巡らせる。
さて、どう切り崩したもんだか。俺もパワーに自信はあるっちゃあるが、相手がアレじゃさすがに分がわりぃ。
純粋な身体能力強化は、実際のとこ下手な特殊系より厄介だ。それに奴がまだ一芸を隠してる可能性もある……限りなく薄いとは思うが、警戒に越したことはねえ。
「いずれにせよ、下手な小細工は通用しそうにねえな」
「ははっ、そりゃそうだ! 闘技ってのは全力の真っ向勝負だしよ! 力と意地をぶつけて強い方が勝つ、そんだけだ!」
どんだけ分かりやすい理論だよ、ったく。……それに半分ぐらい共感しちまう俺も俺なんだろうけど。
「お前もPSでも何でも使ってきな! まとめて叩き潰してやる!」
PS、か。ま、確かにそれが、一番単純な答えではある。
アレを使えば、間違いなくこいつにダメージが通るだろう。別に力を使いたくないってこともねえ。が……俺は、大会前に上村先生から言われた話を思い出していた。
(お前なら大丈夫だろうが、念のため言っておく。お前自身が一番分かっているだろうが、お前の力は凶器に成りうる。熱くなりすぎて、加減を間違えたりするなよ)
PSの中には、殺傷力の高いものも数多く存在する。例えばルッカの力もそうだし、使い方によって何でも引き起こしちまうルナも危険だ。
闘技において、武器は管理できるが、PSはどうしようもねえ。そういった力を持つ奴には、厳重な指導が入る。目の前のこいつも、まあそんな指導はされてるはずだ。
そして、俺の力も。先生の言う通り、それは俺自身がよく知っている。感情が高ぶればPSも影響されたりするからな。先生が念押ししてきたのも、そのためだろう。闘技でのケガ人ってのは少なくねえしな。
けど、だ。
「裏を返しゃ、加減を忘れないなら自由に使え、ってことだよな?」
「何?」
相手の攻撃を弾き、それに合わせて一旦距離を取る。
そう、遠慮なんて必要ねえ。どうやらこいつも、それをお望みのようだ。
「良いぜ。あんたの言う、全力の真っ向勝負とやらをしてやろうじゃねえか。ただし……」
言いつつ、俺は自分の力を解き放つため、精神を集中させる。そして、相手に向かい、不敵に笑ってみせた。
「叩き潰されるのは、あんたの方だろうがな!!」
そう宣言すると同時に――俺の両手から、真紅の炎が吹き上がった。
炎そのものはすぐに鎮静化し、俺の手に吸い込まれるように収まる。そして、俺の身体には、それよりも分かりやすい変化が起こり始めていた。それは、鱗の色だ。
俺の鱗は、本来は青。だが、この力を発動させた時、俺の全身を覆う鱗は、炎と同じ真紅に染まる。力が高まれば高まるほど、より鮮やかな赤へと。
その変化も含め、この力に付けられた名前は〈紅の炎爪〉。
「炎操作能力ってやつか。その鱗は?」
「ま、一種の表れみたいなもんだ。別にこれ自体に意味があるわけじゃねえぜ? 触って熱いとかも無しだ」
肩を軽く回し、拳を握ってみる。よし、力の制御含めて、調子はバッチリだな。
「まあ細かい話はいいか。へへっ、文字通りなかなかアツい能力じゃねえか! んじゃ、白黒ハッキリつけるとしようぜ!」
斧を握り直して笑う相手。俺の変化を待ってたのは、警戒してと言うより、全力でやりてえからなんだろう。炎っていう危険な能力を目の前にして、びびる素振りもない。
その豪胆っぷりは、呆れを通り越して本気で尊敬する。気が付くと、俺は自分でも無意識のうちに笑っていた。全力のぶつけ合い……これほど血が沸くもんはねえ。
「一つだけ忠告しといてやるよ。ただ炎を使えるだけと思って気を抜くと……文字通り、火傷するぜ!」
そう口にすると共に、俺は一気に突撃した。相手は先ほどまでと同じように、全身に力を込めた。
「らああぁっ!」
横薙ぎに払われる相手の斧。奴もだいぶ乗ってきたらしく、先程よりスピードが上がっている。
だが、今の俺にはそれが、最初よりもさらにはっきりと見えていた。姿勢を低くしてそれを避け、懐に入り込む。
そのまま勢いを殺さず、奴の脇腹にフックを叩き込む。それと同時に、俺の拳から爆炎が吹き上がった。
「グオオオォッ……!」
初めて本格的な苦鳴を上げ、相手は2、3歩後ろに下がった。いくら屈強な筋肉の鎧を纏っていようが、炎のダメージは防げないのが道理だ。それに……格闘自体の威力も、さっきより上だ。
俺のPSは、分子運動を加速させ、発熱・そして発火現象を引き起こす。だが、それだけじゃねえ。
熱エネルギーを取り込み、自身の力とする……言い換えれば、熱くなればなるほど身体能力を向上させる。それが、この力の真髄。
理論上は、熱はどこまでも上昇する。つまりこの力は、俺をどこまでも強くしてくれるってわけだ。あくまでも理論上は、だけどよ。
PSを高めてヒートアップするだけじゃない。相手から熱攻撃を受けても同様で、ダメージを無効化できる。俺の炎が俺自身を焼かないのも、その副次作用みたいなもんだ。
……ただ、ここに微妙な欠点がある。熱から保護されるのは俺の服やアクセサリーもなんだが……ただ一つの例外として、何故か手の周辺にだけこの効果が適用されねえ。
つまるところ、俺は武器とPSを併用することが難しい。素材にもよるが、全開で飛ばすとダメになっちまうからな。
そういう事情もあって、俺は自分の肉体を武器にする格闘技を磨いてきた。強化された身体能力も生かせるしな。
だからこそ、単純なインファイトには自信がある。武器を持った相手だろうと、引けを取るつもりは微塵もねえ。
「一気に行くぜ!」
よろめく相手に、俺はラッシュを仕掛ける。インパクトの瞬間に炎も放出してやると、相手はうめきを漏らしつつ後ろに下がっていく。
火力そのものは控え目にしてあるが、相手からすりゃたまったもんじゃないだろう。
「ぐぅ……おおぉ!」
「!」
が、奴もただやられるだけじゃ済まなかった。俺の攻撃に耐えつつ両脚で踏ん張ると、力強く斧を振りかぶった。次の瞬間に繰り出されたのは斬撃ではなく、側面の叩き付け。
考えやがったな。攻撃の面積が増えるぶん、斬撃より回避が難しい。斧の重量とこいつの腕力を考えりゃ、威力は十分だ。俺は舌打ちしつつ、バックステップで距離を取った。
「くっ……ははっ! やっぱり良いねえ、強い奴との戦いってのは!」
痛みに呼吸を荒げながらも、相手は本当に楽しそうに笑っていた。
「文字通り、やるかやられるか……これぞ戦いの醍醐味って感じだよな! この大会に出て、本当に良かったぜ!」
「へへ。それじゃ、そろそろケリつけるとしようぜ。あんたが俺をぶっ飛ばすのか、俺があんたを焼き肉にするのか、二つに一つだ」
「焼き肉、ねえ。はははっ、言ってくれるじゃんか。最高に面白いぜ、お前!」
俺達は、顔を見合わせて笑う。自分と同等か、それ以上の相手との試合は、最高に燃えるもんだ。
いずれにしても、次が最後だな。たぶん奴も全力で来る。喰らえば負け、当てれば勝ち……シンプルでいいぜ!
「……行っくぜえぇ!!」
奴の全身の筋肉に力がこもり、先ほど以上に猛烈な勢いで突っ込んでくる。
来いよ。お前を受け止められずに、あいつを受け止められるわけがねえからな!
「おおおおぉッ!!」
奴の斧が振り回され、空気がうなりを上げる。これが全力とばかりに、さっきよりもさらに速くなっていた……けど、見切れる!
薙ぎ払いを跳んで避け、体をひねって斬り下ろしから逃れる。
そして、カウンターとばかりに、奴の頭部に渾身の回し蹴りを叩きつけた。瞬間、爆炎が巻き起こる。
「――ッ……」
奴の巨体がぐらりと傾き、武器を落とした。蹴りの威力自体も先ほどより高く、さらに炎のオマケつきだ。ダメージは大きいだろう。
けど、奴はタフだ。これで決まるとは思えねえ。なら……!
「もう……」
あと一押しとばかりに、空中でさらに体を回転させる。強化された身体能力だからこそ、なせる技だ。
「いっぱぁつ!!」
そのまま勢いを殺さず、もう片方の脚も叩き込んだ。伝わってくる確かな手応え。
「……ぐ……」
そして……奴の巨体は、小さな呻きと共に、その場に崩れ落ちた。立ち上がる気配……ナシ。
『勝者、如月 海翔!』
審判のジャッジが言い渡されると、俺は無意識のうちに、拳を高く上げていた。……あ、やっぱ嬉しいもんなんだな。
大会なんかどうでもいいってのは撤回しとくか。やっぱりやる以上は優勝してえ。
「………………」
ところで大丈夫か、あいつ。マジで微動だにしないんだけど。ちょっとやりすぎたか? ……などと思っていると。
「く……ははははは!!」
突如、今の心配を返してほしいほどに、豪快な笑い声が聞こえてきた。
「痛ってえ~……完敗だ完敗。ははっ、楽しかったぜ!」
「笑える体力あったなら、まだやれたんじゃねえのか?」
「無茶言うなって。頭にあんだけ受けりゃ、さすがにクラクラしてまともに立てねえっての」
俺が手を差し伸べると、相手はそれに掴まって何とか起き上がった。
「大丈夫か?」
「ま、何とかな……いつかまた、手合わせ頼むぜ?」
「冗談じゃねえ。命がいくらあっても足りねえよ……って言いてえとこだけど」
実際、今の試合で熱くなれた俺が、確かにいるんだよな。不本意だけど、俺も根っこはこいつと同じなのかもしれない。
「売られたケンカは買うのが俺の主義だ。何度でも来い、返り討ちにしてやるぜ!」
「おお、何回でも売ってやるよ!」
ライバルが増えたか。こりゃ、色々と大変そうだ……それを楽しいと感じてる辺り、我ながらけっこう単純だな。