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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
6章 凍てついた時、動き出す悪意 ~前編~
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悪魔へ捧ぐ決別の咆哮 2

「おらああぁっ!!」


「ち……!」


 何とか体勢を立て直したいところだったが、そう簡単にはいかない。ダンクはそのまま一気に距離を詰めて、猛攻を仕掛けてくる。

 やたらめったらに振り回してるように見えるが、それだけで攻める隙が見えなくなる。身体能力が多少上がってる程度じゃ、防御で手一杯だ。

 ……能力がどうのって話じゃねえ。きっとこいつは、俺よりも一段、シンプルに強い。こいつが重ねてきた経験と努力、それを理解した。多分、もう二度とあんなことを繰り返さないために。


 何となく、分かった。あいつの能力が、コンプレックスである角を元に戻すのは、自分を「強い存在」だと定義するためだ。あいつは昔、言っていたから。俺は誰からもみんなを守れるヒーローになりたいんだ、って。

 PSが目覚める年齢は、人による。早ければ10歳前後で覚醒するし、遅ければ10代の半ばくらいになる。極端に遅い場合は20歳近くなることもあるそうだけど、平均的には13とかそこらだろう。

 そして、こいつはかなり遅い方だった。あの時のこいつはまだ、力を宿してはいなかったから。だとすれば、間違いなくあの一件は、ダンクの能力に影響を及ぼしている。


 聖印(セイント)、か。まるで悪魔祓いみたいじゃないか? そんなに、悪魔を倒すヒーローであることを望んだのか、お前は。


「どうしたよ! ただ黙ってやられるだけか!?」


「言われ、なくても……!」


 タイミングを見計らい、横に避ける。そのまま、脇腹に向かってトンファーを叩き付けようとする……が、光がまた俺の一撃を遮った。まずい。


「ぐあぁッ!!」


「アっちゃん!!」


 カウンターの叩き付けを咄嗟に防御したが、今度は防ぎきれなかった。俺は大きく吹き飛び、地面に叩き付けられた。

 直撃じゃないが、かなり効いた。何とか追撃が来る前に起き上がったが、身体中が痛い。くそ……これは、響きそうだ。


「ふん、こんなもんか。いい様だな、悪魔?」


「まだ、終わっちゃいねえぞ……!」


「違うな、とっくに終わってんだよ。てめえがどれだけ足掻こうと、てめえの居場所なんてどこにもねえんだからな!」


 言葉とは裏腹、立ち上がった俺に嬉々として向かってくるガゼルの姿。積もり積もった恨みを俺にぶつけられるのが、そんなに楽しいのか。


「ああ、口先だけの謝罪なんざ求めちゃいねえんだよ! クソ悪魔が……あの時のみんなの痛みも恐怖も、今ここで思い知りやがれ!!」


 ……ダンクの言葉を聞きながら、思う。

 ずっと考えていた。こいつは絶対に俺を憎んでいるだろうし、会えば罵倒されるだろうって。だけど、実際に会ったこいつから蹴り飛ばされて、俺は自分でも驚くほどにショックを受けていた。

 当然だって思っていたはずなのに、辛くてたまらなかった。それが何でなのか、分からなくて……諦めてたはずなのにって。

 昨日の話もそうだ。ミントはともかく、ベルから力にはなれないって言われた時に、俺は心から苦しかった。許されるべきじゃないとまで思っていたのに、やっぱりショックだったんだ。


 驚いたんだ。俺はまだ、望んでいたのかって。あれだけのことをして……俺には、望むことなんて許されないのにって。――そう考えた時、俺の胸にふと浮かんできた、ひとつの疑問。



 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 考えた。こいつに蹴り飛ばされたあの日から、ずっと考えていた。この数ヶ月、俺が体験してきたことを、仲間が体験してきたことを、受け止めてきた言葉を、いくつも頭に浮かべて。

 あのローヴァル山での出来事。フィーネの言葉。マスターの言葉。カイツの言葉……俺を受け入れてくれた、家族。

 それからの数ヶ月。力と少しずつ向き合いながら、立ち向かってきた仲間達の問題。


『本当に、あなたを受け入れてくれた人はいない?』


 あの時、俺の間違いを教えてくれたフィーネの言葉を、改めて浮かべる。そう、そんなことはないってのはとっくに知っている。仲間たちも、ヘリオスも、シスターも、カイツも……たくさんの人が、俺を受け入れてくれた。



 ――じゃあ、その逆はどうだ。

 俺を一番拒絶したのは、誰だ?



 俺と再会して、ヘリオスは、シスターは泣いてくれた。俺を庇ってくれた。俺のために、怒ってくれた。みんなだって、俺の問題は自分達の問題だって、一緒になって立ち向かおうとしてくれた。



 ――俺を一番軽んじているのは、誰だ?



 ミントに言われた。何もかも自分が悪いみたいな顔、と。ああ、そうだ。皮肉だけどあいつのおかげで気付いた。俺は、全部自分のせいにしていた。……いや、自分のせいにすら、ちゃんとできていなかった。だって、俺が責任を投げつけたのは。



 許されるのを望んじゃいけない。そう決めたのは、俺だ。

 そうだ。あの時、俺はそう思って、逃げたんだ。謝る事から、思いを伝える事から。真っ正面から、みんなの感情を受け止める事から。




 そして、俺自身の感情を受け止めることからすらも。



 ……俺は自然と、大きく息を吸い込んでいた。そして。



「悪魔悪魔って馬鹿のひとつ覚えみてえにうるっせえんだよ、この弱虫が!!」



 一瞬、辺りがしんと静まり返った。



「……何、だと?」


「あ? 聞こえなかったか? じゃあもう一回言ってやろうか……悪魔だの何だのごちゃごちゃうるせえっつったんだよ、責任転嫁のクソ野郎が!!」


 ……ああ。もう我慢は止めだ。半分くらい、妙に冷静な俺も残ってるが……それ以上に、はらわたが煮えくり返って仕方ない。

 ダンクの野郎は、俺が言い返してくることすら想定していなかったのか、目を見開いて動きを止めている。その反応が、余計に癪に触った。


「なあ、ダンク。この国に来て、ヘリオスと会って、シスターと話して、お前から蹴られて……まあ、色々とあったわけだ、俺も。んで、へこんだり反省したり、自分がどうしてえか分かんなかったわけだが……昨日、ベルから見捨てられて、ようやく整理がついたんだよ。俺は……あの時からずっと、死ぬほどムカついてたんだってな!」


 はっきりと、見捨てられたと吐き捨てると、ベルナーがひどく苦しそうな顔をしたのが見えた。ああ、分かっている。あいつの立場も、葛藤も。それでも、もう止めだ。俺の気持ちをないがしろにするのは。

 ……やっと、分かった。理解できたんだ。俺の感情は、ひとつだけじゃないって。俺が見て見ぬフリを続けてきた、もうひとつの本心があるって。


「そりゃ、俺のやったことは許されなくても仕方ないと思ってるし、謝って許されなくてもそれは俺の責任だよ。……けどな。じゃあ、俺がいなかったらどうなってたよ?」


「なに……」


「戦えるやつなんか誰もいねえ。ただ、UDBにみんな喰われてただけだ。そうじゃねえか? 俺が孤児院を守ったのだって、間違いねえだろ! そりゃ、暴走して、ぶっ壊して、誇れることじゃないけどさ……お前らはあん時の怖さとか苛立ちとか、都合よく俺に投げ付けただけじゃねえのかよ!」


 そうだ。謝りたかったのも、悪かったと思ってるのも本当だよ。だけど、それでも。それと同じくらい、思っていた。どうして俺がこんな目に、って!


「苦しかった! 辛かった! 人一倍に生きたいって思ってたはずの俺が、いっそ死のうかと何度も思ったくらいによ!! それを自業自得って言うかよ? けどな、じゃあ……お前はどうなんだよ! お前だって、何もできなかっただろ。何もしなかっただろ! 俺以外、誰もあいつらに立ち向かわなかっただろ!!」


「…………っ!」


「それは仕方ねえことだよ! だって、誰も戦えなかったから! そんな力は無かったから! ……けどな、お前らは、俺に全部押し付けた! 何もかも俺のせいにして、自分は悪魔を追い払った善良な市民ってか? ふざけてんじゃねえぞ、兄貴分気取って肝心なとこで何もしなかった無責任野郎が!!」


 ずっと、ずっと、本当にずっと、我慢してきた。マスターに拾われたあの時、ほんの少しだけ漏らした心の奥底。それを、今度こそ遠慮なく吐き出していく。そんな思いをさせてきた張本人に。これを聞いているであろう他の奴らにも。

 ダンクはようやく頭が回り始めてきたのか、苦虫を噛み潰したような表情で睨み付けてくる。だけど、俺はもうそれに何も感じねえ。

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