悪魔へ捧ぐ決別の咆哮 2
「おらああぁっ!!」
「ち……!」
何とか体勢を立て直したいところだったが、そう簡単にはいかない。ダンクはそのまま一気に距離を詰めて、猛攻を仕掛けてくる。
やたらめったらに振り回してるように見えるが、それだけで攻める隙が見えなくなる。身体能力が多少上がってる程度じゃ、防御で手一杯だ。
……能力がどうのって話じゃねえ。きっとこいつは、俺よりも一段、シンプルに強い。こいつが重ねてきた経験と努力、それを理解した。多分、もう二度とあんなことを繰り返さないために。
何となく、分かった。あいつの能力が、コンプレックスである角を元に戻すのは、自分を「強い存在」だと定義するためだ。あいつは昔、言っていたから。俺は誰からもみんなを守れるヒーローになりたいんだ、って。
PSが目覚める年齢は、人による。早ければ10歳前後で覚醒するし、遅ければ10代の半ばくらいになる。極端に遅い場合は20歳近くなることもあるそうだけど、平均的には13とかそこらだろう。
そして、こいつはかなり遅い方だった。あの時のこいつはまだ、力を宿してはいなかったから。だとすれば、間違いなくあの一件は、ダンクの能力に影響を及ぼしている。
聖印、か。まるで悪魔祓いみたいじゃないか? そんなに、悪魔を倒すヒーローであることを望んだのか、お前は。
「どうしたよ! ただ黙ってやられるだけか!?」
「言われ、なくても……!」
タイミングを見計らい、横に避ける。そのまま、脇腹に向かってトンファーを叩き付けようとする……が、光がまた俺の一撃を遮った。まずい。
「ぐあぁッ!!」
「アっちゃん!!」
カウンターの叩き付けを咄嗟に防御したが、今度は防ぎきれなかった。俺は大きく吹き飛び、地面に叩き付けられた。
直撃じゃないが、かなり効いた。何とか追撃が来る前に起き上がったが、身体中が痛い。くそ……これは、響きそうだ。
「ふん、こんなもんか。いい様だな、悪魔?」
「まだ、終わっちゃいねえぞ……!」
「違うな、とっくに終わってんだよ。てめえがどれだけ足掻こうと、てめえの居場所なんてどこにもねえんだからな!」
言葉とは裏腹、立ち上がった俺に嬉々として向かってくるガゼルの姿。積もり積もった恨みを俺にぶつけられるのが、そんなに楽しいのか。
「ああ、口先だけの謝罪なんざ求めちゃいねえんだよ! クソ悪魔が……あの時のみんなの痛みも恐怖も、今ここで思い知りやがれ!!」
……ダンクの言葉を聞きながら、思う。
ずっと考えていた。こいつは絶対に俺を憎んでいるだろうし、会えば罵倒されるだろうって。だけど、実際に会ったこいつから蹴り飛ばされて、俺は自分でも驚くほどにショックを受けていた。
当然だって思っていたはずなのに、辛くてたまらなかった。それが何でなのか、分からなくて……諦めてたはずなのにって。
昨日の話もそうだ。ミントはともかく、ベルから力にはなれないって言われた時に、俺は心から苦しかった。許されるべきじゃないとまで思っていたのに、やっぱりショックだったんだ。
驚いたんだ。俺はまだ、望んでいたのかって。あれだけのことをして……俺には、望むことなんて許されないのにって。――そう考えた時、俺の胸にふと浮かんできた、ひとつの疑問。
……俺はなんで、許されるのを望んじゃいけないって思ったんだった?
考えた。こいつに蹴り飛ばされたあの日から、ずっと考えていた。この数ヶ月、俺が体験してきたことを、仲間が体験してきたことを、受け止めてきた言葉を、いくつも頭に浮かべて。
あのローヴァル山での出来事。フィーネの言葉。マスターの言葉。カイツの言葉……俺を受け入れてくれた、家族。
それからの数ヶ月。力と少しずつ向き合いながら、立ち向かってきた仲間達の問題。
『本当に、あなたを受け入れてくれた人はいない?』
あの時、俺の間違いを教えてくれたフィーネの言葉を、改めて浮かべる。そう、そんなことはないってのはとっくに知っている。仲間たちも、ヘリオスも、シスターも、カイツも……たくさんの人が、俺を受け入れてくれた。
――じゃあ、その逆はどうだ。
俺を一番拒絶したのは、誰だ?
俺と再会して、ヘリオスは、シスターは泣いてくれた。俺を庇ってくれた。俺のために、怒ってくれた。みんなだって、俺の問題は自分達の問題だって、一緒になって立ち向かおうとしてくれた。
――俺を一番軽んじているのは、誰だ?
ミントに言われた。何もかも自分が悪いみたいな顔、と。ああ、そうだ。皮肉だけどあいつのおかげで気付いた。俺は、全部自分のせいにしていた。……いや、自分のせいにすら、ちゃんとできていなかった。だって、俺が責任を投げつけたのは。
許されるのを望んじゃいけない。そう決めたのは、俺だ。
そうだ。あの時、俺はそう思って、逃げたんだ。謝る事から、思いを伝える事から。真っ正面から、みんなの感情を受け止める事から。
そして、俺自身の感情を受け止めることからすらも。
……俺は自然と、大きく息を吸い込んでいた。そして。
「悪魔悪魔って馬鹿のひとつ覚えみてえにうるっせえんだよ、この弱虫が!!」
一瞬、辺りがしんと静まり返った。
「……何、だと?」
「あ? 聞こえなかったか? じゃあもう一回言ってやろうか……悪魔だの何だのごちゃごちゃうるせえっつったんだよ、責任転嫁のクソ野郎が!!」
……ああ。もう我慢は止めだ。半分くらい、妙に冷静な俺も残ってるが……それ以上に、はらわたが煮えくり返って仕方ない。
ダンクの野郎は、俺が言い返してくることすら想定していなかったのか、目を見開いて動きを止めている。その反応が、余計に癪に触った。
「なあ、ダンク。この国に来て、ヘリオスと会って、シスターと話して、お前から蹴られて……まあ、色々とあったわけだ、俺も。んで、へこんだり反省したり、自分がどうしてえか分かんなかったわけだが……昨日、ベルから見捨てられて、ようやく整理がついたんだよ。俺は……あの時からずっと、死ぬほどムカついてたんだってな!」
はっきりと、見捨てられたと吐き捨てると、ベルナーがひどく苦しそうな顔をしたのが見えた。ああ、分かっている。あいつの立場も、葛藤も。それでも、もう止めだ。俺の気持ちをないがしろにするのは。
……やっと、分かった。理解できたんだ。俺の感情は、ひとつだけじゃないって。俺が見て見ぬフリを続けてきた、もうひとつの本心があるって。
「そりゃ、俺のやったことは許されなくても仕方ないと思ってるし、謝って許されなくてもそれは俺の責任だよ。……けどな。じゃあ、俺がいなかったらどうなってたよ?」
「なに……」
「戦えるやつなんか誰もいねえ。ただ、UDBにみんな喰われてただけだ。そうじゃねえか? 俺が孤児院を守ったのだって、間違いねえだろ! そりゃ、暴走して、ぶっ壊して、誇れることじゃないけどさ……お前らはあん時の怖さとか苛立ちとか、都合よく俺に投げ付けただけじゃねえのかよ!」
そうだ。謝りたかったのも、悪かったと思ってるのも本当だよ。だけど、それでも。それと同じくらい、思っていた。どうして俺がこんな目に、って!
「苦しかった! 辛かった! 人一倍に生きたいって思ってたはずの俺が、いっそ死のうかと何度も思ったくらいによ!! それを自業自得って言うかよ? けどな、じゃあ……お前はどうなんだよ! お前だって、何もできなかっただろ。何もしなかっただろ! 俺以外、誰もあいつらに立ち向かわなかっただろ!!」
「…………っ!」
「それは仕方ねえことだよ! だって、誰も戦えなかったから! そんな力は無かったから! ……けどな、お前らは、俺に全部押し付けた! 何もかも俺のせいにして、自分は悪魔を追い払った善良な市民ってか? ふざけてんじゃねえぞ、兄貴分気取って肝心なとこで何もしなかった無責任野郎が!!」
ずっと、ずっと、本当にずっと、我慢してきた。マスターに拾われたあの時、ほんの少しだけ漏らした心の奥底。それを、今度こそ遠慮なく吐き出していく。そんな思いをさせてきた張本人に。これを聞いているであろう他の奴らにも。
ダンクはようやく頭が回り始めてきたのか、苦虫を噛み潰したような表情で睨み付けてくる。だけど、俺はもうそれに何も感じねえ。