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昼休み

 その日の昼休み。私は包みを二つ持って、学校の3階、二年生のフロアに向かった。


「おっ、瑠奈ちゃんじゃねえか!」


「あ、ホントだ。どうしたの?」


 目的のクラスの前には、ちょうど私の知り合いがいた。大柄なドーベルマンの犬獣人に、小柄な人間。この二人は、暁斗の友達だから私もよく知ってる。


「寺島先輩に北村先輩、こんにちは。お兄ちゃんはいますか?」


「アッキーなら、教室の中でふてくされてるよ。弁当も財布も忘れたー、とか言って」


 財布もなんだね……。我が兄ながら、ウッカリしすぎと言うか。


「お、ひょっとしてその包み、あいつの?」


「はい。良ければ呼んでもらえます?」


「うん。じゃ、ちょっと待っててね!」


 そう言って、北村先輩が教室の中に入っていく。残った寺島先輩は、ニコニコしながら私に話しかけてくる。


「しっかし、出来た妹だよな瑠奈ちゃんって。わざわざあいつのために届け物とか、いっつも助けてやってるしさ」


「ふふ、ありがとうございます。でも、そんな大したことじゃないですよ」


 お世辞だろうけど、お礼しておく。実際のとこ、面白がって連絡入れなかったりとか、私はけっこうお兄ちゃんで遊んでたりするんだけどね。


「いや、本当にあいつには勿体ねえって! 可愛いし、優しいしよ!」


「あはは。誉めて貰えて嬉しいですけど、何も出ませんよ?」


「謙虚なところもまた良いぜ。どうだ? あいつの妹辞めて、俺んちの子になるってのぐっ!?」


 一応言っておくと、変な語尾は彼の望むところじゃない。言葉の最中、先輩の背後に現れた人影が、頭頂部に拳を喰らわせたせいだ。勢い余って舌を噛んだらしくて、ドーベルマンは口を押さえて悶えている。


 現れた男は、すらりとした体躯の狼人。毛色は黒で、喉元からお腹にかけては白い。髪は綺麗な金髪だけど、少しクセがあって全体的に跳ねている。体格は平均的で、どちらかと言えば細身かもしれない。

 特徴と言えば、その額に付けてあるゴーグル。本人曰わく、付けていないと落ち着かないらしくて、今じゃ彼のトレードマークとして認知されてる。


 そんな狼人は、ちょっと不機嫌な視線を寺島先輩に向けていた。


「俺のいないうちに、なんて勧誘してんだ、お前は」


「あ、あやふぇ……ふぇめえ……!」


「うるせえ。お前が俺の妹に手を出すなんて、10年早いんだよバカ」


 俺の妹。その言葉通り、この黒い狼人が、綾瀬(あやせ) 暁斗(あきと)……間違いなく、血の繋がった私のお兄ちゃんである。


「ふぇ……別に殴る事ねえだろ!?」


「いや、ムカついたから、思わず」


 涙目の寺島先輩は、まだ上手く回らない呂律で暁斗に噛み付く。ちなみに北村先輩は、そんなやり取りを楽しそうに眺めてた。


「良いじゃねえか、お前と瑠奈ちゃん似てねえし!」


「異種族だから似てねえのは当たり前だ。お前の妹ってほうが無理があるっての。悪いな瑠奈、待たせたせいで変な奴に絡ませちまって」


「変な奴とは何だ、この超絶シスコンおおかふぁっ!?」


 シスコン、と言った辺りで暁斗の肘がキレイな形で鳩尾に入り、寺島先輩はあえなく撃沈した。


「暁斗、友達は大事にしなよ……?」


「気にするな、いつもの事だ。えっと、弁当持ってきてくれたって?」


「うん。はい、コレが暁斗のね」


「へへ、サンキュ!」


 弁当を受け取ると、少し悪かった機嫌がもう回復したらしく、尻尾が左右に揺れている。もう、単純なんだから。


「で、お前は自分の弁当も持って、どこに行くんだ?」


「ああ、私は最近、みんなと一緒に屋上で食べてるんだよね」


 みんなは既に屋上で待っている筈だ。私も急がないとね。


「みんなって、カイ達だろ?」


「うん。ついでだし、暁斗も来る?」


「そうだな、たまにはいいかもしれねえけど……」


 暁斗はまだ悶絶している寺島先輩と、それをポンポンと叩いている北村先輩を見る。


「良いんじゃない? 竜ちゃんが回復したらうるさいし、多分。お昼の間に僕が宥めておくからさ」


「お、そうか? 悪いな、亮。じゃ、ちょっくら行ってくるぜ。それと竜二、とっとと起きろよ。転がってたら通行の邪魔だぜ?」


「あ、や、せぇ……」


「……あはは。ごめんなさい、寺島先輩」


 恨みがましい声を絞り出す寺島先輩を、完全にスルーして歩いていく暁斗。私は先輩達に頭を下げて、彼と一緒に屋上に向かった。




 そして、屋上。予想通り、みんなはもう到着して私を待っていた。9月にもなると、人間にとって屋上の風は少し肌寒く感じたりする。みんなの体毛が羨ましい限り、ってのは私とカイに共通する意見だ。と言っても、竜人は竜人で頑丈だから、寒さにも暑さにも強いらしいけど。


「あれ、暁兄?」


「暁斗も来たのか、珍しいな」


「ああ、たまにはお前らと食うのも良いかと思ってさ」


 私の隣にいる暁斗に気付いたみんなは、彼と挨拶を交わしていく。彼はみんなの先輩なわけだけど、付き合いも長いし本人が畏まられるのを嫌がってるので、みんなタメ口だ。軽く会話しながら、暁斗は少し機嫌悪そうにしているカイに気付いたみたいだ。


「カイ、どうしたんだ?」


「何でもねえよ。ちくしょう、コレ体罰だろ……!」


 ちなみにカイは、あの後すぐに隣の自習室で発見された。具体的に何をされたのかは不明だけど、頑丈な彼が午前中ずっとぐったりしてたので、かなりキツいお仕置きをされたらしいのは想像できる。さすがに今は復活してるけど、見ての通りに不機嫌だ。


「お前が馬鹿な真似したからだろう」


「何だよ、また上村先生にしばかれたのか? 何やったんだ」


「病気のせいだよ、いつもの。まあ、直接の原因は窓から飛び込んだ事だけどね」


「病気って言うんじゃねえ! 俺はただ研究熱心なだけだよ!」


「……それで遅刻の常習犯になってりゃ世話ねえぜ。あー、窓から。確かに何か騒いでたな、朝」


 病気、と言われて、暁斗も事情を把握したらしい。本人の抗議はともかく、私達の中ではその単語で認識されてる。

 カイはネットサーフィンが趣味なんだけど、この男、何か興味があるテーマを見つけると、すぐに時間を忘れてしまう悪い癖を持っていた。で、元々の寝起きが悪いのもあって、今朝みたいな事がたまにあるんだよね。

 遅刻の度にひどく絞られてきてるので、カイも自分なりに頑張ってはいるみたいだけど……その結果が今朝のアレなので、完全に色んなものを見失ってるって感じだ。


 ちなみに、上村先生が彼に割と容赦ないのは、他にもひとつ事情があるんだけど、まあそれは閑話休題ってやつだね。


「ところで、遅刻してくるぐらいだから、何か成果はあったの?」


「ん? いや、流石に今回のばっかは上手くまとまんなくてな」


 私達が話してるのは、今日が提出期限の課題の事だ。その言葉に、暁斗は意外そうにカイを見つめている。


「珍しいな、お前がそんな事言うなんて。どんな課題だったんだ?」


PS(パーソナルスキル)について、何でもいいから調べて纏めろ、ってやつだ」


「……なるほど。調べる余地が多くて、お前が好きそうな形式だな」


 暁斗が言うと、カイは苦笑する。一応、本人も自覚はしてるらしい。


「でも、専門家達の間でも、PSについて詳しい事は分かってないんだろ?」


「ああ。だから本当は、そこまで難しいことは調べなくてもいいんだろうけどよ。せっかくの機会だから、いろいろ漁ってみたんだ」


 話題のせいで軽くスイッチが入ったみたいで、カイは箸を止めて、喋り始める。


「知っての通り、PSは今の世界じゃ誰もが使える能力だ」


 言いつつ、カイは掌を上に向ける。そして彼は――何も道具は使わず、そこから炎を生み出してみせた。


 パーソナルスキル……略称はPS。力の『名前』を念じる事で、本当の物理的には有り得ないような、様々な現象を引き起こす力。そして、カイが言った通りに、ひとりがひとつずつ、誰もが使える力。


「けど、暁斗の言った通り、この力については、学者でも詳しい事は分かってねえ。分かってるのは、こいつがその人物の〈心〉に深く影響されるって事」


 カイはぱっと手を振って炎を消してから、話を続ける。みんなも食事は続けながら、それなりに興味深そうに彼の話に耳を傾けた。


「PSは誰もに宿り、その内容は人によって違う。そいつの心や記憶を具現化した能力になるってのが一般的だけど、親から遺伝するケースもあったり、こいつもはっきりとは言えねえ」


「誰でも使えるくせして、誰にも原理が分からない力……それが、一般的なPSの認識だな」


「学説だけならいろいろあるけどね」


「まあな。で、こっからが本番だけど。俺が調べたのは、PSの起源についてなんだ」


「起源?」


「そ。PSは、今の暦……天歴になる以前には存在してなかった。昔なら超能力だとか魔法だとか言われてたんだろうな。まあ、それはともかく、歴史上でPSの存在が確認され始めたのは、ある一点を境目にしてだ」


「〈黒の時代〉か」


 レンが出した単語に、カイは頷く。コウだけがちょっと首を傾げていた。


「黒の時代、って、何だっけ?」


「旧世紀末期に起きたとされる世界大戦。その途中から終結までの記録が全く残ってねえ事からついた呼称だ。多分、大規模な情報操作が行われた結果だろうって言われてるけどな。じゃ、コウ。黒の時代の前と後、その大きな違いを三つ言ってみろ」


「ふぇ!? え、えっと……」


 いきなり振られ、素っ頓狂な声を上げて飛び上がるコウに、カイは溜め息をつく。この二人、性格はけっこう似てるんだけど、この一点だけは真逆だ。

 カイは色々と荒っぽいせいで誤解されやすいけど、見ての通りすごく知的探求心が強くて、入学以来、学年1位を余裕でキープしてるほど頭が良い。一方のコウは、昔から勉強が大嫌い。理数系教科だけは得意なんだけど、その他の教科は口に出せないほど悲惨な結果を残し続けてる。

 そんな二人が、こういう話題を話し合うのは、なかなか難しいわけで……。


「ひ、一つはPSの有無だろ? で、その……二つ目が、ゆ、UDBの存在。あと、三つ目が……えっと……」


「……歴史のテスト、赤点取る訳だな、これじゃ」


「うるせえっつーの! ……そうだ、獣人の存在だ!」


「まあ良い。もっとスラスラ言えるように教科書読んどけ」


 一応は正解を答えたコウに、カイは何か言いたげではあったが、面倒だったのかそのまま流した。コウはコウで、正解だから良いじゃねえか、なんてぼやいてるけど。


「黒の時代が終わって作られた暦が天歴だが、大戦が何年続いたのか、それは現段階じゃ分かってねえ。が、何千、何万年と続いた訳じゃねえだろう。それなのに、世界には三つの変化が起こってる……この事について、学者は揉めてる訳だけどな」


 人々に宿る超能力、PS。人類を脅かす獣、UDB。そして、新たなヒト、獣人。これらの全てが、黒の時代に発生したものと言われている。


「どれもあまりに大きな変化すぎて、進化、の一言で考えるには短すぎるからな。進化説を推す意見は、過酷な環境に適応するために急速に進化せざるを得なかった、とか言うのが多かったけど」


「他にはどんな説があるんだっけ?」


「獣人には先祖返り説、PSには潜在開花説とか、いろいろあるぜ。面白いので行けば、生物兵器説とか、多元世界説とかだな」


「生物兵器に多元世界、ね。随分荒唐無稽な話だな」


「そんぐらい有り得ない事が山積みってこった、黒の時代はな。それに、意外とこういう説の中に正解があったりするもんだぜ?」


 議論は徐々にヒートアップしていく。それに合わせて、コウの頭の上にクエスチョンが増えていく。


「じゃあ、カイはその説を支持してるの?」


「支持、とまでは行かねえけどな。生物兵器説とか、同時期に三つの変化が起こった説明もつくし、良い線行ってると思うぜ。ま、それを可能とする天才的な頭脳を持った奴がいたなら、の話だけどよ」


「いずれにせよ眉唾ものって事か」


「だな。簡単に答えが出ねえからこそ、学者達は苦戦してんだけど」


「………………」


「コウ、無理に考えないほうがいいよ。湯気出てるから」


 ほっといたら爆発しそうだったので私がそう言ってあげると、コウは困ったように髪をぐしゃぐしゃにかき乱した。


「お前って、ホントいっつも小難しい事考えてるよな。別に良いじゃねえか、元が何でもオレら獣人は普通に生きてるし、PSは使えるし」


「分かってねえな。そういうのが解明出来りゃ、こっから先の新しい発明とかに役立てられるかもしれねえんだぜ? ま、勉強嫌がるどっかのバカ虎には確かに意味ねえか?」


「……なるほどなるほど。そんな事言ってる割に、お前も学習能力は全くねえけどな」


「……あ?」


 ……あ。この流れ……。


「毎回毎回、その大層な勉強の為に、寝坊しては先生にしばかれてんじゃねえか。学習能力あるんなら、そんな事にはなんねえだろ?」


「……こちとら、どっかの誰かみたいな、何も知らねえ馬鹿にはなりたくねえんでな」


「へえ? 同じ失敗を繰り返す奴の事もバカって言うと思うけどな?」


「……何だ、自分が脳みそねえからひがんでるのか?」


「おい、カイ、浩輝……?」


 この空気は、マズい。


「誰が脳みそねえだって、コラ?」


「事実じゃねえか。この前の語学のテストだって、ビリから数えたほうが早いくせによ!」


「うるせえ、学校で習う語学なんて将来使わねえんだよ!」


「はっ、勉強出来ねえ奴は決まってそう言うよな! こうはなりたくねえぜ」


「ふん。勉強しか出来ねえ、自分の知識をひけらかしてばっかのイヤミ男にもなりたかねえけどな!」


「おい、少し落ち着け、お前ら……」


「ちょっと、二人とも!」


 私とレンが制止しようとするけど、二人は既に相手しか見えていなかった。バチバチと火花が弾けている。


「何だ、やんのか? このクソ青トカゲ……」


「上等だよ……アホ白ネコが!!」


「おい、お前ら!」


「止めろ、馬鹿!」


 今にも飛びかかろうとする二人に、レンがコウを、暁斗がカイを押さえつける。


「邪魔すんじゃねえ、暁斗! こいつとは一回、白黒はっきりさせなきゃなんねえんだよ!」


「そうだ! 関係ねえんだからすっこんでろ、レン!」


「お前ら、とにかく落ち着け……!」


「邪魔すんなって……」


「言ってんだろ!!」


「うわっ!?」


 止めに入った二人を無理やり引き剥がすと、コウとカイはついに取っ組み合いを始めた。駄目だ、このままじゃ誰か怪我しちゃう。


「ちょっと! やりすぎだよ二人とも!」


「てめえはいつもいつもオレを見下しやがって! そこまでてめえが偉いかよ!?」


「下される方がわりぃんだよ! 悔しいと思うなら上がりゃいいもんを、遊んでばっかなてめえの自業自得だろ!」


「二人とも、落ち着いてったら……」


「てめえがオレを――」


「そもそもてめえは――」


 周囲の言葉も全く聞こえていない様子でお互いに文句をぶちまけ続ける二人に、さすがに私も大きな声で叫んだ。


「もう、いい加減にしてよ!」


『外野がごちゃごちゃうるせえぞ!! ……あっ』


 その、喧嘩しているのに息ピッタリな罵声と共に――ちょうど二人の足元にあった私のお弁当が見事に吹き飛ばされて、私の制服に直撃した。



 べっとりと絡み付くソースを見ながら、思ったことはいくつかある。洗うの大変だなぁとか、せっかく作ってくれたのにお母さんごめんねとか、好きなおかずだったのに勿体ないとか――とりあえず、確実に言えるのは……頭の中で、何かが切れた音がしたことだった。



『……………………』


 先程までとうってかわって、屋上は何だか、ものすごく静かになった。

 恐る恐る私の様子を伺う二人に、満面の笑みを向ける。頭に血を上らせていたはずの二人は、私を見た瞬間に硬直した。


「二人とも、元気が凄く有り余ってるみたいだね?」


「あ、あの……ルナ、さん? 笑顔なのに、目が全然笑っていらっしゃらないんですが……」


「笑えると思ってる?」


「……ご、ごもっともです……」


 先程までの威勢はどこへやら、完全に身体を萎縮させてしまっている二人。


「ねえ、二人とも。喧嘩して、食べ物を粗末にして、楽しい?」


「い、いえ。先程のはですね、不可抗力と言いますか……」


「ぼ、ボクが悪かったです。ご、ごめんなさい。申し訳ありません……」


 何か言い訳しているカイと、ひたすらに謝罪してくるコウ。残念だけど、その内容までは私に届いていなかった。


「え、えっと。ルナさん? 笑顔の向こうに死神が見えるのはボクの気のせい、ですかね……」


「さあ? とりあえず、私から二人に言う事は、一つだけだよ」


 恐怖に震える二人に、私は最高の笑顔を返し、言い放つ。


「三途の川まで送ってやるから、いっぺんしっかり反省して来いっ!!」









 ――十分後。


「本当に、死ぬかと思った……!」


「オレ、何かすげえ綺麗な花畑が、見えた……」


「……いつまで泣いてるんだ、お前ら。気持ちは分かるけど」


「加減はちゃんとしたんだから、しっかり反省してよね」


「……アレで加減してたのかよ。てか、友達は大事にとか言ってなかったか、お前」


「気にしないの、いつもの事だから」


「いつもってお前……いや、何でもねえ」


 とりあえず、喧嘩も無事(?)終わったので、私達は気を取り直して昼ご飯を食べてる(私にはみんなが少しずつ分けてくれた)。

 泣きじゃくりながらもご飯は普通に食べてるから問題はないだろうけど、正直、少し脅しすぎたかな? とも思う。……いや、怪我はさせてない、と言うか別に何か当てたりはしてないよ? ちょっと、調子に乗ったら消し炭になるってことを思い知らせるために脅かしただけで……。


「もう、そろそろ泣き止んでよ。ごめん、私もやりすぎた。今度何か奢ってあげるから」


「……俺、焼き肉で」


「オレは寿司……」


「……遠慮ってものを知りなよね。一人千ルーツまでだからね?」


 お仕置きの後にも関わらず図太く要求する二人に内心呆れつつ、私にも罪悪感はあったので条件付きでオーケーする。……財布の中身が寒くなりそうだ。

 二人は涙を拭うと、ちょっと元気を取り戻したようだ。ほんと、現金なんだから。


「そういや、ガラッと話は変わるけどよ。お前ら全員、闘技大会に出るんだよな?」


 とりあえず二人が泣き止んだのを見て、暁斗が空気を変えるようにそう切り出した。


「そう言えば、暁斗もまた出るんだよな」


「まあな。去年のリベンジもしてえし……」


「アレ、惜しかったもんね」


 言葉通り、暁斗は去年も大会に出場してる。一年生にしてはかなり良い結果を残したんだけど、準決勝で負けちゃったんだよね。


「……瑠奈も、出るって考えは変わってねえんだよな?」


「もちろんだよ。もう予選も終わってエントリー済んでるのにそれ聞くの?」


「だよなあ。お前、言い出したら聞かねえし……はあ」


「相変わらず過保護だねえ、お前も」


「はは、大丈夫だって暁兄。ルナはクラスでも上位の実力者なんだぜ?」


「いや、予選で生き残ってる段階で、弱くねえのは分かってるんだよ。でもなあ」


 やっぱり私が大会に出るのを微妙に渋っているお兄ちゃん。心配してくれるのは嬉しいんだけど、カイの言う通り、過保護なのはたまに困る。


「第一、こういう所でしっかり実力を磨いてたほうが安心でしょ。いつUDB関連の事件とかあるか分かんないし」


「UDB関連、か。そういや、最近増えてるよな、ニュースも」


「今朝もバストールでどうのって言ってたよ」


「ネットでもいろんな国で被害情報が出てるな。まったく変化ねえのは、ここぐらいだな」


 この国エルリアは、とても治安が良い。UDB関連の被害なんて、私が知る限りは全く聞いた事がないくらいに。


「ま、いつ何が起こるか分かんねえってのは確かだしな。今は心配なのは分かるけど、将来的には自分で戦えたほうが安心だぜ、暁斗」


「わ、分かってるよ」


 暁斗も渋々と言った表情で頷いた。でも、ほんとにその通りだよね。


「いつ、何が起こるか分からない、か」


 いつも通りの青空の下、私はカイの言葉をもう一度繰り返してみた。平凡で、平和な毎日。いつか、これが壊れる時が来たりするんだろうか?


「ところでお前ら。早く食わないと、あと五分で昼休み終わるぞ」


「あ、やべえ! いつの間にこんな時間に!?」


「ちくしょう、ちょっと喋りすぎたか!」


「間違いなくお前らの喧嘩のせいだろ……」


 そんな考えにふけったのもほんの少しの間で、若干の騒がしさと共に、私はありきたりな日常の中へと戻っていった。



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